104 〈現夢〉での懐かしき再会
「助かりました。皆を代表して御礼申し上げます」
門の前まで進むと、制止の声もなく門が開き、先程の兵士が現れると、そう言って兜を外し、頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらず。降り懸かる火の粉を祓っただけですから」
俺は軽い調子で手を振り、大したことはないと答える。
「それにしても、見事な腕前。さぞ高名な探索者であるとお見受けしますが」
「そんなことはありませんよ。俺、白札ですし」
「え?」
またそんな、御謙遜を…。そう言う兵士に、俺は胸元から10級の探索証を取り出し、眼前に掲げる。それを見て目が点になる兵士。
まあ、こういう反応になるよなぁ。俺は何事もなかったように、探索証を仕舞い、改めて兵士に向き直る。
「それで、先程言った通り、何が起きているのか知らないのですが、事情を聞かせて貰っても良いですか?」
「…は? いえ、事情を知らないとは?」
「実は俺、北大陸から来たばかりで、今、南大陸がどうなってるのか知らないんですよね」
「え? 北大陸から? こんな内地に? どうやって?」
「ああ、魔法で転移してきました」
「…」
うーむ、ちと正直に話し過ぎたか? 兵士さん、全く理解できていない様子だし。確かに、突拍子が無さ過ぎて、直ぐに理解してくれとは言えないか。
兵士は暫く固まっていたが、不意に身動ぎすると居住まいを正す。
「と、失礼しました! あまりの内容に少々動じてしまいました。いえ、貴方ほどの腕前なら、その話も頷けます。ここでは何ですし、どうぞ、町の中へ」
そう言って促され、俺は門を潜り町へと入る。
町の中は、以前の記憶と重なる部分が多かった。旅人の代わりに兵士が行き交い、物々しい雰囲気を除けば、だが。
町の住人も戦いを避けるためか、往来に姿はない。
「非戦闘民は、大半が非難をしております」
俺の疑問に気付いたのか、兵士が説明してくれた。俺は頷きを返す。
「ここです。どうぞ」
兵士がそう言って案内してくれたのは、以前世話になった探索者の宿だった。先導する兵士に続いて中に入ると、兵士たちに交じって、何人かの探索者らしい姿が見える。奥に進むと、懐かしい顔が俺を迎えてくれた。
「お疲れさん。戦闘があったみたいだが」
「ええ。この方のおかげで、無事撃退できました」
「そうかい、それは有難い。俺からも礼を言わせてもらうぜ」
そう言ってニヤリと笑うのは、探索者の宿の主人だった。彼は町に残っていたようだ。
「それにしても、何時まで続くのかねぇ」
「仕方ありません。敵の戦力は無尽蔵ですからね。供給源をなんとかしないと、何時までもこのままですよ」
「難儀だなぁ。まあ俺達としては、食い扶持が尽きない、ってことになるのかもしれんが」
そう言って肩を竦める主人に、兵士は何とも言えない表情を向ける。確かに、ある意味不謹慎な発言だな。
「それで、兄さんは探索者だろう? 仕事を求めて来たクチか?」
「いえ、探索の途中で町に立ち寄ろうとしたところで、戦闘が起きたので」
「そうかい。そりゃあ災難だったな。とはいえ、この辺りじゃ、何処へ行ってもクソッタレな骨ばかりだと思うがね」
こんな状況だ、大したものはねえぜ。という主人に頷くと、金貨を取り出し、飲み物を注文する。
「あ、飲み物でしたら、我々で用意いたします」
「おいおい、商売の邪魔するなよ。探索者には探索者の流儀ってのがあるんだぜ」
主人の言葉に苦笑しつつ、金貨を仕舞うことなく、酒を注文する。兵士はそれを止めることなく、隣の席に着いた。
「あんたも酒か?」
「勤務中です。水を」
「水だって、タダじゃないんだぞ」
主人はそう言いながら、コップに水を注いだ。俺は酒を一口含み、舌を湿らせると、兵士に話を聞くことにする。
「それじゃあ、改めて聞かせて貰おうかな」
「分かりました」
兵士は頷いて、説明してくれた。途中で何度か主人の補足が入りながら聞いたことを纏めると、この辺りは今、戦争の真っ只中だというのだ。
正確には、戦争とは言わないのかもしれない。彼らが相手にしているのは、他国の軍ではなく、狂信的な邪教集団だからだ。
話を聞いて、俺は先ほど拾ってきた盾を思い浮かべた。やはり間違いではなかったらしい。
確認のために拾ってきた盾に描かれていたのは、以前近くの地下ダンジョンを探索した時、戦いになった邪教集団のものだった。あの時は死にかけたし、簒奪者との戦いもあったから、よく覚えていた。
あの時から地下活動を行っていたようだが、軍を相手取ることができるほど、勢力を強めたのだろうか。
「現状はこういったところです」
「成程、説明して頂き、ありがとうございます」
兵士の言葉に、俺は礼を言って頭を下げる。これも職務ですから。そう言って頭を振る兵士に笑みを返し、今度は主人に話を聞く。
「以前、この辺りで依頼があった砦はどうなったのですか?」
「うん? …ああ、依頼を受けた探索者が次々に帰ってこなかったアレか。今こいつが話してたろう? イカレたやつらが占拠してるのが、その砦だよ」
そうか、あの砦が占拠されたのか。俺は頷いて盃を口に運ぶ。駐屯していた部隊はどうなったのだろう? あの凛々しい女騎士は無事だろうか?
「あの、こんなことは失礼だとは思いますが…」
話を終えて、俺が主人と話している間、静かに待っていた兵士が声を掛けて来た。
「なんでしょう?」
「貴方が依頼を受けて、探索中であることはお聞きしました。その上でお願いしたい。隊長に会って頂けないでしょうか?」
「何故です?」
兵士の言葉に、俺は首を傾げた。何となく話の流れは予想がつくのだが、一応確認しておく。
「我らの力が及ばず、砦は邪悪なる信徒に奪われ、今も町々を護るだけで動きが取れず歯がゆい思いをしております。恥を忍んでお頼み申し上げたい。我らに力をお貸し頂けないでしょうか」
兵士はそう言って深々と頭を下げた。やっぱり、こういう流れになるよな。面倒だったので瞬殺したが、あれだけのスケルトンをサクッと倒せる存在であれば、力を借りたいと思うのは良く分かる。
「…俺は探索者です。依頼を受けて、それを達成するのが仕事です」
言外に、他の依頼を受けるわけにはいかないと伝える。兵士は更に頭を下げ、
「重々承知しております。そこを敢えてお願いしたい!」
と言ってきた。探索者の宿の主人を前に、先に受けた依頼を横に置いて、砦の奪還を手伝って欲しいなんて、良く言えるな。横目で見れば、明らかに渋面の主人がいる。当然だ。探索者の順守すべきルールに、真っ向から喧嘩を売っているのだから。
「…一応、会うだけ会ってみますか」
「おい、良いのか?」
俺の返答に、主人は驚きの表情を浮かべ、兵士は顔を上げると、安堵したように眦を下げる。そして、もう一度頭を下げた。
「どのみち、この辺りがある程度平和にならないと、今受けている依頼を達成するのも難しいですから」
「そうなのか? …まぁ深くは聞かんが」
主人にそう言って笑みを返し、俺は兵士を促して席を立つ。兵士はもう一度頭を下げると、隊長の元へ案内します、と再び先導する。
『なんか、また面倒事が増えそうなんですけど』
『仕方がない。こればっかりは運命だな』
『嫌な運命ねぇ』
スマラの心話に相槌を打ちながら、兵士の後についていく。兵士が向かったのは、町の衛兵が詰めている建物だ。どうやら、駐屯施設としても利用しているらしい。先程戦闘があったためか、何人かの兵士が、忙しなく動いている横を通り過ぎ、俺達は建物の中へと進んで行く。
建物の中は結構な広さがあるが、大きな机が中央を占領しており、その上にはここ周辺のものであろう、軍で使用される地図が置かれ、その上には部隊を表すのか、様々な色がつけられた木製の駒が幾つも置かれている。
そして、兵士の報告を受けているのは、ベッドの上で背もたれのクッションに支えられながら、包帯だらけの姿で毅然と頷く、女性だった。
「隊長、先程の戦闘で協力を頂いた探索者の方をお連れしました!」
兵士は女性の前に進み、敬礼をすると来訪の旨を伝えた。
「ご苦労。聞けば名うての探索者だそうだな。直接礼を言いたい。済まないが、こちらに来てもらえるだろうか」
報告を受けた女性は、笑みを浮かべると俺を呼んだ。成程、どうやら無事、とは言わないが生きてはいたらしい。
俺は満身創痍の女騎士、イデアーレの前に立つと、礼をする。
「頭を下げるのはこちらの方だ。お恥ずかしい限りだが、傷病の身。こんな格好で申し訳ないが、赦して欲しい」
「いえ、傷に障るといけません。そのままで結構ですよ」
そう言って頭を下げるイデアーレに、俺は笑顔を返す。
「ありがとう。私はイデアーレ・フェーデという。この町からほど近い砦に駐屯していた部隊の隊長だ。尤も、今は守るべき砦を奪われた敗残の将だが」
「俺はヴァイナスと言います。お久し振りです、と言って通じるかどうか」
「ふむ…? ヴァイナス…。探索者…。もしかして、一角獣を連れた探索者か?」
「覚えていてくれましたか」
俺の挨拶に、イデアーレは思い出してくれたようで破顔する。だが、傷が痛むのか顔を顰め、取り繕うように微笑んだ。
「あの後、報告もなかったからな。他の探索者同様、命を落としたものとばかり思っていた」
「あの後、色々ありましてね。あの一角獣も無事保護されました」
「そうか、無事で何よりだ。それにしても、記憶の中の姿と随分印象が異なるのだが」
「まぁ、その辺りも話すと長くなりますので」
思いもかけぬ再会に、笑みを交わす俺達。兵士はこれ幸いと進言した。
「お知り合いでしたか? それならば話は早い。隊長、この方は見事な腕前の探索者です。是非、砦の奪回をご助力願えないかと」
「馬鹿を言うな! 探索者とはいえ、一般人を巻き込むなど、軍の名折れ! 我らの全力を以て当たらずして、何のための軍か!」
兵士の言葉に、声を荒げるイデアーレ。途端に痛みが身体を奔ったのか顔を顰めるが、視線は兵士を向いたままだ。
「ですが、今の状況を打破できる戦力はございません。この方が現れたのは、正に天の采配。ここは協力を願い、砦を奪還することこそ最良と愚考します!」
「そのような弱気でどうするというのだ! そんなことだから、あのような輩を野放しにしてしまうのだ…」
イデアーレはそう言いつつも、痛みが増したのか、蹲ってしまう。慌てて兵士が近寄るが、その手を弱弱しく払うのみだ。
ふーむ、以前会った時は、ここまで頑なな人ではなかった気がする。恐らく、怪我を負ったことで、気が急いでいるのだろう。
よく見ると、かなりの重傷だ。肩から釣られた左腕は、全く動いていないし、顔の右半分を覆う包帯を考えると、右目も見えていない可能性が高い。
毛布に隠れた下半身もまともには動かなそうだし、興奮したためか、巻かれている包帯に血が滲んでいる。治癒魔法を使える魔術師がいないのだろうか。
「失礼ですが、治癒魔法を掛けないのですか?」
「不運なことに、前回の戦いで治癒魔法を使える魔術師が亡くなったのです。そのため、今の部隊では負傷者を治癒することもままならず…」
そう言った兵士は、辛そうにイデアーレを見つめた。唇を噛み、必死に痛みに耐えるイデアーレを見て、俺は頷く。
「手をお貸しするかどうかは別として、その傷だけでも何とかしましょう」
「ヴァイナス殿…?」
イデアーレが額に流れる汗を拭おうともせずに、俺を見つめた。俺は頷きを返すと、【回復】の魔法を唱えた。膨大なSPをふんだんに使い、治癒を施していく。
魔力の光に包まれ、イデアーレが目を見開いた。かなりの傷だが、今の俺にとって、この程度なら大したことはない。傷が見る間に塞がるのを感じるたのか、イデアーレの動かなかった左腕がピクリとする。恐る恐る動かすと、自由に動く左手に、徐々に動きが活発になっていく。
「痛みが消えていく。腕も、指も動くぞ…!」
「失礼、脚はどうなっているのですか?」
「右足は膝から下を失っている。だが、左足の傷は塞がっているのが分かる…。動かすことができる!」
イデアーレの表情が、見る見るうちに笑顔へと変わっていく。欠損した部位は【再生】の魔法を掛けないとならないので、まずは【回復】で傷を全て癒してしまおう。
イデアーレは、痛みの取れた身体が余程嬉しかったのだろう、その場で包帯を解き、傷の消えた腕を確認している。
「傷がない、痛みも消えた、再び動かすことができた!」
イデアーレは輝くような笑みを俺に向けると、俺が止める間もなく、ローブをはだけ、上半身を覆っていた包帯も解いていく。
「ほら、見てくれ! 大きな裂傷があった此処も、此処も! まるで生まれた時のように…」
嬉しそうに胸を張るイデアーレ。そこに揺れる美しい白い双丘を、周囲の兵士と共に凝視してしまう。
その後に響いたイデアーレの悲鳴は、勇猛な騎士のものとは思えない、可憐なものだった。
「そ、それでは改めて【再生】の魔法を掛けます」
「さ、【再生】だと? ヴァイナス殿、其方一体何者なのだ…?」
イデアーレのポロリ事件が何とか終息し、落ち着きを取り戻したイデアーレに、改めて【再生】の魔法を使用する。
再生が必要なのは、右足と右目だ。右目を含む顔の右半面は、大きな裂傷を伴っていたのだが、傷自体は既に塞がっている。眼球自体は【再生】で治療できるが、ゴッソリと抉られた頭髪に関しては【再生】の魔法では修復できない。頭皮自体は治癒できているので、自然に生えてくるのを待つしかない。暫くは帽子が必要かもな。
俺は【再生】の魔法を唱え、イデアーレの欠損した部位を修復していく。【再生】の魔法が掛かった右足と右目が、徐々に修復されていくのを見て、取り敢えず安心する。
「完全に再生するには、暫く時間が掛かります。恐らく一週間程度かと」
「了解した。もう動くことはない、と諦めていたのだ。何とお礼を言えば良いのか」
「お気になさらず。俺は自分にできることをしただけですから。それに、知り合いが苦しんでいるのを見て、放っておけるような性格でもないので」
すっかり表情が柔らかくなり、以前の雰囲気に戻ったイデアーレに、俺は肩を竦める。冗談めいた言い回しに、イデアーレもクスリと笑った。
「申し訳ありませんが、頭髪は再生できません。自然に生えるのを待つしかないです」
「心得た。なに、傷さえ癒えれば、髪などなくても構わない。どうせ兜を被るのには邪魔なのだ。いっそのこと剃り上げてしまおうか…」
「いえ、流石にそれは…」
イデアーレの漢らしい言に、俺は慌てて首を振る。どうやら、傷が治ったことで、躁状態になってるみたいだな。俺はイデアーレを落ち着かせるために、話を変えることにする。
「それで、砦の方はどうなっているんです?」
「うむ、占拠されてからは、探索者に依頼して、距離を取っての偵察しかできていないのが現状だが、奴らは砦を中心として防備を固め、魔法によって生み出した骸骨兵などを、周囲の制圧に展開している。我々の戦力では、この町を防衛するのが精一杯でな。国元にも増援の要請はしているのだが…」
未だに増援はない、と。増援がないのは、南大陸の異変に関係しているのだろうか。まぁ、来ないものは仕方がない。
「探索者ギルドへの要請は?」
「私の一存でできる範囲の要請は行っている。依頼という形で協力を仰いでいるが、元々この町は宿場町だからな。拠点として活動する探索者は殆どいなかったので、街道を通り、依頼を受けていないフリーの探索者に、宿の主人から声を掛けて貰った」
今、宿にいる探索者が全てだ。彼らには偵察や町の周囲の巡回、防衛時の遊撃任務などを行ってもらっている。
イデアーレの説明を聞き、思案する。つまりは砦を何とかしてしまえば良さそうだな。けれど、現有戦力では攻めるのは難しい、と。
『皆、どう思う?』
『私達だけでも何とかなるんじゃない? でも、数で来られると、流石に厳しいかも』
『数が一杯だと、討ち漏らした時大変だよね』
『砦には地下もあるのでしょう? 地上から攻めたら地下から逃げられないかしら?』
そうなんだよな。あの砦の地下には遺跡があって、どこに出口があるか分からないんだよ。水路もあるし、逃げに徹して動かれると、確実に倒せる自信はなかった。
となると、俺達だけでは手数が足りないな。皇帝に相談して、軍隊を送ってもらうことも考えるが、それだと侵略と受け取られかねないし…。
やはりここは、〈陽炎の士団〉に頑張ってもらおう。
俺は頷くと、イデアーレに言う。
「俺に、傭兵団の心当たりがあります。彼らに手を借りても良いでしょうか?」
「…お恥ずかしいことだが、我々の力だけでは現状を打破できない。お願いできるだろうか?」
イデアーレはそう言って頭を下げる。漸く冷静になれたようだ。
「分かりました。少々変わった奴らですが、腕は保証します。人格的にも問題ありません」
「ヴァイナス殿の紹介であれば、否や応もない。宜しく頼む」
それでは、とイデアーレに挨拶をし、許可を得た上で【転移】の魔法を使い、町の外へと飛ぶ。そして、少し離れたところで〈遙楽園〉への門を開いた。
城に戻ると、ヴィオーラが目を丸くして出迎えてくれた。
「おかえりなさい。随分早かったのね」
「いや、行ってすぐ戦闘に巻き込まれてね」
俺はヴィオーラに簡潔にあったことを話す。ヴィオーラは頷きつつ、
「それでガデュス達を呼びに来たと」
「ああ。他に暇してそうな奴にも声を掛けるかな。皇帝陛下は今日来てる?」
「サロスの街にいると思うわよ。太守様と話があるって言ってたし」
「了解」
ヴィオーラの答えに頷き、行ってきますのキスをしてから、俺はサロスの街に向かった。途中、合一を解いたエメロードとマグダレナにもキスを強請られたので、二人ともキスを交わす。スマラは呆れた様子で影へと潜り込んだ。
二人の美女に腕を取られながらサロスの街に行き、まずはガデュス達がいる〈陽炎の士団〉の拠点へと向かう。
ル=グルゥでの探索を経て、〈陽炎の士団〉は規模を拡大し、その総数を200名近くまで増やしている。普段は分隊ごとで小規模の依頼を熟し、大口の依頼があった場合は、規模に応じて人員を派遣している。
それらの活動の中枢となるのが、サロスの街に設けられた拠点というわけだ。俺の肝入りで、傭兵団の拠点らしからぬ洗練された建物に入ると、受付嬢が出迎えてくれる。つぶらな瞳が印象的なコボルドの女性が、俺に気付いて慌てて飛び出してきた。
「ヴァイナス様、ようこそおいで下さいました。…先日、探索に出発されたと聞きましたが?」
「ああ、その探索でガデュス達の力を借りたくてね。いるかい?」
「はい、今の時間であれば、練兵場の方かと」
受付嬢の案内で、俺達は練兵場に向かう。奥に設けられたゲートを通り、練兵場へと降り立った。
練兵場は、他のエリアから独立した区画で、大規模な戦闘を行っても問題がないよう、頑強に造られた場所だ。
兎に角頑強さだけを求めた造りで、武骨を通り越して殺風景な敷地は、ガデュス達の訓練が激しいものであることを表す、数々の傷跡がそこかしこに見受けられる。
今もまた、ガデュスの監督の元、訓練とは思えない程激しい闘いが繰り広げられている。
ダンジョンのシステムを流用した、無限に生成される魔物を相手の実戦訓練だ。団の中では比較的新兵に当たる者達が、無尽蔵に湧いてくるウッドゴーレムを相手に、終わりの見えない闘いを続けていた。
「戦場では、いつ戦闘が終了するかなど、決まっていない! 敵を殲滅するまで、どれだけ辛くとも、譬え動けなくとも、身体を動かし続けろ! 『死』は動きを止めた者から喰らっていくぞ!」
ガデュスの言葉と共に、エウジェーニアが制御盤を操作し、密度の薄くなった場所にウッドゴーレムを召喚していく。新兵達からは悲鳴が上がるが、ウッドゴーレムは容赦なく襲い掛かっていく。
「本当の戦場はこんなものではないぞ! 敵が全て、自分たちと同じ強さなどと思わないことだ!」
うーむ、何というかスゲーなガデュスの訓練は。ゲートから現れた俺達にエウジェーニアが気付き、笑顔と共に礼をする。ガデュスもそれに気づくと、急ぎ足でこちらに向かって来た。
「主殿! お早い帰還ですな。もう探索は終えられたので?」
「いや、向こうに行っていきなり面倒事に巻き込まれてね」
俺は南大陸に行ってからの状況を説明する。ガデュスは頷くと、
「成程、我等の出番というわけですな」
「頼めるか?」
「無論です。主殿の為ならば、譬え死地であろうとも馳せ参じますぞ!」
いやまぁ、死地に態々呼ぶようなことはしないが。妙に気合の入ったガデュスに準備をするように頼み、出発は明日の朝と伝え、俺は一度城に帰る。皇帝に会うための準備をするためだ。シシーシャの館に行くのならば、きちんと盛装しないと。顔パスではあるんだけど、周囲の目があるからな。
城に戻ると、皆が勢揃いしていた。女神達や師匠の姿もある。更には皇帝とシシーシャの姿もあった。
「孫達に会いに来たら、帰っているというので、待っていました」
そう言って微笑む皇帝に、まずは帰還の挨拶をする。皆にも機関の挨拶をし、現状の報告をした。
「成程、邪教集団の横行ですか」
「はい。俺とは因縁浅からぬ相手なので、放ってはおけなくて」
「積極的な武力介入は、後々問題になることもありますが、探索者として関わるのであれば、問題ありません。傭兵団を活用するのも良い考えです」
俺の言葉に、皇帝は笑顔で頷く。シシーシャとしても、ここから南大陸に繋がりが持てれば、サロスの街が更に発展すると笑顔を浮かべる。
「相手の窮状を利用するのは、あまりいい感じはしないんだが」
「何言ってるの。別に戦争を仕掛けて取り込むわけじゃないんだから、売れるだけ恩を売ってきなさいよ。…とはいっても、貴方は自分ができることをすれば良いわ」
恩は相手が勝手に感じてくれるから。無償の援助ほど、相手の譲歩を得られるものはないわ。そう言ってシシーシャは笑う。まぁ、知り合いが困っているのだから、助けないわけがないのだが。
「俺も参加するぜ」
ゼファーがそう言って手を上げる。見ると、ジュネとブリスも頷いている。ヴィオーラ達も参加したそうだが、イオンたちのこともあるからな。
「分かった。頼りにするよ」
「よっしゃ、赤札探索者(6ランク)の腕前、見せてやるぜ!」
いつの間に…! キチンと等級を上げているゼファーに俺は驚く。ジュネやブリスは勿論、等級は上なわけで。俺も昇級試験、受けた方が良いのかな…。別に困ってはいないのだけど、ほら、何て言うか、パブリックイメージってやつが、ね。
「探索者の等級は関係ないでしょ? 大事なのは実力と、何を為したかよ」
ロゼの言葉に、ゼファーは振り上げていた拳を降ろし、肩を落とした。キルシュはそんなゼファーを慰めている。
「いずれにしても、南大陸で何かが起きているのは、間違いありませんね」
皇帝の言葉に俺は頷く。何が起きているのか、その全容は全く分からないが、先ずは南大陸に拠点となる場所が欲しい。今回のクエストが、その助けになれば良いと考えながら、銘々に騒ぐ皆に声を掛けると、準備を整えるために解散した。




