↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/118

100 〈現夢〉で湧く水の都

「ヴァイナス様」

 俺の袖をそっと掴み、見上げてくるのは見慣れぬ少女だ。漆黒に近い肌と枯れ落ち葉の色合いを持つ髪をした、鳶色の目を持つ少女は、はにかむ様に微笑みながら、俺を見つめていた。


 はて、こんな少女はいなかったよな?


 真っ直ぐに俺を見つめる瞳と、俺の名を呼んだところを見ると知り合いの筈なんだが、その姿に覚えがない。だが、その声は聞き覚えがあるような…。

「良かった…。あたい、凄く心配したんですよ」

 そう言って少女は目を潤ませると、俺の腹に手を回し抱き着いてきた。その時に鼻孔を擽った香りに、俺は少女をマジマジと見つめ、

「君は、ワルワラ…か?」

 と問い掛ける。ワルワラは俺の胸に顔を埋めたまま、何度も頷いている。すっかり姿が変わってしまったが、やはりワルワラらしい。俺の腰までだった身長は、頭一つ大きくなり、暗緑色の肌は漆黒に近い褐色だ。顔の造作もゴブリンよりもヒューマン種に近くなっているし、あまりゴブリンらしくない。というか、ゴブリンにはない湾曲した小さな角が、側頭部から生えていた。

 俺は視線をガデュスへと向ける。ガデュスも素材の処理が一段落したらしく、俺の視線に気づくとこちらに向かって来る。

「ガデュス、ワルワラはどうしたんだ?」

「いや、それが全く分からないのです。何故ワルワラがこのように変容したかは」

「スマラ、解かるか?」

「全然」

 俺の問いにガデュスは首を振り、スマラも首を振る。だが、

「でも、理由はそれ(・・)かもね」

 と言ってスマラが示すのは、ワルワラの右手の甲にある、印だった。それは赤褐色をした、文字とも紋章ともつかないもので、俺の右手に浮かぶ玄紋と同じものだった。

「ワルワラも、〈祝福〉を得たということか?」

「そうなんじゃない? 実際に格も上がっているみたいだし、種族も変わってるわ」

 どうやら、ワルワラは上位種へとランクアップしたらしい。それがシブ=ニググラトフの〈祝福〉を得たことに理由があるとするならば、彼の神は俺との盟約を無視したということになる。

「いきなり盟約違反とか、あの神どんだけだ?」

「異なことを。其方との盟約を違えてなどおらぬ」

 俺が零した言葉に反応する声に、俺はギョッとして視線を向ける。そこには、先ほどまで姿の無かった姿がある。その姿を見たワルワラは、その場に跪き、首を垂れる。

 気だるげな表情で佇むのは、ワルワラと同じ漆黒の肌を持つ女性だ。だがヒューマンではない。目を引くのは蟀谷から伸びる一対の湾曲した角と、身に纏う服を押し上げる、というよりもはちきれそうな、魔の領域に達した豊満な乳房、そして、明らかに妊娠中と分かる大きな胎だった。

「偉大なる御方、ご尊顔を拝し奉りこと、幸せに存じます」

 ワルワラのいつにない丁寧な物言いに、双角の女性は鷹揚に頷き、俺へと視線を向けた。

「我の名に於いて契りを交わしたことを、我の側から破ることなどありはせぬ。肝に命じておけ」

「シブ=ニググラトフ…?」

 如何にも。女性が頷くと、周囲の者も驚きの声を上げた。

「ヴァイナス、こいつが元凶なのですか?」

 ロゼの鋭い視線にも態度を変えることなく、シブ=ニググラトフは嫣然と微笑み、

「元凶とは異なことを。我が与えしは〈祝福〉なるぞ? 我が力を得るに相応しくない者が、多く享受してしまったに過ぎぬ」

「相応しくないって…!」

「ロゼ、落ち着いて。今から説明するよ」

 俺は今にもシブ=ニググラトフに襲い掛かろうとするロゼを押さえ、手の空いた者を集めると、儀式の間に起きたことを説明した。

 説明を聞いたロゼはまだ納得がいかない、と表情を硬くするが、俺が諭すと頷いてくれる。

「街の人たちやエメに〈祝福〉が拡大したのは、ザフィリが〈祝福〉を得たことで変異したことが原因だと思うしな」

「うむ。本来、我が祝福はこのような『紋』として顕現する。黒い鱗のようなものではない」

 シブ=ニググラトフはそう言って俺の手を取り、甲に浮かんだ紋をゆっくりとなぞる。その感触に背中がゾクリとするが、シブ=ニググラトフは嫣然と微笑むだけで、そっと手を離す。

 ザフィリが元凶と言われたインファンタは哀し気に目を伏せるが、俺が手を取り頷くと、大丈夫と言うように微笑み、握り返してきた。

「変異した祝福である〈黒鱗病〉はザフィリの血を飲むことで解呪出来ることが分かっているから、街に戻ったら衛視を通して対応してもらおう。インファンタの許しを得て、ザフィリの亡骸は回収しているから、何とかなるはずだ」

 俺の言葉に皆は頷き、今度は撤収の準備を整える。回収した大量の素材は一度〈宝物庫〉に送り、後ほど分配することにした。とはいえ、俺は儀式の間の戦闘には参加してないし、預かるだけなのだが。

 俺達が会話をしている間に、ベリトは意識を取り戻してた。特に身体には異変はないようで、エゴン達は安心していたが、奇妙なことに、自身がシブ=ニググラトフの巫女となったことを覚えておらす、何故今場所にいるのか分からないと首を傾げていた。俺はシブ=ニググラトフに視線を送るが、彼女は微笑んでいるだけで何も言わない。

 尋ねたところで答えてもらえなそうだし、彼女も被害者なのだろうから、あまり責めても良くない。俺は肩を竦めると、もう一つ気になることを確認する。

「シブ=ニググラトフ、聞きたいことがあるんだけど。ワルワラは何故あんな姿に? それに手の甲の紋章は〈祝福〉じゃないのか?」

 もし〈祝福〉であれば、約束が違う。先程は皆への説明を優先したが、ワルワラの態度や姿から、この神の影響を受けているのは明らかだ。

「我と其方の盟約は、交わす前までに与えた力の取り下げ。その後に望まれた力は約には当たらぬ」

「ってことは、ワルワラが自ら望んだと?」

「そうです。あたい、力が欲しいって願いました。大事なものを護れる力が欲しいって」

 シブ=ニググラトフの答えに、俺の言葉を遮るようにワルワラが口を挟む。俺を見つめる瞳に、嘘は見えない。

 俺はため息をつくと、思わず零してしまう。

「それにしたって、祈る相手は他にもいるだろう…。ワルワラ、お前ヌトス信者じゃなかったか?」

「ガデュス様達が信仰しているから、何となく崇めていただけです。元々、あたいはそんなに信心深いわけじゃありません。それに、祈りに応えて力をくれたのは、このお方ですし」

 折角〈黒鱗病〉という、呪い紛いの祝福を解いたというのに、態々受け直すとはな。何となく、俺の行動が無駄になったようで悲しかった。

 だがまぁ、本人が望んで得た祝福のようだし、俺も祝福を得た身ではあるから、強くは言えない。

「おかげで、力も得られたし、さっきの戦いでも役に立てました!」

 有難うございます。ワルワラはそう言ってシブ=ニググラトフの前に改めて跪いた。シブ=ニググラトフは微笑み、ワルワラの頭を愛おしそうに撫でている。

「それで、ワルワラが新たな巫女なのか?」

「否。この娘は我が『愛し子』。我が血肉を受けた眷属(むすめ)なるぞ」

 それって、ゴブリンじゃなくなったってこと? 確かによく見てみれば、ワルワラの面影は残りつつ、シブ=ニググラトフの特徴を受け継いでいるようにも感じる。それは特徴的な角や肌の色だけでなく、目元や口元、表情といったところにまで、感じられることだ。

 それで良いのか? と思わなくもないが、ワルワラの表情からはベリトのような狂的なものは感じられず、本当の母に褒められる娘のような笑顔を浮かべている。

 そこに嘘はないだろう。そう感じた俺は、

「良かったな」

 と声を掛けた。

「はい!」

 と答えたワルワラは、屈託のない笑顔を浮かべる。俺は頷くと、回収作業を終え、撤収作業を進める皆を手伝うため、ワルワラを伴い、歩き出した。



「それじゃあ撤収だ。シブ=ニググラトフ。お別れだ」

「一度の別れは必定。然れども、我は何時如何なるときも其方と共に。其方だけは、我をシブと呼びしこと赦そうぞ」

 別れの言葉に、シブはそう言って微笑むと、俺の頬を撫で、唇を塞いだ。舌を絡める濃密な口づけに、俺は動きを止め、周囲からは女性陣の悲鳴と殺意が沸き起こる。

 シブは気にする様子もなくゆっくりと唇を離すと、微笑みを浮かべたまま姿を消した。

「まったく、最後まで勝手な人でしたね。あれが『神』…」

 ロゼは不機嫌そうに眉を寄せる。ジュネやブリス、ヴィオーラも似たり寄ったりな表情でシブが姿を消した場所を見つめていた。

 インファンタがそっと近づき、俺の手を取った。俺は頷き、街へ戻るために歩き出す。エメロード達は未だ〈黒鱗病〉に苦しんでいる筈だ。休養を取るという、エゴンとベリトの二人と別れ、俺達はエゴンに案内された倉庫を抜けて、地上へと戻った。

 俺は早速衛視の元へと向かい、〈黒鱗病〉についての報告を行う。ゼファー達には〈遙楽園〉に戻り、ザフィリの亡骸から血を集める作業を行ってもらう。

 マグダレナとワルワラには、エメロードの元に向かってもらう。勿論、先に回収したザフィリの血を持って行ってもらった。

 俺の報告を受けた衛視は、指定した場所に届けられるザフィリの血を受け取るため、人数を集めるべく慌ただしく動き始めた。俺は〈遙楽園〉に戻る前、エメロードの安否を確認するため、宿屋へと急いだ。

 宿に戻り、声を掛ける親父に適当に返事を返しつつ、俺は階段を急ぎ足で登る。部屋に辿り着くと、逸る気持ちを抑えつつ、ノックをする。

 扉を開いたのはワルワラだ。彼女は俺の姿を見ると、嬉しそうに頷いた。その笑顔に安堵しつつ、俺は部屋へと足を踏み入れる。

 部屋の中には、ベッドに横たわるエメロードと、傍に控えるマフデトとマグダレナの姿があった。スマラが影から飛び出し、ベッドの上へと飛び乗った。

「エメは無事?」

「ええ。もう呪いの影響はありません。今は疲れて眠っています」

 マフデトの説明を聞きながら、俺はベッドに近づく。

 エメロードは安らかな表情で、静かに寝息を立てている。俺はそっとエメロードの柔らかな翠の髪を撫で、漸く安心できたと大きく息を吐く。急に疲れが押し寄せ、俺はドカリと椅子に腰を降ろした。

「ヴァイナス、お疲れさまでした」

 マフデトの言葉に、俺は微笑みで応える。

「それにしても、また貴方の無茶に翻弄された感じね」

 安心したのか、スマラがそう言ってやれやれと首を振る。マフデトが何があったのかと尋ねてきたので、スマラが我が意を得たとばかりに説明を始めていた。

 着かれていたので、特に止める気もなく聞いていたのだが、シブの〈祝福〉に話が及ぶと、マフデトは眉を顰めた。

「シブ=ニググラトフ…。まさか、〈外神〉の一柱が顕現するとは」

「有名なのか?」

 俺は聞いたことのない名前だったので、オーラムハロム由来の神だと思っていたのだが、違うのだろうか?

「シブ=ニググラトフは地神の中でも、強大な力を持つ〈外神〉です。主な権能は豊穣、多産。生命の力を司る大いなる神です」

 それだけ聞くと、良い神様に聞こえるんだが、何か問題があるのだろうか?

「彼の神々、〈外神〉の力はこの世界の理に留まりません。異なる世界の存在にまで、その力を行使し、与えるのです」

 そこに善悪、正邪といった区別はありません。応じられるまま、無造作に大きな力を与えます。

「それが、その存在の分を超え、耐えられぬものであろうとも、一切構うことなく」

 マフデトはそう言って息を吐く。成程、望まれるまま、見境なしに力を与える神。受け取る側の器量を考え、与える力を抑えるマフデト達から見れば、理解し難いということなのだろう。

 神であろうとも、自らの力量の範囲内で分別するのだ。それをしない〈外神〉とは、相容れないものなのかもしれない。

「ですが、ヴァイナスは彼の神の〈祝福〉を得たのですね」

「それが一番、穏便に済ます方法だったからな」

「貴方の器が優れているとはいえ、どれだけの神から力を得るのか。それもまた別の女神から…」

 神の身であるというのに、心穏やかにはいられません。そういって俺を睨むマフデトから、視線を逸らした。別に悪いことをしているわけではないのだが、真っ直ぐに視線を受け止めることができない。

 しかも、他にも女性を連れて来たそうじゃないですか。そう言って詰め寄るマフデトに、今はエメロードのことが先だと宥め、静かに眠るエメロードが目を覚ますまで看病を頼みつつ、俺はゼファー達から血を受け取るため、〈遙楽園〉へと向かうことにした。



 呼び出した門を抜け、城へと戻った俺は、作業を終えたゼファー達から、ザフィリの血を受け取った。それを改めて〈宝物庫〉に収めると、戦利品を分配するというゼファー達を残し、〈黒鱗病〉を治療するため、俺に付き合うというロゼとインファンタを連れ、ル=グルゥの街へと戻る。

 スヤスヤとベッドで眠るエメロードを見て、安心したのか涙ぐむロゼを促し、付いて来るというワルワラを加えて、衛視たちとの合流場所に向かった。

 目的地には既に多くの衛視が到着しており、医師や薬師、神官といった医療に従事する者の姿も見える。

 俺は用意された部屋に入ると、〈全贈匣〉から血の入った瓶を次々と取り出す。見る見るうちに積み上げられた瓶を、ロゼ達が配布し易いように並べていく。

 準備を終えた俺は、衛視に声を掛け、担当者と共に、次々と配布していく。

 血に対しての報酬は決めていない。まずは人命が最優先ということで、身分や貧富の差に関わらず、罹患者には全て供給するように伝えた。

 王族や貴族、大商人などの権力を持つ者や、医師や薬師といった医療に携わる者が、優先して治療されるのは仕方がないことだが、幼い子供や老人といった、抵抗力が弱い者を優先して治すように伝える。

 幸い、巨体であったザフィリからは、街の全住人に配っても余りある血が採取できている。そのことを伝え、決して見捨てることがないように、とも厳命した。

 血を受け取り、去っていく者達の表情は明るい。漸く治療に目途がついたことで、人々に笑顔が戻りつつあった。日々の治療や治安の維持に翻弄されているであろう、彼らの足取りが軽いのを感じ、俺は上手くやれて良かった、と笑顔を浮かべて見守っていた。



 俺やワルワラ、エメロードで確認済みだったとはいえ、ザフィリの血の効果は覿面で、罹患者は次々と解呪された。心配していた新たな〈祝福〉が施されることもなく、ル=グルゥの街は平穏を取り戻していった。

 エメロードもすっかり元気になり、俺達の探索の話を聞いて、参加できなかったことを頻りに悔しがっていた。

「鍛え直し(リハビリ)を兼ねて、迷宮に行こう!」

 そう言ってせがむエメロードを連れ、俺は苦笑しつつ地下水道へと向かう。

 結局、地下水道は迷宮化したままとなった。構造が変わってしまったため、従来の地図が全て使い物にならなくなったことで、ル=グルゥの水運は大きな混乱に見舞われたが、以前から混沌としていた地下水道を、これを機にしっかり管理しようと、街からの正式な依頼で地図製作が大々的に発布された。

 街の探索者ギルドはこれを受け、街に滞在する探索者に、優先依頼という形でクエストを設けた。

 優先依頼は他の依頼に比べ、報酬やポイントが高く設定されている。護衛や討伐、採取といった必要不可欠な依頼を除き、地図作成が終わるまで、常時設けられた優先依頼に、ル=グルゥの街の探索者は喜びの声を上げる。何しろ、仕事が無くて無為に過ごす日がないのだ。しかも、報酬も割高となれば、この機に依頼を熟そうと、近隣の街からも探索者が訪れる始末。

 解禁された交易と相まって、ル=グルゥの街は〈黒鱗病〉事件の発生前以上に活気を見せているのだ。

 その要因の一つとして、帝国との交流開始も挙げられる。今回の街の復興に際し、帝国から大々的に援助の提案があったのだ。治安維持のための兵士の駐屯や、滞っていた交易品の優先的な流通、労働力としての住民の移住や、果ては探索者の斡旋まで。

 しかも、これらの援助は無償で行い、経費は帝国が賄うことまで提案されていた。あまりの好条件に、ル=グルゥの街の指導者達は、侵略のための第一段階なのではないかと勘繰るが、ル=グルゥの街を都市国家として認め、対等の立場として交流を持つとした皇帝が、この世界では珍しい『人道支援』という名目の元、親善大使として自らが皇太子を伴ってル=グルゥの街を訪れたことで、払拭されてしまった。

 原因不明の疫病が蔓延した街を、皇帝自らが訪れたことで、帝国の言葉が真実であると実感したのだ。ル=グルゥの街はこれに対し、復興の暁には、両国の友好を確たるものとするため、帝国とル=グルゥを結ぶ街道を整備し、大交易路を設ける旨を宣言した。

 これに対し、交易路が通る領地を持つ南部の国々も、整備に手を上げることになる。帝国が武力による侵攻ではなく、共栄を目的に交流してくれるのであれば、願ったり叶ったであるからだ。

 こうして南部の国家が主体となり、帝国との交易路が結ばれることになったのだが、交易路が完成した暁には、街を救った功績を讃え、『ヴァイナス行路(ロード)』とする、などと皇帝が言い、ル=グルゥの街もそれを是としてしまったことで、俺は頭を抱えることになるのだが、それはまだ先の話になる。

 俺はそんな優先依頼である地図作成のクエストを受けつつ、エメロード達と迷宮へと潜っていた。俺には、迷宮でやりたいことがあったのだ。

 俺は襲い掛かる魔物を倒しつつ、目的の場所へと向かう。途中、ベリトと二人、仲良く仕事をこなすエゴンに挨拶しつつ、特赦で解放されたトルベンとインファンタを伴っての行程だ。

 トルベンは俺やエゴンから話を聞き、ベリトが迷惑を掛けたと俺に詫びを入れて来た。俺は気にしていないと首を振り、これからどうするのかと尋ねると、恩を返すために俺の下で働きたいと言う。それならば、とガデュスが傭兵団へと誘い、トルベンは快諾した。これからは〈陽炎の士団〉の一員として、活躍してくれるだろう。

 俺達は目的の場所へと到着する。そこは俺とザフィリの決戦が行われた、地底湖だ。俺はここにザフィリの墓標を建立するつもりだったのだ。

 インファンタに相談すると、彼女も賛成してくれた。言葉と尾鰭を失い、暫くの間ヒトとして生きることになったインファンタは、俺と共にサロスの街に住むことになった。これに関しては女性陣とひと悶着あったが、今まで通り『話し合い』が行われ、決着している。

「ザフィリさん、強かったですよね」

 〈全贈匣〉から、用意した石碑を取り出し、設置する俺の隣で、ワルワラが呟いた。



 ワルワラの立場も大きく変わった。シブ=ニググラトフの眷属となったワルワラは、〈陽炎の士団〉を退団し、サロスの街に新たに建立された、シブ=ニググラトフの神殿付きの巫女として暮らすことになった。

 これは、シブ本人の要望もあってのことらしく、俺が中々呼び出さないことに業を煮やしたシブが、ワルワラを通して師匠たちに相談していたのだ。

 〈小神〉や〈大神〉である師匠やシェアト、マフデト達は〈外神〉であるシブの神殿には難色を示したが、俺が〈祝福〉を受け、盟約を結んでいることを知ると、不承不承であるが認めていた。

 曰く、何かあったら俺のせい、ということらしい。つまりは責任を取れということだ。俺としては面倒事が増えそうなので遠慮したかったが、潤んだ目で懇願するワルワラに押し切られ、建立を許可してしまった。

 ロゼ達もシブ本人( 本神? )は兎も角として、ワルワラが巫女となることには賛成していたし、リィアは同年代の( 他神とはいえ )巫女の友達ができたと喜んでいた。

 ワルワラも巫女とはいえ、神殿に常駐することなく、探索などには参加する予定なので、その時はお願いします、と挨拶をされた。

 神殿自体は、精霊達が建築するし、自身の神殿ということで、顕現したシブが取り仕切っているので完全に任せている。

 未だ建設中だというのに、信者が集まり始めているのが凄い。〈外神〉とは意外に信者がいるものだなぁ、と己の無知を棚に上げ、感心していると、

「完成の暁には、我もこの地に留まることができる。幾久しく頼む」

 とシブから告げられ、やられたと思ったが後の祭りだ。



 呪いを解いた後に起きた様々なことが頭を過ぎり、俺は万感の思いを込めて頷く。

「そうだな。呪いの影響がない状態で、闘ってみたかったな」

 祝福を『呪い』と評され、不満を感じたのか右手の紋が疼いたが、俺は訂正する気はなかった。ワルワラも頷いている。

 竜の力が加わり変異した、理性を失う黒き鱗は、やはり『呪い』であったと俺は思う。授けられた力に囚われることのないように、精進しなければ、な。

 俺は地底湖の煌めきを受け、蒼く染まったザフィリの石碑の前で跪くと、彼の竜の分まで生きることを誓い、静かに冥福を祈るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。