おい、ドルオタいるか
「……よしっ!」
教室の前で、透子は小さく意気込む。
今日は語学の初授業。
大学は高校と違ってクラスがない。しかし、語学は別だ。少人数かつ定期的に集まるため、繋がりも深くなりやすい。(透子調べ)
(普通に…普通にすればきっと大丈夫…!)
透子は息を整えると、意を決して扉を開けた。
広すぎない部屋の中に、学生たちがまばらに座っている。透子は一瞬身体を固くするも、なるだけ涼しい顔で席に座った。
(よし、ここまではスムーズ…!自然にできた気がする…!)
そう心の中で呟きながら、控えめに周りを見渡す。女の子が何人か、透子の周りに座っていた。中には軽く談笑している子たちもいる。
(そっか、すでに知り合い同士の子もいるよね…。で、でもそこで遠慮してちゃダメだ……まずは自分から声をかけて………!)
「あ、あの…!」
「おい、ドルオタいるか」
「へあ?!?!」
聞き覚えのある低い声に、透子は思わず声を上げる。見ると、扉のところに八神が立っていた。あの黒々とした目で教室をじろりと見回している。
「お、いたな」
クラス全員の視線が一斉に透子に集まった。
(やば………なんで反応しちゃったのわたし………!!)
「え?ドルオタ?」
「だれ?」
「え、佐倉さん?ドルオタなの?」
「いやっ、ちが…!ち、違わないけど違くて…!!」
八神は慌てる透子に構うことなく、気怠げな足取りで近づいてきた。
「な、なんで八神さん…!!」
「さっきバンダナ野郎とすれ違ってな。色々お前に渡すよう押し付けられたんだよ」
「そ、そうじゃなくて!!な、なんで場所わかったの?!そんでなんで突然くるの?!あとなんでドルオタっていうの?!?!」
「あーあーいっぺんに聞くな。あの女に聞いたんだよ」
透子の矢継ぎ早の質問に、八神はこともなげに返す。
「ゆ、ゆりねさん?!なんで場所………」
「お前、あの女に履修相談してたろ。場所くらいわかる。ほら、早く受け取れ。こっちもさっさと帰りたいんだよ」
八神が机の上に大量の袋を無造作に置く。教室にスパイシーな香りがふわっと広がった。
「わぁ……たくさんのスパイス……なんで今………」
「じゃ、渡したからな」
八神はそう言うと、用事は済ませたとばかりにさっさと教室を後にした。
(終わった………)
クラス全員の視線を痛いほど感じながら、透子は俯く。
(絶対変な子だと思われた……最初が肝心なのに………八神さんのバカ……………)
「ねぇ、佐倉さんってアイドル好きなの?」
透子の横から明るい声がした。
「へ?!」
ハッと顔を上げると、隣の席に座っていた女の子が、大きな瞳で透子を見つめている。
「え…っと、あの…うん、まぁ…」
「えー誰すきなの?」
身を乗り出して聞く女の子に、透子は少したじろぎながら小さな声で答えた。
「えっと…た、高峯くんって知ってる?スター☆ライトってグループの…」
「え、知ってる!スタライ、私もすき!」
女の子の顔がパッと華やいだ。
「えっ!ほ、ほんと…?!」
釣られて目を見開く透子に女の子は小声で尋ねる。
「てかさっきの人だれ?彼氏?」
「え?!ちがう!!」
「あはは、めっちゃ否定するじゃん。ね、私、宮木茜。佐倉さん下の名前は?」
「と、透子です…!」
宮木茜と名乗る女の子は透子の名前を知ると目を丸くして笑った。
「え、かわいい名前。透子って呼んでいい?私も名前でいいから!」
「う、うん!よろしくね、茜ちゃん…!」
「なんの話してるのー?」
「佐倉さんめっちゃ盛り上がってたねー、あの人彼氏?」
「だ、だからちがうって…!!」
(あれ?)
気づけば、周りに座っていた子たちが透子と茜のそばに集まっていた。
(なんか…普通に話せてる?かも…)
(八神さんのせいで一時はどうなることかと思ったけど……)
こっちの都合なんて全然考えない。
突然やってきて、突然帰る。まるで自然災害みたいな人だけど。
(意味わかんないこと言うし、ドルオタ呼びもやめてほしいけど……)
周りの笑い声を聞きながら透子は八神が届けたスパイスの袋を見つめる。
(……でも八神さんがこなかったら、こんな風に話せてなかったかも)
(そう考えると一応………いや、だからってドルオタ呼びはないけど)
「……もう、調子狂うなぁ」
「え?なに?」
「あ、ううん!なんでもない!」
透子は慌てて我に帰ると、茜に笑って返した。




