後ろ語り ― リラ=ファブラ
後の世では、この話は、もっと甘やかに語られるでしょう。
灰まみれの娘がいました。
意地悪な継母と、華やかな義姉たちがいました。
娘は舞踏会へ行くことを許されず、炉辺で泣いていました。
すると、どこからともなく妖精が現れます。
かぼちゃは馬車に。
鼠は馬に。
蜥蜴は従者に。
灰をかぶった娘は、美しいドレスをまとい、光り輝く城へ向かいます。
そして王子は、階段に残された硝子の靴を手がかりに、娘を探し出すのです。
ああ、なんて美しいお話でしょう。
貧しい娘が姫君となり、王子に見初められ、幸せになる物語。
子どもたちは胸をときめかせ、娘たちは夢を見て、大人たちは微笑みながら言うのです。
よい子でいれば、いつか誰かが見つけてくれる。
耐えていれば、いつか幸せが訪れる。
硝子の靴に足が合えば、運命の扉は開くのだと。
けれど、本当は。
硝子の靴が探していたのは、足の形ではありませんでした。
それは、その夜、自分の名を偽らずに歩いた者の記録。
仮面の城で、家名を問われても偽りを選ばず、灰の下に残った名のまま、硝子の床を踏んだ娘の歩みでした。
灰かぶりとは、汚れた娘の名ではありません。
他人に押しつけられた仮名です。
侮りのための呼び名。
身分を奪うための呼び名。
返事をさせることで、少しずつ本当の名から遠ざけるための、小さくて残酷な鎖でした。
けれど、灰はただの汚れではありません。
燃えた手紙のあと。
消された家名のあと。
母が娘のために残した祈りのあと。
形を失っても、なお消えきらなかった記録のかけら。
だから、灰をかぶった娘は、灰によって貶められたのではありません。
灰の中から、名を拾い上げたのです。
姫とは、王子に選ばれた者のことではありません。
美しい衣を着た者のことでも、硝子の靴を履けた者のことでもありません。
自分にかぶせられた仮名を脱ぎ、自分の名で立つことを選んだ者のことです。
王子が彼女を見つけたのではありません。
彼女が、自分の名でそこに立ったから、見つけることができたのです。
後の世の物語では、灰は掃い落とされるでしょう。
炉辺の匂いも、燃え残った記録も、母の祈りも、きっときれいな魔法の光に置き換えられるでしょう。
けれど、どれほど甘い物語になっても。
硝子の靴が静かに光るたび、思い出してください。
その靴が本当に覚えていたのは、足の大きさではありません。
灰の下に隠されても、名を偽らずに歩いた、ひとりの娘の足音だったのです。




