太樹寺の変 呪と寿!!
「この精神世界で……余の言霊に抗えると、本気で思っているのか!!」
崇徳院の顔は、もはや人のそれではなかった。
怨嗟と憎悪に塗り潰され、折れた筆軸を振り回し玉藻前へ突きつける。
「――“呪”!!
名を刻み、縁を縛り、魂を腐らせよ!!
人の世に生まれたことを、永劫悔いるがいい!!」
「ーー十」占い師のスキルがイノリの口を借り呟く
言霊は黒々とした鎖のように絡まり合い、空間そのものを歪めながら玉藻前へと殺到する。
「――“寿”!!縁は祝われ、名は守られ、命は寿がれるもの。
……恨みだけで縛れるほど、世は単純ではないんだよ」
広げた鉄扇が、風ではなく“祝いの気”を呼び起こす。
触れた瞬間、呪の鎖は音もなくほどけ、霧散した。
「ならば――これで終いだ」
「ーー九」
崇徳院は筆軸を握り締め、虚空に叩きつけるように振り下ろした。
「――“滅”!! 名も形も、因果も記憶もこの世に在ったという痕跡ごと、すべて消え失せよ!!」
言霊はその形も音さえも失い、闇そのものが剥がれ落ちるように玉藻前へと迫る。
触れたものから“存在”が削ぎ落とされていくかのような純粋な“無”。
「……哀れだね」
玉藻前は鉄扇を閉じ、胸元で静かに構える。
「ーー八」
「――“誕”」
その一語が落ちた瞬間、空間に微かな……しかし確かな鼓動が生まれそして脈を打った。
「終わらせることだけが望みのあんたでは、あたしは討てないんだよ……すまないね、あたしは気づいたのさ命は消すものじゃない――何度でも、生まれ絆ぐものだとね」
鉄扇が開かれると同時に、柔らかな光が満ち、崩れかけていた世界が呼吸を取り戻す。
「ーー七」
滅の闇は、胎動する光に押し返され、やがて跡形もなく霧散した。
その余波は崇徳院にまでおよび、見せ掛けの衣は吹き飛び夜叉のような異形が剥き出しとなる。
「皇后よ!あなたはなぜそれほどまでに余の前に立ちはだかる!!余をこの様な姿にしたのは
お前だぞ!!!我の手で滅せよっ!!!!」
「確かにその一端はあたしにもあるかもしれないだけどね……すべては因果応報、その結果が
崇徳院あんたの運命なんだよ!!」
「ーー六」
「聞いたふうなことを!!ーー死!!ーー闇!!ーー終!!ーー絶!!ーー陰!!ーー災!!
ーー乱!!ーー獄!!ーー憎!!ーー堕!!」
崇徳院の吐き出す負の言霊が黒き渦を巻き、唸りをたてて玉藻前へと襲い掛かる!
「……やれやれ。これがあんたの恨みのすべてかい?随分と溜め込んだもんだね」
そして、玉藻前は鉄扇を横に薙ぐ
「ーー生」 黒き渦の中心で、「死」の言霊が音を立てて砕け散る。
「ーー光」 「闇」が裂け、黄金の輝きが堂内を照らし出す。
「ーー五」
「ーー始」 「終」を告げる言霊は、未来を拒むことなく霧散した。
「ーー続」 「絶」は繋がりを失い、虚空へと消え去る。
「ーー陽」 「陰」はその名を失い、影として地に縫い止められる。
「ーー福」 「災」は反転し、空間に満ちていた凶兆が浄化されていく。
「ーー整」 「乱」は秩序を取り戻し、歪んだ気の流れが正される。
「ーー四」
「ーー天」 「獄」は閉ざされ、その扉は二度と開かぬよう封じられた。
「ーー愛」 「憎」は悲鳴のような軋みを上げ、霧となって散る。
「ーー昇」 「堕」は支えを失い、地へと沈み込んだ。
玉藻前の最後の言葉が放たれたとき、
黒き渦は完全に消え去り、崇徳院の精神世界が黄金色の静寂に染まる。
「覚えておきな、崇徳院」
「ーー三」
玉藻前は、まっすぐに崇徳院を見据えた。
「言霊はね……呪うためだけのものじゃない。生かし、赦し、繋ぐための力でもあるんだよ」
玉藻前の黄金の覇気が、さらに一段強く燃え上がる。
その覇気を力なく見つめる崇徳院は最後の怨を詠む、残された冥力のすべてを使ってーーーー
「ーー二」
「ーーーー縛!!ーーーー」
玉藻前の全方位から襲い掛かる言霊は、「ーー解!!」の言霊と黄金の覇気を容易く突き破り
玉藻前の身体を怨嗟の鎖で縛り付ける。
「こんな物で、あたしを縛っておけると思っているのかい?」
四肢に力を込めると“ギシギシッ”と悲鳴をあげる怨嗟の鎖
「ーー壱」
「そのような事など、思ってはいない……一瞬だけ縛れればいいのだ。あなたをここに囚えるためにな!ここで九尾の妖狐を知るものの最期を見ているがいい!!」
そう言うと崇徳院の輪郭がぶれ、じょじょに背景と溶け込んでいく。
お雪の身体に戻るために、蜘蛛の糸よりもまだ細い繋がりを伝い現世へと崇徳院の精神が現れる
「ーー零! 今っ!!」
イノリがそう叫びながら、腰に差した童子切安綱に手を掛け“チンッ”という鯉口を切る音とともに
切っ先がお雪の頭上を薙ぐ!!
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