102 〈現夢〉で紡ぐ新たな生命
〈遥楽園〉での生活は、ある意味戦争だった。時によって分刻みで組まれたスケジュールに翻弄され、僅かな予定の狂いが、その後の予定全てを圧迫する。
変更した予定を調整し、その間にも予定を消化しつつ、振り返る間もなく続く生活は、半年ほど続いた。
外の世界では四週間足らずの間に、俺の周囲は目まぐるしく変化している。
まず、新たに子供ができた。
妊娠したのはシェアト、マフデト、シブの女神勢。ここは妊娠・出産を自由に行える女神なので、『許可』が出たことで産むことになった。彼女たちはそれこそ、直ぐに生むこともできるのだが、今回は落ち着いてヒトと同じように産むらしい。
曰く、
「折角だからしっかりと産みたい」
「母親になる気分を日々実感したい」
「風情がない」
とのこと。それぞれ誰の言かは伏せておくが、女神であっても、女性というのは色々思うようである。
それにしても、シブは会った時から今までずっと妊婦だったと思うんだが。身重のままで褥を共にし、更には妊娠を告げに来たシブに、俺が疑問を口にすると、
「我は多産の女神である。懐妊したまま他の子を孕むことなど造作もない」
と言われた。神様スゲーな。何人孕んで良いかと問われ、皆と同じように一人にしてくれと頼むと、不満そうに唇を尖らせていた。家族計画は文字通り計画的に、だ。
そして、彼女たち以外では、インファンタと、なんとロゼが身籠った。〈異邦人〉がオーラムハロムで子を成すことができるかどうかは疑問だったが、無事に授かることができた。
尤も、これは俺が神の祝福を得ているからとか、『不死なる者』であるとかは関係がなかった。なぜなら、他にも事例があったのだ。その時の事を思い出すと、微笑ましくて笑いが込み上げる。そう、あれはル=グルゥの街から戻ってすぐのことだったな…。
「キルシュ、最近太ってきた?」
ロゼの言葉に、キルシュはキョトンした表情を浮かべ、
「えー? そんなことないと思うけど」
そう言って、目の前の食事をモリモリと口に運ぶ。小柄な身体のどこに消えるのかと思う程の健啖を見せるが、確かに最近、食事の量が増えている気がする。心なしか、体形も丸みを帯びたような。
「うーん、最近食事が美味しいから、もしかしたら太ったかも」
答える間にも、ナイフとフォークは止まらない。
「〈異邦人〉って、体形が変わらないんじゃなかったの?」
「年も取らないし、姿も変わらないって聞いたわね」
ジュネとヴィオーラが、そう言いながらしげしげとキルシュを見つめる。俺はスマラに視線を送る。
「知らないわよ。流石に」
どうやらスマラも分からないようだ。そう言っている間にも、綺麗に目の前の皿を片付けたキルシュは、
「ご馳走様! ゼフ、行きましょう!」
と言いながら、食後のお茶を飲むゼファーの首に、背後から手を回して抱き着く。
「おいおい、少しは食休みさせてくれ。家は逃げないだろうが」
そんなキルシュを邪険にすることなく、それでもお茶を啜るゼファー。ゼファーも漸く家を構えることに決め、精霊達に建築をお願いしていたのだが、いよいよ完成となったらしく、これから家具などを用意するので、キルシュと共に時間ができると街に行っていた。
「私達の愛の巣よ! 素敵な家にしましょうね!」
「おい、あれは俺の家だぞ。…別に住むなとは言わないが」
「寝室にはダブルベッドが良いわね。お風呂も広く作ったし、二人で入ろうね」
「聞いちゃいない…」
周囲の目を気にすることなくいちゃつく二人に、俺達は思わず苦笑する。自他ともに認めるカップルなのだが、結婚はしないのだろうか? まぁ俺もしていないので強くは言わないけど。
「それにしても、最近体重増えてないか?」
ゼファーの言葉に、キルシュはギョッとした表情を浮かべると、慌てて身体を見回した。
「え、嘘!? ほんとに太ったのかしら。ダイエットしないとかな」
「別に、無理してすることはないぞ。前が少し痩せすぎだったと思うし」
ゼファーに言われたことがショックだったのか、眉間に皺を寄せるキルシュに、ゼファーがフォローを入れる。何だかんだ言って、女性には優しい。
ゼファーの言葉に、キルシュは嬉しそうに笑顔を浮かべると、再び抱き着き、頬にキスの雨を降らせる。
「もう、優しいんだから! 大好きよ!」
「おい、止せって!」
はいはい、ゴチソウサマ。いつも変わらぬ二人の様子に、そのまま出かけていく姿を見送りつつ、俺達は食事を続けるのだった。その時は気づいていなかったのだ。キルシュの身体の変化に…。
「ヴァイナス、ちょっと相談があるの」
キルシュが俺に相談とは珍しいな。俺がグリームニルの工房で鍛冶をしているところに、キルシュが訪ねて来た。
「どうした? 改まって」
「あのね、女神様にお願いして欲しいことがあるの」
「女神様? 誰でも良いのか?」
「うん。多分、誰でも大丈夫」
キルシュが女神に用事ってのは、あまり思いつかないんだが。俺は内心首を傾げつつ、グリームニルに目を向ける。
「我では如何のか?」
「おじ様だと、ちょっと…」
済まなそうに言うキルシュに、むう、と唸り肩を落とすグリームニル。キルシュにかかれば、大神のグリームニルもおじ様呼ばわりか。神様相手でも、物怖じしないのは美点なのかな。
一方でシェアト達は『女神様』なわけで。いまいち線引きが良く分からないが、気にするほどのことではないのでスルーしつつ、
「ここからなら、シェアトの神殿が近いか。ちょっと待ってくれ。もう少しで終わるから」
「うん、ありがとう」
キルシュにそう言って、俺は鍛冶仕事に戻る。興味深そうに俺の作業を見つめるキルシュに、自分の方が凄い! と見せつけるようにいつもより派手な動きで鎚を振るうグリームニルに苦笑しつつ、念話でシェアトに来訪する旨を伝える。
シェアトからは歓迎する旨の念話が返って来たので、キルシュを連れて神殿へと向かう。神殿付きの司祭に案内されつつ、俺達が奥に向かうと、シェアトが微笑みを浮かべて迎えてくれた。
「急な申し出に驚きましたわ。どうしたのです?」
シェアトはそう言いつつ俺に抱き着いて来る。俺は軽く抱き締め返すと、
「今日はキルシュの用事で来たんだ。キルシュ」
と言い、キルシュを促した。シェアトは名残惜しそうに俺から離れると、キルシュに向かい首を傾げた。
「シェアト様に調べて欲しいことがあるの」
「調べて欲しいこと? 何でしょう?」
「あの、できれば二人だけで相談したいの」
キルシュはそう言って俺に視線を送る。俺は頷いて、
「了解。それじゃあ俺は礼拝所の方で待ってるよ」
と言うと、キルシュは頷いて、
「ごめんね。ありがとう」
と頭を下げる。俺はシェアトに視線を送り、
「それじゃあ、頼んだよ」
と言ってその場を去る。
「分かりました。用事が済んだら呼びますね」
シェアトはそう言って微笑んだ。俺は後ろ手に返事を送ると、キルシュの相談とは何なのだろう? と考えつつ、他の来訪者の邪魔にならないように、礼拝所の隅にある椅子に座り、キルシュの用事が終わるのを待った。
「お待たせ。ゴメンね待たせちゃって」
「構わないよ。それで用事は済んだのかい?」
「うん、大丈夫。今日はありがとうね」
姿を現したキルシュの表情は明るい。どうやら、問題は解決したみたいだな。シェアトに相談と聞いた時は、どんな問題が起きたのかと心配したのだが、キルシュの表情を見る限り、問題はなさそうだな。
「それでね、シェアト様が来て欲しいって」
「分かった。キルシュはどうするんだ?」
「わたしは先に帰って良いかな?」
「良いんじゃないか? シェアトは残れって言ってないんだろ?」
「うん」
キルシュは頷くと、俺に手を振り神殿を後にする。俺はキルシュを見送ると、シェアトの元へと向かう。
「お疲れ様。急な頼みで悪かったな」
「いえ、大した手間ではありませんでしたよ」
シェアトに礼を言うと、彼女は頭を振り、改めて俺を抱き締める。
「それで、キルシュの相談て何だったんだ?」
「ふふふ。私の口から詳しくは言えませんわ。そうですね、女性の悩み、といったところでしょうか?」
シェアトはそう言って微笑み、俺の唇を塞ぐ。何だかはぐらかされた感じだったが、あまり詮索しても良くないと思い、それ以上は聞かなかった。
「折角訪ねて来てくれたのですし、お願いも聞いたのです。私のお願いも聞いてくれますね?」
「俺に出来ることなら、何なりと」
唇を離し、耳元で囁かれた言葉に、俺は頷きを返す。いつもの流れだと、このままベッドに引きずり込まれるのだが。
「嬉しい。それでは言いますね。私も貴方の子が産みたいです」
告げられた言葉に、俺はシェアトを見つめる。シェアトは頷くと、
「大きな探索も終わって、少し落ち着いたでしょう? イオンも乳離れの時期が来ますし、そろそろ二人目でも良いですわよね?」
と言う。確かに、時期的には問題ない、かな? 俺も暫くは〈遙楽園〉で過ごすつもりだし、以前約束していたことでもある。俺は頷いた。
「良いよ。俺の子を産んでくれ」
「ああ、その言葉を待っていました…」
俺の答えに、シェアトは感極まった表情を浮かべると、再び俺の唇を塞いできた。いつもよりも長く、濃密な口づけを交わし、熱い吐息と共に離れていく唇から零れたのは、
「それでは今からお願いしますね」
と言う言葉。その後は予定調和であるかの如く、流れるようにベッドへと引きずり込まれる俺の姿があるのだった。
「皆に報告があります!」
キルシュがそう言って立ち上がったのは、皆で夕食を食べていた時だった。キルシュはゼファーを促して席を立たせると、満面の笑みで話始めた。
「わたし達、結婚します!」
宣言と共に、ゼファーに抱き着くキルシュ。俺達はおお、と声を上げ、口々に「おめでとう」と祝福する。
「遂に結婚か。やっぱり家が出来たのがきっかけかい?」
「それもあるけど、別に大きな理由があるわ」
俺の問いかけに、キルシュは嬉しそうに笑う。ゼファーは立った時からあらぬ方向に視線を向けている。あれは相当照れているな。だけど、別の理由? 俺は首を傾げた。
「それと、もう一つ報告があります!」
キルシュはそう言って胸を張る。一体なんだろうと、次の言葉を待つ。
「わたし、赤ちゃんが出来ました!」
キルシュの言葉に、俺は目を丸くした。シェアトは「間違いありません。おめでとうございます」と言って微笑んでいる。
キルシュとゼファーに子供が出来た…。
それは大きな驚きだった。〈異邦人〉である二人の間に子供ができるとは。俺はもしかしたら、〈異邦人〉同士では子供が出来ないのかもしれないと考えていた。
それは、俺達がこの世界に存在するのは、魂だけであり、肉体に関しては現実世界にあるからだ。ロゼとの間にも子供は欲しかったが、現実世界のことを考えると、できないのでは、と。
俺はシェアトに視線を送る。シェアトは頷くと、
「間違いありません。マフとシブにも確認して貰いました。間違いなく、ゼファーとキルシュの子供ですよ」
と言う。それを聞いたキルシュは、
「疑うなんて失礼ね! 私はゼファー以外の人とエッチなんてしてないわ!」
と頬を膨らませる。それを見たゼファーは、
「俺は信じてるから」
と言うと、キルシュは嬉しそうにゼファーへと抱き着いた。
「いや、二人の関係を疑ったんじゃないんだ。〈異邦人〉同士で子供ができるかどうか、自信が持てなかったんだ」
「…分かります。私達の『肉体』は向こう(AGS)なのだし。果たして肉体にはどう影響するのか」
俺の言葉に、ロゼはそう言って頷いている。だが、彼女の表情は明るい。オーラムハロムでも、子を産むことができると分かったからだろう。俺との行為が無意味ではない、と解かったことから来る喜びに、瞳が輝いていた。
「そっか、確かにそうね。向こうのわたしの身体も妊娠してるのかしら?」
「いや、流石にそれはないだろう。…ないとは言い切れないけど」
何しろ、前例のない事だ。仮に肉体が妊娠していたら、出産のタイミングはどうなるのか? こちらでの時間と地球での時間には大きな隔たりがあるし、胎児の成長がこちらに合わせて急速に行われたら、母体にも危険があるだろうし。
最悪強制脱出の可能性もあるが、だからといって、キルシュに産まない、という選択肢はないだろう。
「念の為、確認するけど。気を悪くしないで聞いてくれ」
俺はそう言って、キルシュ達に俺の考えを伝える。出産に関する危険と、それに伴う可能性について。
キルシュは真剣な表情で話を聞き、ゼファーもキルシュの身を心配するように見つめている。
「それを踏まえた上で、キルシュは」
「産むわ」
俺の問いが終わる前に、キルシュはきっぱりと頷いた。ゼファーがその肩をそっと支える。
「どの世界でも関係ない。わたしとゼフの愛の結晶よ! 絶対に産んでみせる!」
そう言って微笑むキルシュの顔は、いつの間にか大人びた、否『母親』の顔になっていた。それを愛おしそうに見つめるゼファーの顔も、父親のそれだった。
「ゼファーとキルシュの子ってことは、ヒューマンとセリアンスロープの混血ってことよね。どうなるのかしら?」
ジュネの疑問に、ブリスが答えた。
「大抵の種族の混血児は、両親の形質を受け継ぐわ。尤も、耳と尻尾以外、ヒューマン種と違いが少ないから、そんなに違和感はないんじゃないかしら」
俺としては国籍も気になるところだが。ゼファー(アメリカ人)とキルシュ(ドイツ人)の子供だけど、国籍は生まれた国に準ずるだったか? それだとズォン=カということになるのだが。生まれて来た子供は、現実世界に行くことはできるのだろうか。現実世界での肉体を持たないから、難しいとは思うけど。
「因みに、フェアリーが産むのは相方の種族に関わらず、必ずフェアリーよ」
ブリスはそう言って微笑んでいる。確かに、あの小柄な身体でヒューマンやエルフの子供を産むことができないから、当然といえば当然な理由だな。
「それにしても、子供が出来たってことは、探索者は引退かい?」
「まさか。ある程度大きくなったら、探索者に復帰するわよ! ヴィオーラだってそうしてるじゃない」
「おいおい、流石に産むまでは大人しくしてくれよ」
俺の問いに、キルシュは頭を振り、ゼファーは慌てて止めている。まぁ探索者としての〈異邦人〉の身体は、一般の〈現地人〉に比べて遥かに強靭だ。キルシュは若いし、子供を産んだ後でも、復帰に問題はないと思う。
「そうか、この世界でも子供は産めるんだ…」
ロゼが喜ぶキルシュの姿を見ながら、しみじみと呟いた。
「ヴァイナス、私も頑張って産みますから、宜しくお願いしますね」
その後、女神達の「産みます」宣言が続き、〈異邦人〉でも妊娠できると分かったロゼの要求が、今まで以上になったのはいうまでもない。
こうして今に至るわけだが、元々、エルフやダークエルフは、ヒューマンに比べて受胎率が低い。肉体的な老衰が殆どなく、長い寿命も関係するのか、数百年の人生の中で、二人以上の子を産むことはないそうだ。特にエルフは個人主義というか、個の存在を尊重する考えが強く、夫婦となっても子作りをしないことも良くあると聞いた。
最後の理由は〈異邦人〉であるロゼには関係ないが、そういった理由が相まって中々子を成すことができないらしい。のだが、ロゼは幸運に恵まれたようだ。
「ロゼとインファンタに先を越されたかぁ。エルフやマーメイド(他種族)に先を越されたのは、少し悔しいなぁ」
嬉しそうに下腹部に手を当てるロゼとインファンタを見、そう言って羨ましそうに眉を寄せるのはジュネ。別に贔屓をしているわけではないのだが、こればかりは授かりものだ。女神のように自由になるわけではないので、頑張るしかない。
「貴方だけじゃないわよ。私だってまだだし」
そう言って頬を膨らませるのはブリス。元々、エルフ以上に子を成し難いフェアリーであるため、仕方がないといえば仕方がないのだが、それとこれとは別のようだ。
また一方では、
『…ヴァイナス、どうして私としてくれないの?』
リィアがそう言って唇を尖らせる。
リィアも成人を期に、俺との関係を持ちたいと望んだのだが、まだ身体が完全にできていない上、体格も小柄なリィアに無理をさせるわけにはいかなかったので、『恋人』にはなったが、未だ関係を持ってはいない。
一方で、リィアと同年代のワルワラは、種族が変わり多産の神の眷属となったことで、既に成熟した肉体を余すことなく使い、俺との関係を謳歌している。
その点もリィアの不満らしく、二人の時間では執拗に迫ってくる。残念ながら成人を機に身長も止まってしまったらしく、他の部分にも成長が見えないので、リィア自身はこれで大人だと諦め、もう育たないのだから早くしようと言っているのだ。
もう少し様子を見て、変化がないようならその時には愛し合う。そう約束したリィアだったが、次々と周囲で子供ができると、女性として逸る気持ちがでるようだ。このままだと、寝込みに襲われかねない。そろそろ本格的に考えた方が良さそうだ。
それにしても、皆に子供が生まれれば、俺は10人からの父親になる。先のことを考えると、嬉しくもあり、不安にもなるのだが、せめて皆健やかに育って欲しい。父として出来ることはどれだけあるのか。
そのことを思いつつ、まだ見ぬ子供たちの姿を想い、今ある平穏を噛み締めていた。叶うなら、できるだけ長く、穏やかな時が続きますように。そう願わずにはいられなかった。




