普通にカレーだな
「よし、今回は初心者向けのインドカレーを作るぞ!家でもできる簡単なやつだ!ざっくりレシピを書いたからよく確認するように!担当も振ったからな!」
平良が安定の大声で指示を出す。配られた手書きの紙を見る八神の目がスッと細まった。
「おい待て、なんで普通に調理人員にカウントされてんだ?つかなんで野菜担当?つかもう帰っていいか?」
「大丈夫、最初は切り方はなんでもいい。そう難しく考えなくていいからな!」
「切り方で悩んでるとかじゃねーよ。わざとか?こいつ」
平行線を辿る2人の会話を聞きながら、透子が不安そうに呟く。
「八神さんって野菜切れるのかな…?なんか自炊とかしてるイメージないけど…家に包丁ある?」
「ハッ、舐めんな。包丁どころか箸もねーよ。コンビニの割り箸をずっと使ってるからな」
「イメージ通りだ…いやそれ以下…」
なぜか自慢げに話す八神に呆れる透子の横から、ゆりねが言葉を挟む。
「鍋くらいはみれるんじゃない?代わりに透子ちゃんが野菜を切るとか。できそう?」
「あ、はい!たぶんいけます。そんな上手じゃないけど、普通に自炊はするし…」
「んじゃ、任せた。あと鍋もよろしく。できたら教えてくれ。ちょっとその辺でタバコ吸ってくるから」
「は?!ちょっと八神さん?!」
これ幸いとばかりにタバコ片手に部屋を出ようとする八神の背中にゆりねが釘を刺す。
「八神くん、それは困るわ。働かざる者食うべからずよ。鍋くらい見れるでしょう」
「別にそこまでしてカレーを食いたい気持ちも俺にはないんだがな」
「ははは!大丈夫、八神はこう見えてちゃんとやる男だ。俺にはわかる。な?」
如何にも面倒そうに頭を掻く八神の肩を平良が力強く叩く。
「いっった!!いや、な?じゃねーよ、お前が俺の何を知ってんだ、まだ会って数時間だよな?」
「まぁまぁ遠慮するな!ほら、お前の分のエプロンもあるからな!」
「お互い日本語話してるのにこんなに会話が噛み合わないことってあるのか。勉強になるな、クソが!」
八神は乱暴に吐き捨てると、平良の手からエプロンを引ったくった。
◇
「えーっと、これで全部切れたかな。うん、カンペキ!」
レシピにある材料とまな板の上の食材を交互に見比べながら、透子は満足げに頷く。
「さすが透子ちゃん。仕事が丁寧ね」
ゆりねは透子が切った食材を眺めながら、優しく微笑む。料理の邪魔にならないよう、いつも下ろしている黒髪を一つにまとめたゆりねは、普段より大人びた雰囲気を纏っている。
「そ、そうですか?へへ…実家でも料理担当はわたしだったから慣れてはいるかもです」
「頼もしいわ。それに比べて…」
ゆりねが目線を上げる。
「八神!違うぞ!腕の使い方はこう!小手先で回すな!腕全体を使って優しく回せ!」
「俺のか弱い細腕に何を期待してんだよ。だいたい混ぜ方一つで何が変わるでもねーだろ」
「チッチッチ…わかってないな八神!スパイスは焦げやすいんだ。だから焦げ付かないよう、絶えず優しく回す。これが基本だ!」
「あぁそうかよ。ったく、俺の右腕はタバコを吸うためにあるってのに、なんだってこんなこと…つかそんな言うならお前がやれよ…」
「俺がやるのは簡単だ。これはお前がやってこそ意味があるんだ!!」
「…まったく、男たちはうるさいばかりでちゃんと進んでるのかしら」
「ははは…」
一つの鍋を囲んでギャアギャア騒ぐ八神と平良を横目に、ゆりねは小さくため息を吐いた。
◇
「うむ!初めてにしてはなかなかの出来じゃないか!よし、みんな席につけ!それでは手を合わせて〜…」
「「「いただきます!」」」
「八神!いただきますだぞ!」
「はいはい、いただきますよ」
眉間の皺を崩さないまま、八神も手を合わせる。
部屋いっぱいに広がるスパイシーな香りに、透子は思わず喉を鳴らした。ふぅふぅと息で冷ましてから、一気に頬張る。
「〜〜〜!!熱い!けどおいしい!!」
口いっぱいに広がるコクと辛み。透子はその美味さに何度も頷きながら、急いで二口目にありつく。
「うむ!うまい!!」
平良も満足げにカレーをかき込む。ゆりねも口元を押さえながら頬を緩ませた。
「うん、悪くないわね。どう?八神くん」
「まぁ普通にカレーだな」
「普通じゃない!みんなで力を合わせて作った思い出のカレーだ!」
「はいはいそうだね。…時間の経過とともに心の距離が縮まるどころか光の速さで離れてるんだが。マジでこれ食ったら即オサラバだわ、クソが…」
ぶつくさと文句を言う八神の前で、ゆりねが立ち上がる。
「あ、平良。服にカレーがついちゃってるじゃない。カレーってすぐ落とさないと残っちゃうのよ。軽くシミ抜きするからちょっとじっとしてて」
見れば、平良の服にカレーの汁が飛び散っている。
「お、本当だ」
「まったく、おいしいからって急いで食べるのやめなさいって何度も言ってるのに」
「まぁこれくらい大丈夫だって!」
「ダメよ、ほら動かないで」
ゆりねは素早く洗剤を染み込ませたタオルを用意すると、平良の服の汚れた場所に丁寧に当てた。
「はは、ゆりねはお母さんみたいだな。昔からこうなんだ、こいつは。な?一見怖いが、優しいだろ?」
「怖いって何よ。…もう」
ゆりねが目を伏せる。長いまつ毛が頬に影を落とした。
「………………」
「八神さん?どうかした?」
八神はカレーを運ぶ手を止めて、ゆりねと平良の様子をじっと見つめている。
「……いや、なんでもない」
ふむ。そう一言呟くと、八神は再びカレーを食べ始めた。




