その略称やめろ
『当サークルが気になったそこの君!青春の入り口を今すぐノックだ!』
サークルの拠点は学生会館の一角にあった。スチール製のドアにこれまた手作り感溢れるポスターが張り出されている。
「ここか。張り紙の文言が寒すぎるがまぁいい。いくぞ」
そう言うなり、八神はいきなりドアをノックしようとする。
「ちょ、いきなりすぎない?なんの下準備も無しで大丈夫かな?」
「下準備ってなにすんだよ。こういうのはな、勢いで行った方がいいんだよ」
透子の心配をよそに八神はそのまま数回ノックする。しばしの沈黙の後、ドアに駆け寄る足音が聞こえた。
ガチャリ
目の前の扉が開く。
「あら、いらっしゃい。新入生?」
鈴の鳴るような声だった。顔を上げた透子は、その姿に思わず息を呑む。
スラリとした女性が目の前に立っていた。手入れの行き届いた黒髪がサラリと揺れている。
(す、すっごく美人…!!)
「た、多分そうなります」
「ふふっ、名前は?」
謎の美女が微笑みかける。その美しさに圧倒される透子に対し、八神は無表情のままぶっきらぼうに答えた。
「俺は八神。で、こっちは…」
八神は横目で透子を見る。
「なんだっけ?」
「今更すぎる!さ、佐倉透子です」
「だ、そうだ。」
「八神くんと透子ちゃんね。私は白石ゆりね。気軽にゆりねさん、とかでいいわ」
「よ、よろしくお願いします!」
(ゆりねさん…!名前もすっごく素敵。)
見た目通りの美しい響きに、透子が感心していると、八神は名前などどうでもいいとでも言うように本題に切り込んだ。
「よろしく。早速聞くが、ここはなにをするサークルなんだ?」
「ここはね…」
「おぉーーーっと!そこの二人!!新入生か?!」
ゆりねの声を一瞬にしてかき消す大声。その声とともに、部屋の奥からバンダナ姿の男が一人、ドタバタと駆け寄ってきた。
「まったく、丁重にもてなさねば失礼じゃないか!!よく来たな!!さ、入った入った!!」
「あんたの声量の方が失礼よ。その大声どうにかなんない?」
呆れたように頭を抱えるゆりねに構わず、男はなおも野球部のような声量で話し続けた。
「紹介が遅れてすまないな!俺がこのサークルの部長、平良純平だ!平で始まり、平で終わる!どうだ、覚えやすいだろう!」
「よ、よろしくお願いします…!」
(ゆりねさんも圧倒されたけど、この人はまた別の意味で圧倒される…!)
得意げに話す平良に文字通り気圧されている透子をよそに、八神は動じることなく低い声で質問する。
「どうも。そろそろ質問に答えてもらっていいか?このサークルは何をするんだ?ポスターにはインカレサークルと書いてあったが」
「その通り!」
「あ?」
「だから名前の通りだ」
平良は至極真面目な顔で続ける。
「インドカレー研究サークル。略してインカレサークルだ」
「……帰るぞ」
「待て」
ドアノブに手をかけた八神の肩を平良ががっしりと掴む。
「あんた、わざとだろ!景品法って知ってるか?!こっちは真剣に探してんだよ!」
「インドカレーは奥が深い」
「しるか!」
声を荒げる八神を嗜めるように、ゆりねが二人の間に割って入る。
「まぁまぁ、今ちょうどできたところよ。とりあえず食べてみたら?」
「わ、おいしそう…!」
透子と八神の前にカレーが置かれる。エキゾチックなスパイスの香りがふわっと鼻腔をくすぐった。
「やめろ、お前。食ったら最後、強制入部だぞ」
「まぁそう言わずに!一口食ってみろ、世界が変わるぞ」
「カレーごときで世界が変わってたまるか。料理なんてな、一定レベル超えたらあとは一緒なんだよ。だいたいな…」
「いただきます…!」
「おい!」
八神の静止を振り切り、透子はカレーを一口、口に運ぶ。
「…うん…うん…え?おいしい!!」
予想以上の美味しさに思わず声が溢れる。切れ味の鋭いスパイシーな辛みと、その後を追ってくるコクのある酸味。市販のカレーとはまったく違う、本場の旨みだ。
「でしょう?」
「お前!食うなっつったろ!」
満足そうにゆりねが微笑みかける。その笑顔に思わず頬を赤らめながら、透子は何度も頷いた。
「なんだろ、辛いんだけど辛さの奥に旨みがある…!おいしい!」
「わかってくれるか!スパイスには相当こだわってるからな」
「あーあーもう終わりだよ。つーか出されたもの素直に食うなよ…疑うとかないのかこいつ…」
「そんなに固く考えないで。部長はこの通り熱血だけど、基本的にこのサークルの活動は自由。いつ来てもいいし、何をしてもいい。もちろん他のサークルと掛け持ちでもいい。とりあえず入ってみる、くらいでも大丈夫よ」
頭を抱える八神にゆりねが優しく声をかける。そして、とどめとばかりに魅力的な一言を添えた。
「それに、うちに入ればいつでもカレーが食べられるわよ」
「……!!」
(このカレーを、いつでも…!?)
目を輝かせる透子を横目に八神は冷静に質問する。
「……会費は?」
「入部時のみ500円ね。イベントがある時は都度徴収するけど、基本はかからないわ」
「……材料費は?」
「活動費から出るわ」
「………ほう」
ゆりねの答えに八神は黙り込む。「初期費500円…元は取れるか…」などとブツブツ呟いた末に、ついに結論を出した。
「まぁ、500円でいつでもカレーが食えると思えば悪くないか」
「決まりね」
ゆりねはにっこり笑うと、入部届を2人に渡した。
「ようこそ、インカレサークルへ!」
「だからその略称やめろ」




