第二十九話 もう一度縁を
「全部、私の考えが甘く、さらに焦りすぎた。そのせいなのです」
すべてを自分の責任だと考えているキリアンが、痛ましかった。
違うでしょう、と言いたいのに。
聞いた話があまりにも重すぎて、ミリシャはうまく言葉を返せなかった。
こんな大きなものを抱えている人に、自分は「昨日を返して」となじった。
彼の事情を、あの時は知らなかった。
だけど、知った今。
あの言葉のひどさが、ずしりと胸にのしかかってくる。
謝らなければ。
そう思い、ミリシャは口を開きかけた。
けれど、キリアンの話はまだ続くようだった。
「婚約してすぐ、私は領地に戻ったでしょう?
父とは婚約のことを手紙でしかやり取りできていなかったので、きちんと自分の口で報告したかった。それが一番の理由でした。
ですが、オレアの婚約者選定がどうなっているのか、確かめたいという思いもありました。
オレアのことも、きちんと先へ進んでいる。その実感が欲しかったのです。
だけど……」
キリアンは一度、言葉を切った。
「今となっては、ですけど。
あの時間を、あなたと過ごせばよかった。
こんなことになるのなら――」
キリアンの目に涙が浮かび、それを隠すように彼は俯いた。
そう言ってくれたことは、嬉しかった。
だけど、とも思う。
もしキリアンが王都を離れず、ミリシャとの時間を作ろうとしてくれていたとしても。
きっとオレアが邪魔をしただろう。
本人には、邪魔をしているという自覚もないまま。
そしてキリアンは、そのことさえ自分のせいだと責めたのだろう。
オレアがキリアンへの想いを自分の意志で手放し、ルテル家嫡子としての自覚を持ち、領地を共に治める人との未来を本気で望まない限り、どうすることもできない。
ミリシャにも。
キリアンにも。
自分の人生の一部を、誰かの手に握られている。
そう考えただけでも、ひどく気持ちが悪かった。
けれど、キリアンが感じている不快感は、そんなものではないのだろう。
力になりたい。
そう思うのに、何をすればいいのかまったく分からない。
ミリシャがそう考えていると、キリアンが顔を上げた。
その目が、涙ではない何かで光っているように見えて、ミリシャは少し不安になった。
「未練がましいと分かっています。
だけど。
オレアのことにきちんと片を付け、祖母も口出しできないようにすることができたら。
もう一度、私との縁を結んでくれませんか?」
そうなれば、嬉しいと思う。
だけど――。
「それは、可能なことなのでしょうか?」
ミリシャからすると、それはとても大変なことのように思えた。
「オレアの婚約者については、考えていることがあります。
祖母については、正直、まだ具体的にどうすればいいのか分かっていません。
ただ――」
キリアンはそこで一度、唇をきゅっと噛みしめた。
その口元に手をやり、頬を掴む。
言うかどうか、迷っているのだろう。
ミリシャはじっと待った。
まだ迷いの中にあるのなら、無理に言葉にしなくてもいいと思ったから。
ふと、紅茶を飲みたくなった。
冷めているのは分かっていたけれど、口の中が渇いていた。
ずっと話していたのはキリアンなのに、それを聞いていたミリシャの口まで渇いている。
誰かの人生が、別の誰かに支配されているという話は、とても重い。
その話を、支配されている本人から聞くことは、聞く側にも重くのしかかってくる。
支配されている人が、好きな人ならなおさら。
その重たさが、体の中から水分を奪っていくような感覚があった。
ミリシャは冷めた紅茶を一口飲み、カップをテーブルへ戻した。
それとほぼ同時に、キリアンの口元を覆っていた手も膝へと戻る。
その手は、軽く拳に握られていた。
「自分がポートルを出ることも考えています」
先ほど、どこか危うげに見えた瞳の光は、今は決意の表れに見えた。
その光を宿したまま、キリアンはまっすぐにミリシャを見据えていた。




