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バカか?お前は

「……かくして悪鬼・田中の陰謀により、俺はこの大学に入学し————」


「いやまって、今更だけど八神さんアラサーなの?!」


締めに入ろうとする八神に思わずツッコむ。


「29歳独身高卒引きオタ作家だ」


「じ、情報量が多すぎる…えーっと、つまり社会人受験で入ったってこと?」


「そういうこと。や、本当に大変だった」


「そっか、そうだよね…作家しながら受験ってだけでも大変だろうし…」


見かけによらず、意外と努力家なのかも…透子が自分の思い込みを恥じたのも束の間、八神が深刻そうに呟いた。


「スーツがな」


「へ?」


「面接用のスーツ。あると思ったんだが見つからなくてな。結局田中のスーツを借りたんだが、あれほんと動きづれぇな。サラリーマンって毎朝あんな拘束具着て働いてんだろ?尊敬しかない」


「そこ?!もっとあるでしょ、大変なとこ!」


(やっぱこの人、変だ…)


一瞬でも見直しかけた自分を殴りたい。正直、これ以上関わりたくないな…後退りする透子に構わず八神は話を続ける。


「まぁとにかくだ。心の底から面倒だが、学費をもってもらってる以上、何の成果も得られませんでした!なんてバッドエンドは避けたいからな。そこでお前だ」


「な、なんで私なの…?他にも女子はたくさんいるよね?」


透子の問いに、八神はわざとらしく首をひねって唸る。


「ん〜〜〜や、まるで女神のような女の子がいるなと思って、きっととても恋愛経験が豊富なんだろうなと」


「えっ……な、なに急に、」


「あとは一人だったから。他のやつは全員友達とキャッキャしてたからな。群れから逸れて、ひとりポツンと寂しいやつに狙いを定める。これが狩の鉄則だ」


「完全に犯罪の手口じゃん!てか、それでいうとその…わたし、恋愛はあんまり…」


「ん?」


透子は高校時代を思い返して口籠る。


恋人どころか友人すらうまくできなかった。そんな自分に期待されても何が返せるとも思えない。


「だ、だから!期待していただいてるところ悪いんだけど、恋愛経験はあんまりなくて…」


「だろうな」


「へ?」


気まずそうな透子に八神はあっさりと答える。


「ひとり寂しいやつが恋愛経験豊富なわけないしな。つーか俺は別に"お前"と恋愛したいわけじゃない。形から入れりゃそれが手っ取り早かったが…まぁいい。とにかく恋愛っつーもんがわかればそれでいいんだ」


八神は面倒そうに頭をかくと言葉を続けた。


「っつーわけで、まずは恋愛が発生しやすい環境に入り込む。これが次のステップだ。それには異性のペアがいた方が何かと都合がいい」


八神はそう言うと、透子をじっと見つめた。その視線に透子は思わず後ずさる。


「な、なんか嫌な予感しかしないけど…恋愛が発生しやすい環境って?」


八神は透子の顔に人差し指を突き出して言い放つ。


「サークル」


「サ、サークル?」


「そ。サークルに入ってない大学生など大学生にあらず、ただの引きオタニート予備軍だ。華の大学生活を送るには、勉強よりもサークル、三度の飯よりサークル、チョコミントよりもサークルなんだよ」


演説するかのように腕を広げて滔々と語る八神に、透子は戸惑いながら返す。


「な、なんか言い過ぎな気がするけど、確かに大学生活ではサークルが大事って聞くよね」


「だろ?だが、ただ入るだけじゃ不十分。それじゃ精々フリーターレベルだ。サークルに入っていわゆる”いつメン”になる。ここまでいって初めて成功だ」


「いつメン…!」


いつものメンツ。略していつメン。高校時代、何度も憧れた響きだ。


「大事なのはどのサークルに入るかだが…まぁ一応聞いとくか、どっか気になるとこはあるか?」


八神からの珍しくまともな質問に透子は考え込む。


「えー何だろ…あ、手芸サークルとかいいかも。編みぐるみとか好きなんだよね」


「バカか?お前は」


「バッ…!」


ひどくない?!そう叫びかけた透子を、八神の呆れた声が封殺する。


「ったく、お前は何しにサークル入るんだ?」


「え…?うーんと、みんなで練習したり、目標に向かって力を合わせたり…?」


「バカが」


「疑問形ですらない…」


「な、ん、で、サークル入ってまで真面目に活動しなきゃいけねーんだよ!サークルに入る目的なんざ一択!恋愛、もとい番探しだろうが!!」


「つ、つがい?!」


人間の恋愛を表わす単語でそれを使うのか。スズメのつがい、とかならわかるが。


思考が追いつかない透子に、八神は至極真面目な顔で続ける。


「目的を履き違えるなよ。俺たちはガキのお遊びでサークルに入るんじゃない。青春…いや、性春とは何か知るために入るんだからな」


「俺たちって勝手に一括りにするのやめてくんない!?」


透子のツッコミを無視して八神はぐるりと辺りを見渡した。そして目当てのものを見つけたのか、ふらふらと歩き出した。


「ちょ、どこに…」


「これを見ろ」


八神が手招きする。仕方なく駆け寄ると、そこには大学の掲示板があった。様々なサークルの勧誘ポスターが所狭しと張り出されている。


「わ、すごい!サークルってこんなにいっぱいあるんだ。舞台、水泳、手品…資格をとるサークルなんてのもある!」


キラキラと目を輝かせる透子とは対照的に、八神はじっと隅々まで舐めるように見てから言った。


「候補は三つだな」


「え?」


八神が順番に指を差す。どれも、学生たちが笑い合っている写真がいくつも掲載されていた。


「えーっと…テニス、イベント、フットサル…なんかめっちゃアクティブだけど…何基準?」


「テニスサークルは何をしてると思う?」


透子の質問には答えずに、八神はさらに質問を重ねる。


「え?テニスじゃないの?」


「お前…純粋培養か?」


八神が呆れたようにため息をつく。


「え?」


「いいか、テニサーではラケットの代わりにxxxを握り、ボールの代わりにxxxxを転がす。まぁある意味ラケットとボールではあるんだが」


「突然何言ってんの?!」


「イベントサークルも同じ。イベントというあまりに抽象的な言葉の中には当然xxxxも含まれ…」


「だーーーっもういい!!さっきから大真面目な顔で語ってるけど、中身ほぼ伏字だからね?!偏見も大概にして!!」


「はー、これだから箱入り娘は。俺は別に下ネタを言ってるわけじゃなくてだな…あ、これもしかしてセクハラになる?悪い、今のなし、忘れてくれ」


「今更遅いわ!偏見すぎるし普通にセクハラ案件だよ!」


(つ、つかれる…!!)


この男と出会ってからずっと叫んでる気がする。まだ出会って1時間も経ってないのに、透子の声はすでに枯れ始めていた。


「まぁ言葉は過ぎたが、ゆるめのサークルの方が恋愛発生率が高そうってのはあると思うんだよな。あとこの辺はインカレサークルだし」


「イ、インカレサークルって?」


喉の調子を整えながら、透子が聞き返す。


「はぁ〜お前もっと勉強しろよ。ほら、例えばこれ。なんて書いてある?」


「え?えーっと…"八大生《はちだいせい》限定"…サークル?」


「そう。つまり、ここ八坂《やさか》大学の学生しか入れないサークルってこと。インカレサークルはその逆。今回はそこを狙う」


「え、同じ大学の人だけの方がよくない?他大学ってなんか怖いし…」


「はぁ、お前はほんとにわかってないな。恋愛において重要なのは質じゃない。数だ」


「数?」


「そ、正確には出会いの数。インカレは人数が多い。つまりそれだけ出会いの数も多いってことだ。となると、上位カーストに敗れたモブにもチャンスが回ってくる」


「さっきから恋愛観がおかしいんだけど?!ほんとに恋愛学ぶ気ある?!」


「大有りだ。今回の目的は一つ、性春を学ぶこと。なら、出会い目的全開なインカレに入るのが正解ルートなんだよ」


「あ、したらこれは?」


透子が指を差す。


『来たれ!インカレサークル!いつでも誰でも大歓迎!』


手作り感の強いチラシの上に、今まさに八神が熱弁していた"インカレサークル"の文字が躍っている。


「なるほど、こりゃど真ん中だな。何するサークルかはわからんが、一度行ってみるのもアリか」


チラシを見ながら頷く八神を横目にほっと一息つく。散々振り回されたが、これでやっと解放されそうだ。透子は穏やかに返す。


「うん、いいと思う。いってらっしゃい」


「は?お前も行くんだよ」


「なんで?!」


驚いて振り返る透子に、八神はさも当然とばかりに言ってのける。


「男1人で突撃したって警戒されて終わりだろ。その点、男女ペアなら話は違う。先輩っつー生き物は女子に甘いからな。さらに新入生ともなればもう姫扱いだ」


「知らないよ!1人で勝手に玉砕してこい!」


(こ、これ以上巻き込まれてたまるか…!)


威嚇する透子に、八神はわざとらしく口元に指を当てて呟いた。


「……そういや」


「?」


「俺、高峯くんの連絡先あるな」


「……え?」


突然の推しの名前に去りかけた足が止まる。


「ちょ、なに、まさか高峯くんを餌にするつもり…?!」


「まぁ、一度も連絡したことはないが」


「ないんかい!」


「ただ、顔くらいは覚えてる"かも"しれん。高峯くんは優しい子だ、連絡すればもしかしたら会える"かも"な」


「"かも"多くない?!」


「だが、可能性としてはゼロじゃない。少なくとも俺は彼の連絡先を持っていて、面識もある。一ファンのお前よりはチャンスがあると思うが?」


「うっ…ずるい…高峯くんで釣ろうなんて…」


「なんとでも言え。俺は使えるものは親でもアイドルでも使う。ほらどうすんだよ、え?」


八神がニタニタと笑う。悔しい。悔しすぎる。こんな非常識なやつに足元見られるなんて…高峯くんも、知らないうちにこんな男にダシに使われて…


(…ん?これもしや高峯くんの危機なのでは??)


純粋で素直な高峯くん。そんな高峯くんをダシに使う性悪男がいることを本人は知らないのだ。


(ほっといたら、絶対ろくなことにならない…!)


「…わ、わたしも行く!というか、監視する!高峯くんの安全はわたしが守るから!!」


「?なんか命狙われてんの?あの子。まぁなんでもいいや。決心はついたな?よし、いくぞ」


(よくわからんが、推しってやつは便利だな)


八神は一息吐くと、例のインカレサークルの部室に向かって歩き出した。

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