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プロローグ‐世界の修正‐




《───して、娘よ。我が膝元まで出向いたその褒美に、何でも一つ願いを叶えてやろう》


「─────」




 その声は人ではなかった。

 荘厳なる存在感と、生命の根幹を震わせるような声。

 その圧倒的な圧力めいた重厚なオーラに気圧されることもなく、跪いた少女は、ゆっくりと強い瞳を開いた。
















 『世界の果てまで祝福を!』

 ヒロインであるプレイヤーが剣と魔法の世界であるサーファス王国を舞台に試練あり事件あり恋愛ありの学園生活を生き抜くコテコテの中世ヨーロッパモチーフファンタジーワールド乙女ゲームである。

 プレイヤーはヒロイン、デフォルト名『ミランダ』となって学園生活を謳歌しながら攻略対象たちと仲を深めていく。

 そしてそんな攻略対象たちとのキャッキャウフフに欠かせないのが悪役令嬢、リゼット・ローエンタールによる数多くの妨害という名のスパイスである。彼女からの日々の嫌がらせ、いじめ、暗殺未遂などを潜り抜けてヒロインミランダと攻略対象たちは絆を深めていく───


 ───という、ゲームの悪役令嬢リゼットを主人公とした悪役令嬢モノの話があった。主人公はその乙女ゲームをプレイしていた働き詰めの社畜オタクで、過労死して目覚めた先が悪役令嬢リゼットの身体だった。

 そんな彼女は自身に振りかかる数々の死亡フラグや破滅フラグや、同じく転生をした邪悪ヒロインを次々真正面から打ち破っていく。そんな痛快フラグブチ折り物語が『そのフラグ、折らせて頂きますわ!』だ。コミカライズもした。アニメ化もした。そこそこの人気作である。




 そしてそんな王道悪役令嬢モノを原作ウェブ小説から出版された文庫本やコミカライズやアニメ全てに至るまで網羅していたのがこちら。悪役令嬢に転生予定だった社畜オタクの代わりに悪女リゼットに転生した『その折り!』古参読者の現代日本人オタク平川いのりである。前フリとてもややこしい。


 つまり、まとめるとこういうことだ。

 乙女ゲームを舞台にした転生悪役令嬢モノの小説があった→その小説ではとある社畜オタクが悪役令嬢リゼットに転生していた→しかしある日目覚めたら読者である自分が社畜オタクの代わりに悪役令嬢リゼットになっていた。おわかり頂けただろうか。ここからが本題である。


 そんな彼女、平川いのりinリゼットは状況に混乱しつつも自分なりに悪役令嬢リゼットに振りかかる数々のフラグに立ち向かった。いじめなんかしなかったし、嫌がらせの指示もしなかった。暗殺なんて以ての外だし、度々起こる事件や不測の事態は悪役令嬢特有の高スペックで華麗に解決していった。


 しかし、誰もいのりinリゼットを評価しなかった。原作小説のようにはいかなかったのだ。


 ある時はヒロインミランダの頭上に何故か落ちてきた植木鉢をスマッシュ蹴りで華麗に粉砕した。その場では「何故悪役令嬢リゼットが……?」「ミランダ嬢を助けたのか?」とざわついた。

 しかし10分もしないうちに「あの植木鉢はリゼットが落とした」「それをミランダが華麗に蹴って回避した」と認識がすり変わっていたのである。悪意ある改変か?いや、実際目撃した筈の者たちも何の疑いもなくそう記憶していたのだ。


 またある時は、とあるモブ生徒が特待生であるミランダを妬んで呪いのアイテムをぶつけに来た。対象の魔力を強制的に暴発させるという悪質極まりない呪いのアイテムが発動する前に、リゼットが間一髪それを自前の魔力で編み上げた鞭で絡め取って鎮圧したのだ。強制魔力キャンセルという荒業を使ってそのアイテムを無力化したリゼットだったが、モブ生徒がミランダにそのアイテムを使おうとした場面を複数の人間が目撃したのにも関わらず、全員の認識が「呪いのアイテムを持ち込んだのはリゼット」「モブ生徒を唆してミランダを襲わせた」「ミランダがそれを発動前に無力化した」という風にまたもや認識がすり変わっていた。


 またまたある時は課外実習中に何故か襲って来た魔物の群れの大半をリゼットが撃退した。この時ばかりは一人で対応し切れずヒロインミランダや攻略対象らと共同戦線を張ったのだが、魔物討伐の最大功労者である筈のリゼットは何故か魔物をけしかけた黒幕ということになっていた。共同戦線を張っていた最中の攻略対象らは「何故あの悪女リゼットが……」「強い」「今までの悪評はもしや」と認識を改めかけていたのに、終わってみたら全て丸ごとなかったことになっていた。




 そんなことを繰り返して、ついに、いのりinリゼットは。




「あーーーーーもーーーーーやってらんねーーーーーまじクソうっぜーーーーーーーーーーー」


 すっかりやさぐれていた。

 もうフラグを折る気力もない。抗う心も失せていた。自宅であるローエンタール侯爵家の自室のふかふかのベッドで仰向けになってだらんと寝転ぶくらいにはやる気が地に落ちていた。


 原作小説の時はこうではなかった。社畜オタクinリゼットは普通に悪評を改め普通に実績を積み上げ普通に真っ正面からフラグを粉砕していた。こんなにもやる事なす事が全てまるっと空回るようなことはなかった筈だ。

 では何故、こうなるのか。始めはヒロインミランダを疑っていたいのりinリゼットであったが、どうやらその可能性も低そうだった。彼女が関わっていない場面でも相変わらず認識はすり変わっていたし、そもそもリゼットの功績全てがミランダのものとすり変わった瞬間は彼女も「アレ?」という顔をしていたのだ。植木鉢が落ちて来た時は首を傾げて訂正しようとしていたし、呪いのアイテムの時も「違う」と口を開こうとして詰め掛けた生徒や教師たちに壁を作られリゼットから守られていたし、魔物の襲撃の時に至っては共同戦線の際に最もリゼットと背中を預け合って自身も戦闘に集中していた。


 なので、いのりinリゼットは考えた。もしやあのミランダは、転生悪女がinしていないタイプのミランダなのでは、と。

 そしてこう仮説を立てた。

 悪女でない正統ヒロインである彼女がいる限り、この世界は彼女を主役にする為に回り続けるのではないか、と。

 つまりどれだけ正攻法で頑張ろうと、世界がヒロインの味方をしているうちはどう頑張ってもリゼットの努力は実らないのだ。リゼットは悪役令嬢で、ヒロインと攻略対象たちの敵で、立ち塞がるべきラスボスでなくてはならないのだから。


 つまり敵は、ヒロインでも攻略対象たちでもなく世界そのもの。そうあれかしと定められた世界のシステムその根幹なのだ。


 無理じゃね?無理ゲーじゃね?

 この仮説が当たっているとしたらリゼットに出来ることなどもうない。世界は悪役令嬢を悪役たらしめる為だけに働きかける。頑張るだけ無駄なのだ。


「あーーーもーーーバックレてーーーーー。そうだ、出奔しよう」


 そうだ、京都行こうみたいに言うな。

 だが実際ミランダの気持ちはもう大分折れている。ここで頑張り続けるよりも逃げた方が大分建設的まである。実際逃げられるかどうかは保証がないが。


 どこに逃げよう。とりあえずは隣国かな。関所を通らずとも悪役令嬢リゼットの高スペックを以ってすれば国境の森だの崖だの岩場だのを通って普通に不法入国出来る。悪役フラグに打ち勝つ以外は何でも出来る、それがこの世界の悪役令嬢リゼット・ローエンタールであった。

 フラグを折る為にと散々学んだこと全てが意味を成さないとわかってしまってからは抗う気力も何もない。どこか遠いところへ行ってのんびり過ごすか、人知れず野垂れ死ぬのもいい。もはやリゼットは生きることにさえ気力を割けなくなっていた。


 どうせだから最期くらい行きたい場所に行って死のう、と悪役令嬢スペックをフル稼働して脳内世界地図を開いた、その時だった。


 コン、コン、コン。


 誰かがリゼットの自室の窓をノックした。ちなみに3階である。梯子で登りでもしなければノックなんか出来ない。

 とうとう攻略対象の王子あたりが暗殺者を仕向けて来たか、と雑に考えながらリゼットは窓に目をやった。


 ミランダがいた。浮いていた。


「………………」


「………………?」


「…………………………………………………!?」


 三度見してようやくリゼットはガバッ!!と起き上がった。ほとんど心が折れてボーッとしていた頭がその光景を受け入れるのに時間が掛かったのだ。

 慌てて窓に駆け寄って鍵を開けると、にこやかに笑って手を振っていたミランダは……その……箒に跨っていた。

 もう一度言う、箒に跨ってミランダは宙に浮いていた。どこの魔女っ子だ。少なくともリゼットの知る限りこの世界にそんな設定は存在しない。


「やっほ〜☆おっつ〜〜〜☆」


 そしてミランダのノリも軽かった。その箒の浮きっぷりと同じくらい軽かった。


「なんっ……なんっ……なんっ……どーやって出来るのソレ!?」


 そしてこの状況下でまずその質問が飛び出てくるくらいにはリゼットもまだ頭が正常ではなかった。いや精神の方かも知れない。


「まぁこの箒の件は置いといて、」


 両手で置いておくジェスチャーをするミランダ。というかよく見たら、ミランダの容姿が少しだけ変わっている。

 ヒロインミランダの髪色は桃色だった。鮮やかな桃色の髪に新緑の瞳というこの界隈あるあるなヒロインカラーをしていた筈のミランダの髪が、今は焦げ茶色に染まっている。それはそれでよく似合うのはヒロインクオリティなのか。


「朝早くからごめんね?ちょっと報告と、謝りたいことがあって」


 口調にも違和感がある。今まで学園で接していたミランダはもう少し丁寧で優しい話し方をしていた。それが今は砕けて完全なる素を覗かせている。


「私、この国バックレるから」


 そしてサラッと凄いこと言った。今の今まで出奔することを考えていたリゼットが言えたことではないが、この世界の中心たるヒロインミランダが国を出るとはこれいかに。

 驚いて端正な悪役令嬢顔をほとんど顔芸レベルまで崩壊させるリゼットに、ミランダは更にとんでもないことを宣言した。


「それでね、えーっと……国を出るに当たって、ちょーっとこの世界のシステムをちょちょいとしちゃったんだけど。それでちょーっと加減を失敗しちゃって……ザックリ言うとね、攻略対象の人たちみんなの好感度をバグらせちゃった☆」


 ちゃった☆じゃない。


「え……?は……?システム……攻略対象……好感、度……!?」


 心が折れて精神が摩耗していたリゼットでもいくら何でも頭がフル回転してきた。

 その用語が出て来るということが意味するのは、つまり。


「アンタも結局転生者だったの!?」

「ピンポーン☆んでまぁ、ちょっとこの世界の回り方に思うところがあって、ちょちょいっとラストダンジョン的な場所に潜って来たんだけど」


 その軽すぎる言葉にリゼットは心当たりがあった。

 原作小説の社畜オタクinリゼットの記憶の一つに、メイン攻略対象である王子のルートの最終攻略関門としてかつてこの世界を統べていた神の御下なる場所があったのだ。具体的な場所こそは原作小説では出て来なかったが、確かその神なる存在を利用して悪役リゼットが世界を崩壊に導くという盛大にして壮大なやりすぎオチが用意されていた。

 そこに?本来ならば攻略対象者全てを戦力にしても足りないような大ボスのラストダンジョンに?ヒロイン単騎で?


「え、あの神様に会って来たの!?ていうかどうやって!場所は!?なんで生きてんの!?」

「それはまぁ長くなるので置いといて、」


 また置いとかれた。


「重要なのは、もう貴女が何をしても空回ることはないってこと。世界はヒロインと悪役を必要としなくなって、普通に回っていく。だからもう、安心して欲しいってことが言いたかったの」


 優しく微笑みかけてくるミランダに、リゼットは呆けた。

 もう、安心していい……?それは、どこまで、信用出来るのか。

 度重なる悪役補正で精神を擦り減らしていたリゼットには、俄に信じられなかった。

 だがしかし、次の瞬間には正気が戻った。


「まって。さっきアンタ、好感度がバグったって……!」


 そう、ある意味一番聞き捨てならないセリフだ。世界の基準が正常に戻ったところで、その好感度とやらがバグっていたら結局リゼットはどうなるのか。


「悪いようにはならないから頑張って☆」


 テヘペロされた。

 そしてテヘペロした焦げ茶髪のヒロインミランダはそのまま箒に乗ってぴゅーっと飛んで行った。


「じゃーーーねーーーーーっ☆」


 呆然としてリゼットはそれを見送った。箒に乗って彼方に消えた転生者ヒロイン。正常に戻ったらしい世界。バグったという攻略対象者たちの好感度。


「…………………………。」


 そしてリゼットは、考えるのを、やめた。


 コンコンコン。


 考えるのをやめても話の展開は待ってくれなかった。


「お嬢様、その、お客様がお見えになっております……」


 困惑した様子の侍女の声が扉越しに響く。


「お客様……?こんな朝早くに誰が?」

「それが、その……アステル第一王子殿下と、シグマ様、ロロット様、カイン様がお嬢様にどうしてもお会いしたいと……」

「……!?!?!?!?!?」


 そら来た。

 言わずもがな攻略対象者たちである。


 サーファス王国第一王子、アステル・ロウ・サーファス。金髪碧眼の王道を行くメインヒーロー系王子様で、いのりinリゼットの奮闘を愚かな悪足掻きと切り捨てていた。

 侯爵家嫡男、シグマ・ガルタス。濡烏のような黒髪に紫の瞳を持つ物静かな男で、王国の裏仕事も請け負う使命を負ったアステルの幼馴染み。いのりinリゼットの持つ戦闘能力を民や国を脅かす邪なものとして唾棄していた。

 宰相家三男坊ロロット・アクシアス。透き通るような黄緑の髪に美しい黄金色の瞳を持った癒し枠。高身長にすらりとした体躯は一見優男だが、こうと決めたら一切譲らない頑固な一面もある。度々起こりかける事件の芽を摘み取るいのりinリゼットを自作自演をする困った子と哀れんでいた。

 最後に王国騎士団団長子息、カイン・ベルベット。浅黒い肌に赤みがかった焦げ茶の髪、そして金色の瞳を持つ少し野性的な雰囲気のある女好き枠。女の子は基本みんな好きと言いつついのりinリゼットのことは徹底的にスルーしていた。


 つまりは全員、つい昨日までは天敵であった。何があってもリゼット=悪役令嬢の図式が揺るがなかった男たち。他のモブと違って発言力もあり、リゼットを冷たい目で見続け決して認めなかった不倶戴天の敵。いつかはヒロインミランダとともにリゼットを追い詰めに来るだろうと踏んでいた相手。何故いきなり来たのか。先ほどミランダの言っていた好感度バグと関係があるのか。


 元々今日から学園をバックレるつもりであったリゼットが慌てふためいていると、扉の向こうで侍女が息を呑んで「お、お待ちください……!」と叫ぶ声がして。


 バンッ!と扉が開いた。


 まだ着替えもしておらず、ミランダの去った窓を閉めた格好のまま固まっているリゼットの部屋に。

 4人の男たちが、乗り込んで来た。


「おはようリゼット……迎えに来たよ」


 蕩けるような熱量を込めた瞳と声と、表情を湛えた攻略対象4人が。

 ようやく悪役令嬢システムから解放されたかも知れないリゼット・ローエンタールを、口説き堕とす対象として定めて堂々と乗り込んで来たのである。

ドタバタラブコメディ風味で行きたいと思いますよろしくお願いします。

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