表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】あの日の続きを【番外編連載予定】  作者: くぎのりクロボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/41

第十話 今日中に

あと数日で、王宮での第一夜会が開かれるという日。


キリアンから、「少し遅い時間になるが訪問したい」と連絡が入った。


両親に尋ねると構わないとのことだったので、その旨を使者へ伝えた。


夕食も終わり、普段ならそろそろ寝衣に着替えようかという頃になって、キリアンはやって来た。


旅装姿だった。


社交シーズンが始まる前に一度領地へ戻ると、以前の手紙に書かれていた。


おそらく、その帰りなのだろう。


服にはうっすらと砂ぼこりが残っていた。


馬を駆けてきたのかもしれない。


応接室へ案内しようとすると、キリアンは首を横に振った。


「砂ぼこりで汚れているから、ここで。どうしても今日中に渡しておきたくて」


そう言って差し出されたのは、コサージュだった。


花びらは、キリアンの瞳を思わせる紺色の繊細なレースが幾重にも重なり、まるで薔薇が咲いているようだった。


中心には小ぶりなパールがあしらわれ、銀糸で編まれた葉とリボンレースは、彼の髪色を思わせる。


白いデビュタントドレスにも、小ぶりなティアラにもよく映える色合い。


そして何より、キリアンの色だった。


胸が熱くなる。


正直、不安だった。


コサージュのことを何も聞いていなかったから。


社交シーズンまでには帰って来ると分かっていても、この時期に領地へ戻ると言われたこと。


婚約前は何度か話したことがあっても、それはいつもオレアが一緒だったこと。


婚約してからは、ほとんど言葉を交わせないまま今日を迎えてしまったこと。


このまま第一夜会まで会えないのではないか。


もしかしたら、エスコートさえしてもらえないのではないか。


そんな不安は、湿った重たい塊になって、少しずつ胸に積もっていた。


だけど今、その手の中にはコサージュがある。


第一夜会まではまだ数日ある。


それなのに旅支度も解かず、この時間に駆けつけてくれた。


自分が不安に思っていることを、キリアンも察してくれていたのだろうか。


少しでも早く安心させたい。


そう思って来てくれたのだとしたら、その砂ぼこりさえ愛おしかった。


「ありがとうございます」


自分でも分かるほど、声に涙が混じっていた。


ここで泣いてしまったら、きっとキリアンを困らせる。


必死にこらえる。


その代わり、コサージュの箱を持つ手のひらが汗ばんできた。


どうしても涙の代わりを務めたいらしい。


箱を傷めてはいけないと思い、そばにいた執事へ預ける。


「本当に申し訳ない。一緒に見立てられたらよかったんだけど、急がないと間に合わなくなりそうだったから、勝手に注文してしまっていたんだ。


予定外に領地へ戻ったりして、不手際だらけで。本当に申し訳ない」


見上げると、キリアンは心配そうにミリシャを見つめていた。


最初と最後に口にした「本当に申し訳ない」。


その言葉が、彼の本心なのだと思った。


こらえていた涙が、また込み上げる。


ミリシャは俯き、小さく首を横に振ることしかできなかった。


こほん。


咳払いが聞こえた。


見ると、執事が先ほどとは別の箱を手にしている。


そうだった。


ミリシャはその箱を受け取り、キリアンへ差し出した。


キリアンは、そっと受け取る。


「開けてもいいかな?」


「はい」


中には、クラバットピンが収められていた。


男性からはコサージュを。


その返礼として、女性はクラバットピンを贈る。


ピン本体には、ミリシャの髪色に似た柔らかな色味のくすみゴールド。


先端には、深い緑色のエメラルドをあしらった。


本当なら、自分の瞳のような薄い緑に金や茶が溶け込んだ色を選びたかった。


けれど、それではあまりにも自分を意識させすぎる気がして、少し落ち着いた色にした。


ところが、キリアンが贈ってくれたコサージュは、迷いなく彼自身の色だった。


もう少し、自分らしい色を選んでもよかったのかもしれない。


そんな後悔が胸をよぎる。


しかも、キリアンはクラバットピンを見つめたまま、何も言わない。


気に入ってもらえなかったのだろうか。


新たな不安が芽を出しかけた、その時だった。


「ありがとう」


キリアンの声は、少し震えていた。


そっとうかがうと、俯いたままで表情は見えない。


「正直、色々幻滅させたと思っていたから……こんな素敵なものをもらえるとは思っていなくて」


最後は消え入るような声だった。


彼も、不安だったのだ。


幻滅した覚えなどない。


けれど、人との距離は近くなるほど、かえって相手の気持ちが見えなくなることもある。


まして二人は婚約したというのに、彼の都合でほとんど会えない日々が続いていた。


そんな状況なら、キリアンが不安を抱えていても不思議ではない。


相手も同じように不安だった。


そう知ると、自分だけではなかったのだという安堵が、胸の奥でふわりと広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ