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戦国魔法奇譚  作者: 結城謙三


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525/528

太樹寺の変 精神世界!!

遅くなり申し訳ありません

その刹那、お雪と妖狐の周囲を薄紫色の結界が包み両者の動きが止まる

中空で妖狐の首元に手を伸ばしたままの姿勢で固まる……

天井に開いた大穴から夕陽が差し込み、妖狐の黄金色の体毛が薄紅金に染めあがり

時間さえが結界に囚われたように、その流れを止める。


見上げるすべての者たちがあまりの美しさに“ほぅっ”という吐息を漏らし

「姉さん……?」大嶽丸が呟きをもらし

我に返ったイノリは抱いた小太郎をその場に横たえ、中空を見つめたままゆっくりと結界の下へと歩き出す。


          〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


首元をお雪の冷たい手が掠めたと認識した。

その一拍の後、妖狐は大本堂ではなく曇天の空に浮いていた。

眼下には小高い丘が広がり、左手に視線を移すと海岸線が続いている穏やかな海には小舟が浮かび、さらに首を巡らせるとこの海を包み込むような広大な陸地が見えていた。

違和感に自分の両手を見る……人間の指が5本ずつ、変幻した記憶もないのに玉藻前の姿で正面に浮かぶ崇徳院を見る。

お雪の姿ではなく、玉藻前が最後に見た崇徳上皇の姿……


白木のような淡い狩衣の袖や裾には薄墨で染めたような染みが目立ち、腰まで伸びた漆黒の総髪が海面の波のようにときおり銀色の光を映す。

やせ細ってはいるが、目鼻立ちは凛と美しくひときわ大きな眼窩には金色の混じった琥珀色の眼球が何も語ることなく玉藻前を見つめる。

帯に挿した乾いた木肌の折れた筆軸が長年の不遇を物語っていた。


まるで墨絵の世界にいるような……厚く垂れ込めた黒雲の輪郭だけが描かれ

ここが現実の世界ではないことを静かに告げていた。


「つまりここは白峯のしらみねのみささぎということかい?あんたが幽閉され埋葬された地だね……」

玉藻前の美しい相貌が憐れみの表情を浮かべ、広大な丘陵を見つる。


「皇后よ……ここは白峯の陵に相違あるまい。まさに余を遠ざけ、ついには葬りし地ぞ。

 あなたは知らぬか──歴代の先帝のうち、畿外へと追いやられ、さらに余が望みとも関わりなく火葬に付されたは、余をおいて他には誰一人としておらぬことを。」


「400年も前の恨み言を聞かされても、何もしてやれることなどないんだ あんたの精神世界にあたしを連れてきていったいどうするつもりなんだい?」

胸元から鉄扇を取り出し“かしゃかしゃっ”と広げてみる 玉藻前


「皇后あなたにわかるか?9年間であるぞ!?手を伸ばせば届きそうなほどに近い本土の土を終生踏むことも叶わず、文字通り我が血で書いた五部大乗経は不吉であると送り返され

恨みを抱かずに死ぬことなど叶いますまい?

あの頃の余にできたことと言えば、日の本の大魔縁となり、皇を奪い民を捕らえんという誓いを立てるのみ 余の受けた痛みを、辱めを、悔しさを死して海を渡り恨みを晴らすしか無かったのだ。」


「あんたの恨み言は聞き飽きたよ!あたしをこんなところに連れてきてどうするつもりだと聞いているんだよ!」


「もちろん消滅してもらう その後で残った者たちもゆっくりと始末するというわけだ。」


「させると思うかい!?」


「この精神世界で――余の言霊に抗えると、本気で思っているのか!!」


無表情だった崇徳院の顔が、怨嗟に引き攣るように歪んでいく。

帯に差していた折れた筆軸を抜き放ち、玉藻前へと突きつけた。


「――“怨!!”

 人の世で、死よりもなお苦しい思いを味わえ!!」

放たれた言霊は、黒く凝縮された質量となり、凶器のごとく玉藻前へと襲いかかる。


「――“恩!!”

 その命が、人の手によって紡がれてきたことを、少しは思い出すがいい!!」

玉藻前は薄く笑みを浮かべ、広げた鉄扇でそれを一閃し崇徳院の言霊を風のように薙ぎ払った。




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