第十三話 お揃い
「どういうことだ」
キリアンはもう一度問う。
先ほどよりもさらに低く、鋭い声だった。
けれど、オレアは気づいていないようだった。
「素敵よね、これ」
左手でコサージュに触れ、嬉しそうに目を細める。
繊細なつくりだった。
透けるほど薄い生地を幾重にも重ねた花びらは、中心ほど深い濃紺で、外へ向かうにつれて淡く軽やかになっていく。
なのに今は。
オレアの胸元では、黒い穴のように見えた。
あの穴を覗き込んだら、何が見えるのだろう。
オレアからも、ミリシャの胸元には穴が開いて見えているのだろうか。
もしそうなら。
その奥には何が潜んでいるのだろう。
決して顔を出してはいけない何か。
そんな気がした。
気づけば、左手がコサージュを覆い隠していた。
白いロンググローブは、薄暗い室内でもよく目立つ。
その動きにつられたように、キリアンの視線がミリシャへ向いた。
哀切。
そんな表情だった。
胸が締めつけられるような。
けれど、その表情は瞬きを一つしただけで消え、視線はすぐにオレアへ戻る。
「オレア」
「なあに、お兄さま?」
オレアはにこにこと笑っている。
その笑顔には、悪意など欠片もないように見えた。
「質問に答えなさい」
「質問って?」
「なぜ、そのコサージュをつけている?」
「だって、今日は特別な日よ。だから──」
「誰に買ってもらった?」
最後まで言わせず、キリアンが問いを重ねる。
オレアは黙った。
「答えなさい」
「……おばあさまに」
しぶしぶという様子で答える。
「オルレア・ポートル前侯爵夫人か」
キリアンの声に、苦々しさが混じった。
「なぜ、そんな堅苦しい呼び方をするの?」
「祖母と呼びたくないからだ」
「なぜ?」
「本当に分からないのか。それとも、はぐらかそうとしているのか」
キリアンは苛立ちを隠そうともしない。
「ひどいわ。はぐらかしてなんかいないじゃない」
オレアは唇を尖らせる。
「ならば、もう一度聞く。
なぜ、この場にそれをつけてきた?」
「だから、今日は特別な日だからっ」
オレアの声にも苛立ちが混じる。
「デビュタントドレスにコサージュをつけるのは、婚約者がいる女性だけだ。
お前には婚約者がいるのか?」
「……いないわ。だけど──」
「しかも、それは私がミリシャへ贈ったものと、まったく同じだ。
そんなものをお前が身につけていたら、周囲がどう思うか考えなかったのか」
「だって!
ミリシャとお揃いがよかったんだもの。
ねぇ、ミリシャ。
ミリシャだって、私とお揃いの方が嬉しいでしょ?」
何を言っているのだろう。
ミリシャには、何一つ理解できなかった。
今日この場は、婚約者のいる者にとって正式な婚約披露の場でもある。
その証が、コサージュとクラバットピン。
色に決まりはない。
それでも、いつしか相手の髪や瞳の色を取り入れたものを贈ることが、愛情を示す一つの形になっていた。
決まりではない。
決まりではないからこそ。
そこには相手の気持ちが表れる。
だから、あのコサージュが嬉しかった。
答えられずにいると、オレアは今度はキリアンを見た。
「お兄さまこそ、なんでそんな似合わない色のクラバットピンをつけているの?
私が差し上げたサファイアの方がお似合いよ?」
キリアンが問い詰めること。
ミリシャが答えないこと。
そのどちらへの不満も、オレアは別の話へすり替えた。
「これは──」
「あのクラバットピン、いつもつけておくって約束だったじゃない」
ミリシャは、はっとした。
そういえば。
キリアンは、会うたびにサファイアのクラバットピンを身につけていた。
あれは、オレアから贈られたものだったのか。
妹から兄へ。
約束。
婚約した日にも聞いた言葉だ。
約束。
一体、この二人の間には、いくつ約束があるのだろう。




