まず要件から言え
プルルルルルルル
暗い部屋に着信音が響く。八神は寝ぼけ眼を薄く開けると、鳴り続けるスマホに手を伸ばした。
担当編集・田中の文字が画面に浮かんでいた。軽い舌打ちとともに寝たまま電話に出る。
『おはようございます、八神さん。どうですか、大学は。ちゃんと行ってますか?』
「どうもこうもねぇよ。編集ってのはこんな朝っぱらから稼働してんのか。ったく、安眠妨害に精が出るこったな」
『まだ始まって数日かと思いますが、定期的に確認はさせていただきますよ。不登校にでもなってたら元も子もないので』
「お前が放り込んだんだろ。心配せずともちゃんと行ってるっつの」
『それならいいです。では』
電話が切れる。八神は真っ暗になった画面にもう一度舌打ちすると、再び目を閉じた。
プルルルルルルル
「………………………」
知らない番号が表示されていた。苛立ちに任せて受信ボタンを殴るようにタップする。
ピッ
『八神!!おはよう!!今日、』
ピッ
「……よし、静かにな———」
プルルルルルルル
「………………………………………」
プルルルルルルル
「………………………………………チッ」
ピッ
『八神!!おはよう!!今日、』
「あ〜〜うるせぇ!!どいつもこいつも腹立つアラームだな!!つーかなんでお前が俺の連絡先知ってんだ!!」
大声で捲し立てる八神に平良が明るく答える。
『ゆりねに聞いた!』
「あの女、余計なことしやがって……」
『いいから部室に来い!話はそれからだ!』
「人を誘う時はまず要件から言え。だいたい今日は休日、」
『佐倉もゆりねも向かってるからな!八神も早く来いよ!』
電話が切れる。こいつ電話でも話聞かねぇのかよ……心底うんざりしながら、八神は先日のゆりねの様子を思い出す。
「……………チッ」
本日何度目かの舌打ちをすると、八神はようやく身体を縦にした。
◇
「遅いぞ八神!もう11時じゃないか!ほとんどお昼だぞ!」
「来てやっただけありがたく思え。現在進行形で帰りたいんだよこっちは」
到着するや否や小競り合いを始める2人をよそに、ゆりねが透子に微笑みかける。
「透子ちゃんも休日なのに来てくれてありがとうね」
「い、いえ!全然暇だったので…!」
透子が顔の前で手を振る。
(ほんとにやることなかったし…八神さんも来るとは思わなかったけど)
透子はちらりと八神を見る。部屋着っぽい服に寝癖、手ぶら。まるで寝起きのまま警察に連行されてきたみたいだ。
「まぁいい、ともかく全員集まったな!早速だが最初に言っておこう。今日の活動はカレーではない!」
「え?」
「は?」
困惑する2人に平良は堂々と言い放つ。
「せっかく2人が入ってくれたからな。さらに絆を深めるため、今日はみんなで遊びに行こうと思う!」
「さらに?そもそも俺たちに絆なんてあったか?」
「というわけで、行き先を決めるぞ!みんな、何がしたい!?」
「お前の耳は飾りか?つーか、そっからかよ…」
平良は八神のツッコミを華麗にスルーすると、いつもの大声で切り出した。
「まずは俺からだな!やはりここは山だろう!今の時期は山菜取りにぴったりだしな!インドカレーに合う食材を探すのにうってつけだ!」
「誰が行くか、1人で行け」
「いきなり山はキツいでしょう。透子ちゃんはどうかしら?行きたいとことか、ある?」
ゆりねが透子に尋ねる。
「わ、わたしですか?えぇっとわたしは…もうちょっと大学の周りとか見てみたいかもです。駅の方とか…」
(駅の方、人多くてまだちゃんと探索できてなかったんだよね…でもみんなで行けるなら楽しいかも)
そんなことを思いながら、透子は控えめに答えた。
「あらいいわね」
「なるほど、新入生だもんな!」
「駅?なんもねーだろ」
八神があくび交じりに口を挟む。
「そんなことないわよ。ショッピングモールもあるし、おいしいお店もたくさんあるわ」
「ショッピングモールねぇ。たいして面白くもねーと思うがな」
「じゃあ山か!」
「ない」
「じゃあショッピングモールね」
「極端すぎるだろ。そりゃ山よりはマシだが」
「決まりだな!よし、みんな!ショッピングモールに向かって出発だ!!」
「話聞けよ」
がっくりと肩を落とす八神を横目に透子は小さく胸を躍らせる。
("みんなでお出かけ"か…)
その響きに心をときめかせながら、透子は軽い足取りで皆の後を追いかけた。




