第十七話 目に見えないもの
部屋へ戻ると、ドレスを脱いだ。
ティアラを外し、髪をほどく。
コルセットも外し、ネグリジェへ着替えた。
お湯を持ってきてもらい、顔を洗う。
ミリシャを縛りつけていたものが、一つ、また一つと剝がれていく。
すると、心までむき出しになった。
ぽろぽろ。
ぽろぽろ。
涙がこぼれた。
どうしても止められなかった。
ぽろぽろ。
ぽろぽろ。
ただ泣いた。
母が様子を見に来て、そばにいてくれた。
それでも涙は止まらなかった。
ぽろぽろ。
ぽろぽろ。
泣き続けて。
いつの間にか眠っていた。
目が覚めた時には、すでに日が高く昇っていた。
頭が痛い。
喉が渇く。
まぶたも熱を持ち、重たかった。
ミリシャが起きたことに気づいたメイドが、顔を洗うためのお湯と水差しを持ってきてくれる。
水を飲くと、喉がひりついた。
あんなに泣いたのは初めてだった。
体中の水分が、すべて涙になってしまったような気がする。
新しい水が身体へ入ってくる。
それを身体が喜んでいるのが分かった。
なのに。
その水まで、また涙になって流れ出ようとする。
もう泣きたくなかった。
泣いて。
泣いて。
泣いて。
体中の水分がなくなって。
それで昨日という日が巻き戻るなら、いくらでも泣く。
だけど。
昨日は戻らない。
戻らないどころか。
「最悪な一日だった」という記憶だけが、心へこびりついている。
巻き戻らないのなら。
せめて、記憶を失えたら。
そのための涙なら、いくらでも流すだろう。
けれど。
記憶は鮮明なまま、昨日の出来事の中へミリシャを引き戻す。
現実を見る方が、まだましだった。
そう思い、手鏡を借りる。
思った通り。
まぶたは赤く腫れ上がっていた。
この顔で食堂へ行くわけにはいかない。
そもそも食欲もなかった。
メイドへ頼み、食堂へは下りないことを伝えてもらう。
戻ってきたメイドは、特製のパックを持っていた。
着替える気力もなくベッドへ横になっていると、目元へ冷たい布がそっと置かれる。
すっとした香りが鼻をくすぐる。
布がぬるくなる頃には、今度は温かな布へ替えられた。
こちらは甘い香りがした。
冷たさと温かさを何度も繰り返してもらううちに、頭の中も少しずつ晴れていく。
「着替えるわ」
そう言うと、メイドはほっとしたように微笑んだ。
「かしこまりました」
ベッドを降り、大きな鏡の前へ立つ。
何着か用意されたドレスの中から、一番締め付けの少ないものを選んだ。
いつも着ているドレス。
髪を梳いてもらい、両脇の髪を後ろで結んでもらう。
見慣れた髪型。
デビュー前と何も変わらない。
そう見える。
だけど。
目には見えないものが、たくさん変わってしまった。
オレアとの友情。
キリアンへの恋心。
消えてしまったわけではない。
けれど。
もう以前と同じものではない。
形を変えてしまったそれらは。
これからのミリシャを、どこへ連れて行くのだろう。
その答えは、まだミリシャにも分からなかった。




