第二十三話 友達だったのなら
ミリシャは、空いた教室でオレアと向き合いながら、彼女の出自を知った日のことを思い出していた。
結局、父には何も尋ねなかった。
それ以上詳しい事情を知ったところで、自分に受け止められる自信がなかったからだ。
この頃にはもう、
『オレアは、本当に友達だったのだろうか』
という疑問が、ミリシャの中に芽生えていた。
だけど。
少なくとも、キリアンとの婚約が決まるまでは、友達だったと思っている。
だったら。
それまでの間に、一度くらい打ち明けてもいいと思うことはなかったのだろうか。
目の前のオレアは俯き、胸の前で組んだ手を固く握り締め、肩を丸めている。
まるで、自分が責められている被害者であるかのように。
オレアにとって、私は友達だったのだろうか。
今さらとは思いながらも、そのことが気になった。
「なぜ、そのことを私に教えてくれなかったの?」
問いかけると、オレアの肩がぴくりと震えた。
組み合わせた手にさらに力が入り、指先が白くなる。
しばらく、返事はなかった。
ミリシャは急かさず、静かに待つ。
教室の外から聞こえてくる話し声や足音に耳を遊ばせながら。
先に折れたのは、オレアだった。
「私が、本当は男爵家の娘だって知ったら……仲良くしてもらえないと思って」
やっと絞り出したような声だった。
唇はほとんど動かず、言葉だけが口元で震えている。
その答えを聞いて、ミリシャは悲しくなった。
その程度のこと。
爵位の違いだけで態度を変えるような人間だと思われていたのだ、と知って。
「オレアは、私のことを友達だとは思っていなかったのね」
悲しさが、そのまま言葉になってこぼれた。
言うつもりはなかった。
けれど、一度こぼれた言葉は戻らない。
それは、自分の耳からもう一度入り込み、ミリシャ自身の胸を傷つけた。
だけど同時に、どこか納得もしていた。
「ひどいわ、ミリシャ。どうしてそんなひどいことを言うの!?」
今までとは打って変わって、オレアは大きな声で否定した。
心外だと言わんばかりに。
けれど、そのどこか大げさな反応が、かえってミリシャを冷静にした。
ひどいのは、どちらだろう。
出自を話さなかったことは、もういい。
話しにくい事情だったのだろうと思える。
だけど。
キリアンがミリシャへ贈ったコサージュと同じものを祖母に用意してもらい、デビュタントドレスに飾ったこと。
そのことでキリアンに叱られ、落ち込んだオレアを、結局キリアンが慰めに行くことになったこと。
その結果、ミリシャは一人取り残され、一生に一度しかないデビュタントダンスを踊れなかったこと。
そして今度は、婚約を解消してほしいと言い出した。
婚約して、まだ二か月ほどだというのに。
そんな短期間で婚約が解消されれば、人は面白おかしく噂するだろう。
ミリシャは、「瑕疵のある令嬢」として笑われるかもしれない。
そういうことを、オレアは一度でも考えたことがあったのだろうか。
自分の気持ちだけが大切。
自分の恋心だけを守ろうとしている。
そんな振る舞いの、どこに友情があるというのだろう。
ミリシャは、小さくため息をついた。
オレアの思う友情は、自分の思う友情とは違う。
だから。
もう、友達とは思えなかった。
それに。
オレアの気持ちを優先するあまり、ミリシャに対して誠実さを欠いたポートル家にも、もう疲れてしまった。
だから――
「婚約解消の提案は、お受けするわ」
ミリシャは、静かにそう告げた。




