それができたら
『本日、新しくできたインドカレー屋に偵察に行く!全員、部室に集合するように!』
平良からのメッセージに透子は胸を踊らせる。
「わぁ、みんなで夜ごはん!行きたいな…あ、でも茜ちゃんたちと課題する約束あるから…それ終わったら行こうかな」
透子はふと昨日のことを思い出す。
(授業後の茜ちゃんたちとのごはん…楽しかったなぁ…今度は外でランチとかもできたらいいな…)
友達とごはんを食べることはこれまでも何度かあった。でもあんな風に自然に笑っておしゃべりはできていなかった気がする。
(八神さん見てるからかなぁ…。あの人、全然人の目気にしないんだもん。あれくらい思ったこと言えたら楽なんだろうな……こっちは毎回あたふたしちゃうけど……あっ)
「八神さん!」
透子の視線の先に、校門に向かって歩く八神の姿があった。いつもの猫背姿で、ダラダラと靴を擦るように歩いている。
「ん?あぁ、お前か」
八神は透子の声に振り返ると、足を止めた。
「もう、昨日はびっくりしたよ!突然教室くるんだもん」
「あ?俺だって行きたくて行ったわけじゃねーよ。ったく、あん時バンダナ野郎に捕まんなきゃだな…」
「あはは…でも、ありがと」
「あ?」
わけがわからないといった風に眉間に皺を寄せる八神に透子は笑顔のまま返す。
「えへへ…ううん、なんでもない。あ、それよりごめん、今日私語学の課題出さなきゃで…それ終わったら部室行くから先輩たちにも伝えといてくれる?」
「は?いや、俺はもう帰るつもりだが、」
「透子ー!行くよー!」
透子の後ろから茜の声が飛んでくる。
「あ、うん!今行く!ごめん八神さん!よろしくね!」
「おい、俺は行くとは…」
言いかけた八神を置き去りに、透子は茜の方へと走っていった。
「話聞かないやつしかいないのかよ大学ってのは…つーかあいつ友達できたのか。いや、そうじゃなくて…あーだりぃな、くそが…」
八神は面倒そうに頭をガシガシと掻きながら、校門に背を向けて歩き出した。
◇
「あら、八神くん。来てくれたのね」
部室で一人本を読んでいたゆりねは顔を上げると、珍しそうに八神を見た。
「や、言伝だけだ。もう帰る。あのドルオタが遅れるって...」
「すまん、二人とも!授業の課題がまだ終わってなくてな、すぐ片付けるからちょっと待っててくれ!」
扉が開く音と共に飛び込んできた大声が八神の声を一瞬でかき消す。
「………まずその声量を詫びてくれ。つーか俺はもう帰、」
「すまん、すぐ終わらせるからな!」
言いかけた八神の言葉を遮るように、平良は顔の前で手のひらを合わせる。
「平良はやくー」
平良の後ろから女の子が顔を出した。慣れた様子で平良の脇を教科書で小突く彼女に、平良は「すまん、もう行く!」とだけ答えると、ゆりねと八神を指差して念を押すように言った。
「じゃ、すぐ戻るから!絶対帰るなよ!」
「や、だからもう帰、」
「はいはい、いいから行ってらっしゃい」
「悪いな!」
平良はそう言うと、ダッシュで部室を後にした。
「チッ、相変わらず話聞かねぇな。…つーか」
遠ざかる平良の背中を見送りながら、八神はゆりねを一瞥する。
「?何かしら」
「いいのか?女と2人にして」
「え?」
「バンダナ野郎」
「……!」
ゆりねの瞳が一瞬揺れる。
「…何の話よ」
「すきなんじゃねーの」
「…は?」
ゆりねの瞳孔が大きく見開く。その様子に構うことなく、八神は宙を見ながらいつもの調子で淡々と続けた。
「別に普通に脈ありそうだけどな、分からんけど。むしろああいうのは早くいかないと…」
「……黙って」
低く掠れた声が静かな部室に響く。
「お、」
八神がゆりねに視線を戻す。二人の視線が静かに交差した。
ゆりねの刺すような視線をしばらく受け止めた後、八神は目を細めてつぶやいた。
「確度70%くらいだったが……そうか」
「…………っ!」
ゆりねの首筋を冷えた汗が伝う。八神はふむ、と口元をなぞりながらまた淡々と続けた。
「まぁなんだ、あの手のタイプは察しが悪そうだからな。変に引き延ばさずに直球で行った方が……」
「………どういうつもりなの」
「あ?」
八神を睨みつけながら、ゆりねは拳を固く握る。
「あ?じゃないわよ。それを確かめてなんなの?脅してるつもり?」
「脅す?なんでそうなるんだよ」
八神は意味がわからないといった風に息を吐いた。その捉えどころのない態度が一層、ゆりねの喉から湿度を奪う。
「………っじゃあなんなのよ。何が目的なの」
「目的?あーまぁ強いていうなら仕事でな」
「は?仕事?」
困惑したゆりねの視線をかわすと、八神は壁にもたれながら続けた。
「まぁあれだ、あんたの悪いようにはしねぇよ。俺はお前らがどうなろうが別に興味はない。他人の恋路に首突っ込むほど暇じゃねぇしな。観察できりゃそれでいい」
「か、観察?」
「そ、片想いのサンプルとしてな」
「それ、どういう…」
「二人とも、待たせたな!爆速で終わらせてきたぞ!」
「お、お待たせしました〜!あれ、平良部長も今来たとこですか?」
勢いよく開いた扉から平良と透子がドタバタと駆け込んでくる。
「チッ、早かったな。帰り損ねた」
八神は平良をジロリと睨むといつものように悪態をつく。
(普通すぎる……平良に何か言う様子もない……)
いつもの掛け合いを繰り広げる二人をゆりねはじっと見つめる。
(八神くんって変わってるとは思ってたけど……どういうつもりなの………仕事?)
平静を装いながら、ゆりねは八神の言葉を思い返す。
『ああいうのは早くいかないと…』
「……それができたらとっくにそうしてるわよ」
「ゆりね?何か言ったか?」
「…いいえ、なんでも」
(……少し様子を見た方がいいわね)
(………『仕事』、か)
「ゆりねさん?」
黙ったままのゆりねの顔を透子が覗き込む。
「あぁごめんなさい。今行くわ」
ゆりねは開いたままの小説を閉じると、透子の後を追いかけた。




