第三話 願いはかなった、けれど
ミリシャとオレアは、ルトワー王立学園・淑女科の一年生だ。
卒業後は貴族夫人になる者もいれば、侍女や上級メイド、家庭教師として他家へ仕える者もいる。
ミリシャは、ウェザレル伯爵家の次女で、貴族家への婚姻の予定はない。
そのため、卒業後は侍女か上級メイドとして働くつもりだった。
それに比べてオレアは、ポートル侯爵家の長女だ。
本来、高位貴族の子女は、学園入学までに婚約を結んでいることが多いのだが、オレアにはまだ婚約者はいないらしい。
そのことを、本人が気にしている様子はないけれど。
何か事情があるのだろうし、友達とはいえ、根掘り葉掘り聞けることでもない。
それに、オレアはどこか病弱な印象があった。
あくまでも、ミリシャの印象に過ぎないのだが。
気軽に触れていい話題でもないため、ミリシャはこのことについては触れなかった。
とはいえ、12月には社交シーズンが到来する。
ルトワー王立学園の一年生の多くは、開幕初日に王宮で行われる第一夜会で、デビューを飾るのが慣例となっている。
婚約者がいる子女は、この場が正式な婚約披露となる場合が多い。
そのため、オレアも第一夜会までには婚約者を作るのだろうと思っていた。
社交界デビューと同時に、婚約者をお披露目することができる第一夜会は、貴族令嬢のあこがれだった。
白いドレスを着て、婚約者から贈られたコサージュをつけ、婚約者からのエスコートで大広間へ入場し、王族の方々から寿ぎの言葉をいただく。
それは、ミリシャにとっても子供の頃からのあこがれだった。
いつの間にかそのシーンは、キリアンにエスコートされていた。
叶わぬ夢だけど。
そう思っていたのに、秋が深まった頃、ポートル家から婚約の打診が来た。
『ポートル家次男キリアンと、ご息女ミリシャ嬢との縁談をご検討願いたい。』
文面を見た時、ミリシャは気を失いそうになった。
ポートル家には、よくお邪魔している。
キリアンは優しいし、ミリシャのことを一人前の淑女として扱ってくれる。
ミリシャが、彼のことを素敵と思っていることも知っていて。
それからは、オレアとおしゃべりしていると、キリアンが顔を見せてくれることも増えた。
けれど。
彼から好意めいたものを示されたことはない。
物腰は柔らかいが、どこか一歩引いた雰囲気がある。
オレアからも、キリアンがミリシャに対して好意を抱いているというような話は聞いたことがない。
ならば、政略だろうか。
けれど。
ウェザレル家は伯爵位とはいえ、国政においてそこまでの重責は担っていない。
領地も、ポートルは国の北東にあり、ウェザレルは南、と地理的にも離れている。
ポートル家が、ウェザレル家との関係を婚姻によって結びたいと考える意図が分からなかった。
父であるウェザレル伯爵も同じように困惑していた。
「オレア嬢から、何か話は聞いてないのかい?」
聞いていない。
だから、ミリシャもびっくりしているのだ。
ウェザレル家の父と娘は、執務室にあるローテーブルに置かれたポートル家からの書状を、眉尻を下げながら見つめることしかできなかった。
翌日、ミリシャはオレアに書状のことを聞いてみた。
「ねぇオレア。昨日ポートル家から書状が来たの。」
「え!?」
「その…。キリアン様と私との婚約の打診で…」
「え!?」
オレアの顔がすっと青ざめた。
「突然のことだったから。オレアが何か聞いていないかと思って」
そう言いつつも、オレアの表情を見れば、何も聞いていなかったことは一目でわかった。
オレアとミリシャは仲がいい。
仲の良い友達との婚約話なら、娘にも一言くらい話していてもよさそうなのに。
やっぱり、何かの間違いだったのではないか。
ミリシャがそう考えていると。
「もしかしたら…」
オレアがポツリと呟いた。
「もしかしたら…私が、ミリシャだったらキリアンお兄様のお嫁さんになってもいいなって言ったからかも…」
オレアの視線は、ミリシャを見ていない。
俯いて、白い手袋をはめた自分の指先を見ている。
左の人差し指の指先を、右手の親指で何度もこすりながら。
その表情は、どこか不安そうにも見える。
たったそれだけの理由で、家同士の結びつきにもかかわる婚姻という契約を打診するだろうか。
そういえば。
ミリシャは、今更ながらに気づく。
オレアだけではない。
キリアンもまた、これまで婚約者がいなかった、ということに。




