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【本編完結】あの日の続きを【番外編連載予定】  作者: くぎのりクロボ


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第十八話 昨日を返して

部屋に朝食が運ばれてきた。


いつもより少なめだったが、ミリシャの好物ばかりが並んでいる。


マフィンにはたっぷりのジャム。


小さなオムレツには、薄切りのローストビーフが添えられていた。


飲み物は、ミルクをたっぷり入れたココア。


食欲なんてないと思っていた。


それなのに、温かな香りを吸い込んだ途端、お腹がくぅと鳴った。


昨日は夜会へ向かう前に軽く口にしただけだった。


空腹なのは当然だ。


温かいものを身体へ取り込む。


そのぬくもりが胃へ落ちていくたび、また涙が浮かんだ。


慌てて瞬きを繰り返す。


食べ進めるうちに、身体のこわばりが少しずつほどけていった。


心も、このくらい単純ならいいのに。


そう思った。


きっと、この朝食は母が昨夜、料理長へ頼んで用意させてくれたのだろう。


ミリシャを元気づけるために。


その気持ちは嬉しい。


愛されているとも思う。


なのに。


昨日のことを思い出すと、悔しさも、悲しさも、失望も、それ以上の勢いで押し寄せてくる。


こんな感情なんて、いらない。


思い出して苦しくなったところで、昨日は戻らない。


だったら、もう手放してしまいたい。


今は。


母の愛情だけを感じていたかった。


食べ物を噛むたび。


飲み込むたび。


嫌な感情まで一緒に噛み砕き、そのまま飲み込むような気持ちで口へ運ぶ。


そうしているうちに。


全部は食べられないと思っていた朝食を、いつの間にか平らげていた。


食器を下げに行ったメイドが、銀盆へ一通の手紙を載せて戻ってきた。


キリアンからだった。


昨日の詫びと、今日訪問したいという内容だった。


会いたくない。


少なくとも、今はまだ。


けれど、このままずっと会わないわけにもいかない。


だったら。


今日のうちに会ってしまった方がいいのかもしれない。


父からのメモも添えられていた。


『会いたくないのなら無理に会わなくてもよい。だが、会うのなら私も同席する』


父がそう言うのなら、その方が心強い。


『会います』


そう返事を書き、メイドへ託した。


返事を届けに下がったメイドは、戻ってきた時には再び冷温パックを持っていた。


「しっかりお肌を整えましょう」


起きたばかりの頃よりは腫れも引いている。


それでも、まだ泣き腫らした顔だった。


この顔で人前へ出れば、きっと気持ちまで弱くなる。


今は、弱くなりたくない。


貴族令嬢としての矜持を胸に立ちたい。


肌を整えることが、その支えになるのなら。


「お願い」


その一言には、朝より少しだけ強さが戻っていた。



◇◇◇


昼過ぎ、キリアンの来訪が告げられた。


応接室へ入ると、父がすでに席についていた。


キリアンはミリシャの姿を見るなり立ち上がり、深く頭を下げる。


「昨日は、本当にすまなかった」


謝罪を聞いた瞬間。


昨日の悔しさが、一気によみがえった。


悔しさは、涙を連れてくる。


泣きたくない。


この場では、絶対に。


唇を強く結ぶ。


息さえ漏れないほど力を込めた。


言葉は出てこなかった。


「とりあえず、二人とも座りなさい」


父――ウェザレル伯爵が静かに促す。


ミリシャは従った。


その姿を見届けてから、キリアンも腰を下ろす。


座る前に、もう一度深く頭を下げた。


俯きがちで表情はよく見えない。


それでも、青ざめた顔色と固く結ばれた口元から、本気で後悔していることだけは伝わってきた。


それを見ても。


ミリシャの心は動かなかった。


「この度は、本当に申し訳ありませんでした」


さらに改まった口調で謝罪する。


右手でスカートをぎゅっと握りしめた。


布がしわになることなど、どうでもよかった。


今は、感情があふれ出さないよう押さえ込む方がずっと大事だった。


やはり言葉は出ない。


本当なら。


『謝罪を受け取ります』


そう返すつもりだった。


ここへ来るまで何度も、その場面を思い浮かべた。


謝られたら。


そう返そうと決めていた。


だけど。


言えない。


キリアンはもう一度口を開く。


「本当に申し訳なかった。償いは、どんなことでも――」


その言葉を聞いた瞬間だった。


何かが切れた。


必死に押さえ込んでいた感情が。


理性を振り切って、あふれ出した。


「だったら……!」


ミリシャはキリアンを睨みつけた。


「私の昨日を返してよ!」


悲鳴にも似た本心が。


静かな応接室へ響き渡った。

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