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105 〈現夢〉で迷宮再び

 準備を終えた俺達は、ゲートの前に集合する。〈陽炎の士団〉からは約100名と団の半数以上が参加し、気合も充分だ。

「主殿、準備整いましたぞ」

「了解。それじゃ出発しよう」

 ガデュスは俺の言葉に合わせ、団員に指示を出す。ゼファー達もそれぞれ別れの挨拶をしていた。

「ヴァイナス、気を付けてね」

「ああ。子供たちを頼むよ」

 見送りに来たヴィオーラにそう言って微笑む。『家族』への挨拶は済ませていたけど、改めて声を掛けて貰えるのも、嬉しいものだ。

「吉報を期待しています」

「状況がある程度落ち着いたら、報告します」

 皇帝の言葉に、俺も礼をしつつ答える。皇帝は俺に近づくと、そっと俺の頬に手を当て、額に唇を触れる。

 思わぬ祝福に、俺は目を瞬かせる。ゼファーが羨ましそうにこちらを見て、キルシュに尻を抓られていた。

「では、行ってきます」

 俺はそう言ってゲートを潜る。皆も俺に続いてゲートへと姿を消した。まずはイデアーレと今後の相談だな。



 ゲートを抜け、皆が揃うのを待って宿場町へと移動する。騎獣を持つ者もいるが、徒歩の団員も多いので、先に町へと移動し、説明をすることにした。

 マグダレナに跨り宿場町へと向かう。同伴するのはガデュスとエウジェーニア、ゴッツ、ゼファー、ジュネ、ブリス。

ガデュスとエウジェーニア、ゴッツはそれぞれの騎獣に、ジュネは逞しく成長した、ヴァナルガンドの仔の一体( 特にジュネに懐いたので、彼女は『ヴァン』と言う名をつけて可愛がっていた )に跨っている。

 馬を持たないゼファーは俺に相乗りだ。ブリスは俺の肩に乗り、風を切るように奔るマグダレナの速さを楽しんでいた。

 町に近づくと、予想通り兵士に警戒されたが、物見の者が俺に気付き、門衛に声を掛けると、軋み音を立てながら、門がゆっくりと開く。

 俺達は騎乗したまま町へと入って行く。門を抜けたところで下馬し、出迎えてくれた兵士に後続が徒歩でこの町に向かっていることを告げると、ゴッツに後続への伝令を頼んだ。

 ゴッツは頷き、狼に跨ると、颯爽と門を飛び出していく。俺は兵士に後続の構成を伝えると、イデアーレに会うため拠点へと向かった。

「随分と物々しいな。これが戦時の町か…」

 隣を歩くゼファーが物珍しそうに周囲を見渡しながら、感想を漏らしている。俺は頷き、

「臨戦態勢の兵士が街の中を行き交うのは、確かに見慣れない光景だな。何というか、独特の熱気がある」

 と言う。ジュネも同意しつつ、

「そうね。ここの兵士は士気も高そうだし、動きを見ると練度もかなりのものだわ。〈陽炎の士団(うちの子たち)〉には一歩譲るけど」

 などと言っている。ブリスも、

「南大陸は、帝国が大きな版図を持つ北大陸と違って、比較的小規模な領土を持つ国が乱立しているわ。必然的に戦争が起きても小規模な戦闘が多くて、兵士の練度もそれに比例したものになりがちと聞いていたけれど」

 その認識は改めた方が良さそうね。と言って頷いていた。

「俺は他の街の兵士は知らないけど、ここにいる人達はダンジョンに直結する砦に駐屯していたから、モンスターとの戦闘経験もあるし、それも練度が高い理由かもな」

「成程な。実戦で鍛えた強さ、ってわけだ」

 俺の説明に、ゼファーは感心したように眉を動かした。

 俺達は話をしながら道を進み、拠点へと到着した。騎獣の管理を兵士に任せ、俺達は中に入る。マグダレナも人化し、エメロードとスマラも合一を解き、影から姿を現した。

「早かったではないか。その方たちがヴァイナス殿が言っていた心当たりなのか?」

 そう言って出迎えたのは、全身を鎧で固めた騎士だった。面頬を上げ、そこから覗く瞳は、期待に輝いている。

「そうでもあり、そうでもなしですね。まずは自己紹介を」

「失礼した。私はイデアーレ・フェーデと言う。この地の防衛に携わるものだ」

 戦の最中故、このような姿で申し訳ない。そう言いながら頭を下げるイデアーレに、ゼファーは慌てて首を振り、

「いや、頭を下げるようなことはありませんよ。俺はゼファーと申します。このような場所で出会えるとは。戦場に咲く一輪の花のようですね」

 と言って微笑む。妻子持ちだというのに、女好きは相変わらずである。まぁ、『恋人』の数が二桁に届こうかという俺は、人のことは、全くもって何かを言える立場ではないのだが。

「私はジュヌヴィエーヴよ」

「ブリス・ブリス。宜しくね」

「ガデュスと申します。見事な立ち居振る舞い。さぞかし腕も立つのでしょう。機会があれば、是非一手所望したいところですな」

「エウジェーニアと申します。申し訳ありません。団長が不躾に失礼なことを…」

 それぞれの紹介に、イデアーレは目を細めて頷くと、俺達に席を勧め、自分も席に着いた。

「俺たちは先触れで、この後100名程徒歩で到着します」

「百、ですか。それ程の戦力をこの短時間に手配できるとは…。感謝の念に堪えません」

 イデアーレはそう言うと、再び頭を下げた。俺はそれを手で制し、

「仕事ですから。依頼を受けた以上は、出来る限りの努力をするのが当然です。それに大事なことは、砦の奪回、そして邪教集団の排除です。その為の打ち合わせをしないと」

 俺の言葉に、イデアーレは頷く。先ずは確認事項からだな。

「俺が一番気になっていたのは、砦の地下の遺跡は、どうしているのか? ということです。砦を占拠した者達は、今でも地下の遺跡を利用しているのでしょうか?」

「今も利用しているでしょう。私達が襲われたのは、地下の遺跡に通じる扉から現れた、無数の骸骨でしたから」

 次から次へと現れる骸骨に、扉を護る兵士は瞬く間に呑み込まれ、スケルトンの集団は、そのまま階上へと雪崩れ込んで来たそうだ。

 不意を打たれたイデアーレたちは、満足な迎撃も出来ぬまま、砦を脱出。追いすがるスケルトンを倒しながら、何とかこの町まで辿り着いたそうだ。

「つうことは、砦を取り返しただけじゃ終わらない?」

「そうだな。この場合、正攻法としては砦を奪還、そのまま地下へと進むことだけど。イデアーレ、地下の遺跡は大きな変貌をしているのかな?」

「いやそれはない、と思う。大規模な変貌があれば、その震動なり何なりが聞こえてくると思うが、駐屯中、そんな兆候はなかったからな」

 イデアーレの言葉に頷き、どうしようかと考える。

 ダンジョンの構造が変わっていないのなら、水路を逆流して侵入すれば相手の逃走経路を潰すことができる。以前、俺が奴隷にされた嫌な記憶が脳裏を過ぎるが、あの時の情報が無駄にならないと強引に切り替える。

『スマラ、水路までの道順解かるか?』

『水路? ああ、あの時の場所ね。近くまで行けば分かると思うわよ。あの辺り、船が通れるほどの河は殆どなかったみたいだし』

 スマラに心話で話しかけると、そう答えが返って来た。それなら、俺は水路を伝って入り込んでみるか。

「一応、遺跡からの脱出路に心当たりがある。俺はそこから遺跡に入って、砦を目指そうと思う」

「ダンジョンアタックか。面白そうだな」

 俺の言葉に、ゼファーは目を輝かせた。イデアーレも頷き、

「探索者である貴公らであれば、その方がやりやすいのであろうな。お願いできるだろうか?」

「了解した。ガデュス、お前たちはイデアーレと共に正面から砦を攻めてくれ。無理はせずに、この町の防衛を優先してくれ」

「御意。お任せあれ」

「私達は?」

 ジュネの問いに俺は暫し瞑目すると、

「特に決めてなかったな。好きな方に参加で良いんじゃないか?」

 と答えた。

「なら、貴方と行くわ」「私も」

 ジュネもブリスも俺に同行と。ゼファーも拳を掌に打ち付けつつ、

「俺もダンジョンだな。あ、でもイデアーレさんに俺の雄姿を見てもらうのも捨てがたい…」

 と言っていたので、好きにしろと流す。ゼファーは寂しそうな顔でツッコんでくれと俺を見るが、無視する。

「ゼファー殿は六級探索者であろう? 迷宮探索もそつなくこなしそうですが、槍働きも相当なものなのですな。心強い」

 イデアーレの言葉に、ゼファーは気を良くしたのか、笑顔で会釈をしている。その後俺に向かってドヤ顔をしてきたので、肩を竦めておいた。

「それじゃあ、明日の朝行動開始ってことで。今日は早めに休んでおこうか」

「そうだな。俺はどっちにするか、朝までに考えておくよ」

 俺の言葉に、ゼファーはそう言って手を上げた。

 後は後続の到着を待って、彼らに指示を出せば良い。宿泊場所は、イデアーレが手配してくれるとのことだ。俺としては、町の外に野営させるつもりだったので、有難く頼らせてもらう。

 後続に対する支持はガデュスに任せ、俺はイデアーレに付き合って宿泊場所の確認に向かう。道すがら、あの時依頼を完遂出来なかったことを謝った。

「二度目に戻らなかった時は、貴公も命を落としたかと思ったが、こうして無事に姿を見せたのだ。それに、期間を設けていなかった依頼だ。今回、完遂してくれるのだろう?」

 イデアーレはそう言って笑ってくれた。俺は頷きを返す。

「そういえば、貴公から預かっていた馬。後でお返ししよう」

「え? あの馬、まだいるんですか?」

 意外な提案に、俺は目を丸くした。前回の依頼を請けた際、遺跡には連れて行けなかったから、砦で預かってもらっていたんだった。依頼は途中で放棄したようなものだったし、とうに処理されていたと思っていたのだが。

「あの馬は賢くてな。悪いとは思っていたが、砦の騎馬として重用させてもらった。こうして戻って来たのなら、本来の持ち主に返すのが道理だろう」

 イデアーレの言葉に、俺は黙って頭を下げた。この世界に来て、初めて乗った馬だしな。懐いてくれてもいたので、それなりに愛着も湧いていた。再開できるなら、嬉しいな。

 その後は宿泊場所を確認し、馬との再会も果たした。俺のことを覚えていたらしく、俺が近づくと擦り寄ってきた。俺も嬉しくなって撫でていると、動物好きのジュネは直ぐに反応し、餌をやったりブラシを掛けたりと、早速交友を深めていた。

 今回の探索を終えたら、〈遙楽園〉に連れて行ってやろう。今回の依頼を達成するまで、預かっていて欲しい旨を伝えると、イデアーレは二つ返事で了承してくれた。

 そして後続の部隊が到着し、その精悍な姿を見た兵士たちから歓声が上がる。イデアーレから援軍の到着と明日の行動が説明され、兵士たちの士気は目に見えて上昇するのが分かった。

 ガデュスに後を任せ、俺達は先に宿泊場所へと向かう。明日は途中で終わってしまったダンジョンへのリベンジだ。用意された部屋で、【拡大】の魔法を使ったブリスと共にベッドに入る。女性陣の熾烈なジャンケンバトルの結果、今日はブリスと共に寝ることになったのだ。

「明日は頑張りましょうね」

 そう言って微笑むブリスの髪を撫で、俺は頷くと目を閉じた。



 次の日の早朝、イデアーレの号令と共に、俺達は町を出発した。〈陽炎の士団〉を中心とした軍勢は、町の防衛に残った兵士を除き、全てが砦を目指して歩き始める。途中でスケルトンの集団と交戦したが、負傷者を出すことなく殲滅する。その動きを見て、イデアーレは満足そうに頷いていた。

 途中で、俺とジュネ、ブリス、エメロード、マグダレナは隊を離れた。ここから水路の入口へと向かうのだ。

 ゼファーは結局砦攻めに参加することになった。探求心よりも、下心? が勝ったみたいだな。砦の攻防は単純な戦闘だろうから、特に心配はしていないが、一応、油断だけはするなと釘を刺しておいた。

 皆と別れて暫く進むと、水の流れる音が聞こえて来た。岸辺に近づくにつれ、豊かな水を湛えた河が、滔々と、緩やかに流れているのが見えて来た。

「うん、覚えてる。確かにこの河だわ」

 スマラが俺の肩から河を見つめながら、そう呟いた。ここから、上流に向かって進んで行く。

 長閑な風景の河川敷を歩いて行く。幸い、戦闘は起こっていない。柔らかな日差しを浴びながら歩いていると、ともすれば今がクエスト中だということを忘れてしまいそうだ。

 川沿いを上流に向かって進む。一応河を下って来る船がないかを警戒したが、今のところ船影はない。

「ちょっと拍子抜けね。もう少し闘いがあることを覚悟していたけど」

 ジュネはそう言いながら、周囲を警戒している。

「まぁこっちは裏口だろうからな。本番はダンジョンに入ってからだろう」

「そうね。確か、迷宮内の水路から出てすぐ、簡単な船着き場になっていたはずだから、そこが怪しいわね」

 スマラの言葉に、俺達は頷いた。スマラ曰く、もう少しで船着き場が見えてくるそうだ。この辺り、俺は気絶していたので、全く記憶がない。スマラの記憶だけが頼りだ。

 進むにつれ、周囲の景色に変化が表れ始めた。土の土手だった川岸にはゴロゴロと岩が目立ち始め、草原だった河の両岸も、木々や茂みが増えて来た。視界が悪くなるので、不意打ちを警戒し、慎重に移動する。

「この先ね。気を付けて」

 スマラの言葉に、俺は頷くと先行して近づいていく。エメロードとマグダレナが合一し、スマラは影に潜んだ。

 ジュネはブリスと共に後方を警戒している。俺はゆっくりと歩を進め、岩場の影からこっそりと様子を探る。


 …いるな。


 遠目に確認できるのは、船着き場の周囲に屯する骸骨たち。桟橋に船の姿はなく、骸骨以外に動くものは見当たらない。スマラに声を掛け、船着き場を見てもらうと、以前と変わりはないという。

 特に施設が増えているわけではないようだし、出入り口も奥に見える洞窟だけだろう。俺はジュネに向かってハンドサインを送る。それを見たジュネはゆっくりとこちらに近づいて来た。

 合流し、ハンドサインで作戦を確認する。盗賊に伝わるこの手のハンドサインは複雑かつ種類が豊富で、かなり詳しい話をすることができる。ブリスは興味深そうに見ているが、ジュネとの話し合いが終わり、武器を構えると、自分も杖を構えた。

 俺は骸骨たちの中心に向かって【吹雪】の魔法を唱えた。氷の嵐によって、骸骨たちは次々に凍結し、砕け散る。

 範囲外に残った骸骨に対し、ジュネのクロスボウが撃ちこまれる。太矢は姿を消したと思うと、瞬時に頭蓋骨を射抜く。頭蓋骨を吹き飛ばされた骸骨はその場で頽れる。

 ブリスも打ち漏らしに備えて魔法を準備していたが、俺とジュネの攻撃で全滅させることができた。周囲を警戒し、動くものがないことを確認して、船着き場へと近づいていく。

 船着き場は霜と氷で覆われていたが、骸骨以外には舫い綱と結ばれた杭があるくらいで、特に気になる物はない。俺は自分で、ブリスはジュネに対して【水歩】の魔法を唱えた。

 【水歩】の魔法は文字通り、水の上を地面の上の様に移動できる魔法だ。液体であれば、水の上と同様に移動できるが、液体の影響は受けてしまうので、溶岩の上や独沼の上を移動すれば、熱による影響や毒による影響は受けてしまう。使い勝手は難しいが、海の上などでは重宝する〈奇跡〉だ。

 魔法が掛かると、俺は水面へと進む。足の裏から、しっかりとした感触が伝わって来るのを感じ、魔法が発動していることを確認すると、洞窟の中へと進んで行く。そういえば、コボルドの船頭は元気にしているのだろうか。無事に過ごしていると良いのだが。

「ちょっと待って、様子が変わってる」

 スマラの言葉に、俺は足を止める。洞窟の中は古びてはいるが、しっかりとした石組みがされた水路となっている。両端には辛うじて通れそうな、幅30センチほどの足場が続いているが、外から見た感じとは明らかに雰囲気が違うことは分かった。

「以前は、天然の洞窟だったわ。こんな風に、人口の通路にはなっていなかったわよ。水路も真っ直ぐだし、私の記憶とは明らかに違ってる」

「別の場所の可能性は?」

「それはないと思う。船着き場周囲の景色は変わっていなかったし、遺跡に何か変化が起きたとしか思えない」

 スマラの言葉に、俺は眉を寄せる。

「ということは…」

「新たに『迷宮化』した、ってことでしょうね」

 俺が言う前に、ジュネが肩を竦めつつ予想を述べる。ブリスも頷いている。こりゃ、少々面倒なことになったぞ。

「どうするの? 一旦合流する?」

「いや、このまま探索していこう。未知のダンジョンとはいえ、奴らがこの水路を利用しているのは間違いない。ちょっと難易度は上がるかもしれないが、やるしかない」

「了解。未踏査の迷宮探索ね。久し振りにワクワクするわ」

 俺の決定に、ブリスは笑顔で答える。ジュネも口元には笑みが浮かんでいる。こんな状況であったが、俺達は〈探索者〉としての血が騒ぐことに逆らうことなく、期待と不安に胸を高鳴らせ、水路へと足を踏み入れた。


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