1.悪役令嬢は逆ハー令嬢になる
その日、王都国立魔法学園に激震が走った。
言わずと知れた悪女、リゼット・ローエンタール。いずれ国を転覆させるとまで言われた彼女が、イケメンを4人も侍らせて登校したのだ。
いや、少々語弊がある。より詳細に訂正すると、死んだ目をしてゲッソリ顔の彼女を我先にと恭しくエスコートして引っ張る4人のイケメンがいたのだ。
「さぁリゼット、足元に気を付けて。顔色が悪いね?昨夜はよく眠れなかったのかい?」
キラキラ王子様オーラをこれでもかと振り撒くこの国の第一王子アステル。
「貴女の戦闘能力は確かに目を見張るものがある。だが、身体を壊しては元も子もない。体調管理はしっかりとすべきだ」
小言を言うようでじっとその顔色を無表情で見つめて心配する侯爵家嫡男シグマ。
「朝ご飯もあまり食べられなかったみたいだしね。大丈夫リゼット?クッキーで良ければあるよ?」
スラリとした長身に柔らかな色彩と笑みを持つ宰相家三男坊ロロット。
「疲れてるなら無理するな。俺がいいサボりスポットを教えてやるよ」
粗野なようでいて一番女性慣れした仕草と色気を持つ野生の女誑しカイン。間違った、騎士団長子息カイン。
揃いも揃って前日まで悪女リゼットを糾弾する勢いで警戒していた筈の男たちばかりだ。一体何が起きたのかと学園に通う生徒たちはざわめき始める。
またリゼットが何かしたのか、アレはエスコートと見せ掛けた新手の監視ではないか。ヒソヒソと好き勝手囁かれるが、前日までの徹底したリゼット悪女説が何故だかそんなに火を吹かない。まるで下火となった噂のような火力の弱さだ。昨日までは噴火寸前の火山ばりにリゼット許すまじという風潮が根強かったというのに。
というか、何故リゼットはあそこまでゲッソリぐったりしているのか。生徒たちの関心はそっちにも向いた。あれだけ暴力的な顔面偏差値の集団に囲まれれば、少なくともチヤホヤされたがっている(と思われている)リゼットならば大喜びではないのか。
しかしリゼットの顔には「帰りたい」としかどう見ても書いていない。全然喜んでいない。寧ろ解放してくれとすら思っているようにしか見えない。
その時、ぐりんっ!と死んだ目をしていたリゼットがゾンビのように首を周囲の生徒に向ける。
タ ス ケ テ。
とてつもない眼力でどんな手段でも構わないからこの状況から抜け出させてくれとばかりに全力のSOSを発信する彼女に、周囲のモブ生徒はサッと一人残らず目を逸らす。知らぬ存ぜぬを貫いた。
君子危うきに近寄らず。誰もこの国きっての有力貴族だ騎士団だの子息に不用意に逆らいたくないのである。ましてや、筆頭がこの国の第一王子なのだから。事情をよく知らずに突っ込む阿呆はまず居ない。とても訓練されたモブ貴族生徒たちだった。
リゼット・ローエンタールは絶望した。
誰もこの現状から助けてはくれない。リゼットが悪女令嬢だからとかそんなこととは関係なく、単に面倒事だから誰も助けてくれない。
第一王子。侯爵家嫡男。宰相家三男坊。騎士団長子息。
肩書きだけでなくそれなりの実力を持った者たちであるが故に、誰も簡単には首を突っ込みたがらないのだ。
だから今朝、いきなり迎えに来られた時も誰も何も言えなかった。使用人たちは勿論、長年仕える執事、ローエンタール家お抱えの騎士団、そして家族。全員がお手上げでリゼットを朝っぱらから押し掛けて来た4人に引き渡した。さながらリゼットはドナドナされた子牛の気分を通り越して競りに直送されたマグロの気分だった。
今日からバックレるつもりだったのに。もう学園にも行かないで出奔するつもりだったのに。気付けばエスコートされて半強制的に学園に到着だ。ちなみに王子の馬車に4人と一緒に詰め込まれた。合計5人だった筈なのにあんまり狭さを感じない設計だったが、それとは関係なくグイグイ距離を詰めてくるイケメン4人にリゼットのライフはもうゼロだった。前日までずっと何ヶ月も塩通り越してデスソース対応されていた身でいきなり逆ハーレム化しても「やったぁ!わーい♡」などと喜べるほどリゼットの心は楽天家ではなかった。心が摩耗しきっていたとも言う。冷え切った氷にいきなり熱湯掛けたら溶けるより先に割れるだろう、アレと同じだ。
「ああ、もう教室まで辿り着いてしまった。もう少し一緒に居たかったのに、時間も廊下も短いものだ」
本気で惜しいという表情でリゼットの手を取って離さないアステル。
「はっ、だからサボって二人でどっか行こうぜって言ってんだ。俺と一緒に来りゃあ刺激的でいい気分転換が出来る場所に案内出来るぜ?」
腰に手を添えて一番いやらしいのに不思議と下品とは思わせない触り方をするカイン。
「馬鹿を言え、彼女は真面目な模範生徒だ。これまで一度も遅刻や無断欠席などした試しがない」
昨日まで悪女の代表格みたいな扱いしてた女にいきなり正統評価ぶつけるシグマ。
「ふふっ、それはいいことだけど、具合が悪いなら無理をしないで僕に言ってね?何時でも医務室まで送って行くし、帰るならローエンタール家までしっかりエスコートするから」
一番柔らかい物腰なのに一番グイグイ来てる気がするロロット。
ぜんぶむり。
白目を剥きそうになりながらふらふらとリゼットは教室に入って行った。
名残惜しそうにしながらもリゼットが席に着くのを見守ってからそれぞれの教室に向かう3人……"3人"?
スッ、と音もなく隣に人影が差す。
シグマが座っていた。
「ロロットではないが、体調が悪ければ言え。医務室まで送る」
同じクラスだった。但し今まで隣になんて座ったことはなかったが。
リゼットの方を見ずに一限目の教科の確認をしながら、シグマは一見無表情のままでリゼットの隣を陣取っていた。ちなみに一番後ろの隅っこに座ったので逆隣は窓。つまりリゼットの隣はどう頑張ってもシグマオンリー。
なんでだ。
今度こそリゼットは白目を剥いた。
ちなみに前回リゼットを差し置いて国を出奔したヒロインミランダだったが、朝のHRでは「彼女は一身上の都合により転校して」の一言でサラッと流された。誰も疑問にすら思わなかった。昨日まで学園どころか、世界の中心に居たヒロインだったのに。
そんな感じでリゼットの学園生活は、アッサリと"普通"に切り替わったのだった。
ただ一つ、4人分の異常な好感度と引き換えにして。
そして当然に、昼休憩の時間すらリゼットの思うようにはならなかった。
「やぁリゼット、一緒に昼食はいかがかな?」
一人で学食に向かおうとしたリゼットを、教室の入り口でアステルが捕まえた。
「いつも学食で食べてるよね。僕も一緒にいい?」
しれっとロロットも合流した。
「腹減った、ガッツリ肉がいいぜ肉が」
当たり前のようにカインもいた。
「入り口を塞ぐな、邪魔になる」
そして最後にシグマが背後の逃げ道を塞いだ。
リゼットは囲まれた!逃げられない!
どうする?
・たたかう
・どうぐ
・にげる◀|
なんてゲーム画面のカーソルすら思い浮かべる余裕もなかった。
それから学食に辿り着いても、朝の登校風景と同じく誰もヒソヒソはしても助けてはくれなかった。リゼットが何かした説があんまり出ない事がせめてもの不幸中の幸いだろうか、という程度でしかない。
本日のBセット、白身魚のムニエルを上品に食べながらリゼットは頭の中で今朝ミランダに言われたことを反芻する。
好感度のバグ。ミランダが世界の根幹を弄ったが為に起きたらしい、攻略対象者たちの好感度システムへの影響。ミランダの言葉を信じるのであれば、この状況は間違いなくその結果であるのだろう。昨日まで仇敵扱いしていた彼らが残らず自分に好意を向けている。今だってホラ、リゼットを包囲してテーブルを囲んでいる。
「リゼット、ほら、このパン好きだっただろう?あーん」
やたら熱の籠もったキラキラオーラで一口サイズに千切った白パンをリゼットの口元に運ぶアステル。何故知っているのか。
「少し血色が良くなってきたな。やはり朝食が足りていなかったのでは」
無表情で淡々としながらもリゼットの体調を気遣うシグマ。当たり前のようにリゼットにオレンジジュースを差し出してくる。
「このサラダ、いつもよく食べてるよね。好き嫌いなく食べられるって素敵なことだなぁ、健康な証拠だもの」
もはや観点がお母さんというか栄養士じみてるロロット。何もしないが柔らかな笑みに熱を含んでリゼットを見ている。
「ああ、だからあんなに動けんだろうな。魔獣だトラップだ即座に対応出来るからにはやっぱそれなりの身体でねーとな」
野性的かつギリギリ品性を損なわない手つきで肉を次々頬張るカイン。今までスルーしてきたクセに明らかにリゼットを"異性"として意識している。
今までひっそり一人で昼食を摂っていたリゼットにとっては考えられない昼食風景だった。無心で黙々とナイフとフォークを動かしているが、どれか一つでも下手にリアクションしようものならば怒涛のレスが発生しそうで「ええ」とか「はぁ」とか曖昧な答えしか返せない。もう疲れた。白身魚のムニエルは美味しいが、それを味わって食べられるほどの精神的余裕は全くなかった。
そんな時だ。
学食の入り口から、ツカツカと近付いてくる影があった。
「ごめんあそばし!」
いかにもなお嬢様言葉で登場したのは、金髪縦ロールに気の強そうな瞳をしたいかにもな取り巻きを二人ほど引き連れたいかにもな貴族令嬢だった。
いかにもな彼女は第一王子だの侯爵家嫡男だのといった肩書きに臆することなく、キッ!とリゼットとそれを囲む4人を見下ろす。
「今朝から見ておりましたが、一体何ですのこの騒ぎは!第一王子殿下ともあろうお方が、有力貴族の子息を引き連れてあの悪名高きリゼット・ローエンタールを囲うような真似など!」
おお!
リゼットの死んだ目がこの日初めて輝いた。
"悪名高き"はもう今更なので何とも思わないが、今日初めてまともな言葉を聞いた気がする!
そうだそうだもっと言ってやってくれ!
「聞けば登校の馬車まで共にし、何ならローエンタール家の屋敷まで迎えに行ったとか。この国の第一王子殿下という立場のあるお方が、そのような軽率な真似をされて……!おかしな噂が立ったらどうなさいますの!」
めちゃくちゃまともなこと言ってる!見た目と言い方はアレだけど、この人真っ当な貴族令嬢だ!リゼットが嫌いとかリゼットに嫉妬してとかじゃなくて、一臣下としてまともな忠言を代表して声にしてる系の人だ!悪役令嬢モノに出て来たら誤解でそういうイメージ持たれる系の人だ!
リゼットは内心でめちゃめちゃエールを送った。名も知らぬいかにも縦ロール令嬢に全力でやれやれもっとやれと期待の眼差しを向けた。
しかし。
「軽率……か。なるほど、それは確かにね」
アステルは反論することもなく、金髪縦ロール令嬢の言葉を受け入れた。
「まだ彼女には求婚の一つもしていないからね。それなのにいきなり先触れもなく屋敷に押し掛けるのは、立場を軽んじたと言われても返す言葉が見当たらないよ」
ん?
スッ、と持っていたフォークを静かに置き、アステルは朝日のように輝くプラチナブロンドの下から真剣な瞳をリゼットに向けた。
「まずは距離を縮めてからと思っていたけど、仕方ない。リゼット。僕は君に求婚するつもりでいるよ」
ん?????????
流れ変わったどころの話ではない。いきなり激流が押し寄せた。
リゼットの手をそっと握り締め、アステルは透き通るような青い瞳に確かな熱を焚べて真っ直ぐに彼女を射抜く。
当のリゼットは背中に宇宙を展開したし、堂々と意見を述べた筈の金髪縦ロール令嬢は取り巻き二人と共にはくはくと唇を震わせて呼吸を忘れた。
「だからこれからも君の家の屋敷にお邪魔するし、登下校も昼も一緒に居るよ。それなら構わないよねぇ?」
有無を言わさぬ笑顔でアステルは金髪縦ロール令嬢を見上げた。
「でっ殿下……!相手はあのリゼット・ローエンタールですのよ!?気は確かですか!?」
「勿論正気さ。彼女は名門ローエンタール侯爵家令嬢で、学問実技武術に秀で領地経営にも既に携わっている。確かな功績も上っているし何より聡明で優秀だ。何か問題があるのかな?」
ゴリゴリのゴリ押しだ。それらは全てリゼットが自分の破滅フラグをどうにかすべく奮闘した結果であって、決して国に貢献しようとして身に付けた訳ではない。
が、悲しいことに、アステルの言うように結果は出ている。めちゃくちゃアステルに都合の良い方向で。
ド正論で返された金髪縦ロール令嬢はそれ以上言い返せなくなったらしく、頬を引き攣らせて「……ええ……、それは……、よろしゅうございますわね……」とか何とか言ってそれではご機嫌ようと去って行った。
オイ!!!!ご機嫌ようじゃねぇんだよ!!!!それでも由緒正しき金髪縦ロール令嬢の末裔かっ!!!!もっとリゼット悪女説を熱く推していけよッ!!!!
と、リゼットは去って行く金髪縦ロールに内心で猛ツッコミを入れたが、悲しいことにここに来て今まで頑張ってきた事実が自分に対して牙を剥き始めた。どれだけリゼット悪女説を並べても、事実としてリゼットが一つでも手を下した悪行はどこにもなく、代わりに成し遂げた功績はごまんとある。巷では好き勝手悪女だ悪役令嬢だと囁かれて来たが、公的文書として正式に記されたリゼットの罪業は欠片も存在しないのである。
つまり。
第一王子アステルとの婚姻を妨げるものは、根も葉もない悪女説の噂(それもかなり下火)しかないのであった。何故だ。
そして。それだけではない。
ここは学食。そしてリゼットの周囲には、他に3人の攻略対象者が顔を突き合わせている。
「ほう……」
「ふーん……」
「なるほどなぁ……?」
目の前で堂々と第一王子に求婚予告をされた獲物を。残り3匹の肉食獣たちが、見逃す筈がなかったのである。
ギ、ギ、ギ。
錆びたブリキのように振り返ったリゼットは、自分の手を握っている王子以外の全員が自分に似たような執着の目を向けていることに気付いてしまった。
「予定。予定なぁ?だったらまだ正式に求婚してねーし、正式に受理された訳でもねぇもんなぁ?つまり俺にもまだチャンスはあるってことだよなぁ?」
ギラリ、と文字通りの飢えた獣のような目をしたカインと。
「第一王子がライバルだなんて大変だなぁ。でも、負けたくないしね?」
軽い物言いだが一歩も引かない姿勢で小首を傾げるロロットと。
「確定していないのであれば……あとは個人の自由だな」
無表情ながらも狩人の目でリゼットを射抜くシグマ。
曖昧なままでいた筈の4人の立ち位置が、明確にリゼットを巡る対抗馬として確定された瞬間だった。
「───なんでだよっ!!!!!!!!」
この日初めて発せられた「ええ」「はぁ」「まぁ」以外のリゼット渾身の魂の叫びは、ざわめく学食を劈いて学園中に響き渡ったとか渡らなかったとか。




