36.美しい親子
「……」
「……」
同じベッドに身を入れて、私たちはとても静かに横になった。
聞こえてくるのは互いの鼓動だけ。
ドキドキし過ぎて、私の胸の音がヴィリにも聞こえているのではないかと思ってしまう。
何か話したいけど、こういうとき何を話せば良いのかもわからない。
「――カティ」
「はいっ」
しばらくの間無言が続いていたけれど、突然ヴィリに名前を呼ばれて跳ねる声。
……情けない。自分で一緒の部屋で良いと言ったのに、これではヴィリにまた気を使わせてしまうかもしれない。
「……」
布団の擦れる音が鳴るのと同時にヴィリがもぞりと動いたのを感じて、私は彼の方に顔を向けた。
真っ直ぐに私を見つめてくるヴィリの顔は、今日も美しくて格好良い。
「あ……」
片肘を突いたまま少し身体を起こして私に手を伸すと、ヴィリは優しい手つきで髪に触れ、撫でるようにそこを滑らせた。
「……っ」
時折ヴィリの指先が耳に触れてビクリと身が揺れる。
それ以上何も言わないヴィリを私もじっと見つめ返すと、真剣な表情を見せていた彼の口元がふと緩んだ。
「わかっていますよ」
「え?」
ヴィリの手が私の髪を一束すくい、そのまま流れるように滑らせて毛束に口づける姿を、ドキドキしながら見つめる。
「カティは私を信頼して同じ部屋でいいと言ってくれたのですよね」
「えっ……と」
「何もしないから、安心して眠ってほしい」
「……」
ヴィリのことはもちろん信頼しているけれど、そういうことではないような……?
けれどヴィリははっきりそう言い切ると、私の頭を優しく二回撫でてもう一度身体を倒した。
「おやすみ、カティ」
「……おやすみなさい、ヴィリ」
…………?
これでいいのかしら。
それからはもう、閉じられたヴィリのまぶたが開かれることはなかった。
「……」
音が漏れないように深く息を吐き、私も眠ろうとまぶたをおろすけど全然眠れる気がしない。
ベッドは広いけど、すぐ隣でヴィリが寝ているのだ。
眠れるわけがない。
それにここはヴィリの部屋――。
これはヴィリのベッドで、ヴィリの布団で、ヴィリのシーツで……
この部屋に置かれているものだってすべてがヴィリのものなのだ。
もうずっとここには住んでいないのは知っているけれど、ヴィリは子供の頃からこの部屋を使っていたんだろうから、つまりここはヴィリが育った空間なんだ。
それを考えるだけで緊張してしまうのは仕方ないと思う……。
どうしたって目が冴えてしまうから諦めてまぶたを持ち上げ、隣で眠る旦那様の寝顔をじっと見つめた。
ヴィリが隣で寝てる……。
ああ……本当に、なんて綺麗な寝顔なのかしら。
肌もなめらかで鼻が高く、まつげが長い。
まるでお人形のように美しい顔をしている。
「……」
目が合わないのをいいことに遠慮なく彼に見惚れていると、視界に自分の指先が映ってハッとした。
私ったら、今ヴィリの頬に触れようと……!
女性のものよりもしっかりとした形の良い唇をしばし見つめていた私は、そこに手を伸ばしていたことに気づくのと同時に顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えた。
ヴィリが目を閉じていて良かった……。
ヴィリは私を信頼してくれているし、ヴィリも私がヴィリを信頼していると信頼してくれていて……ああ、もう。わけがわからないわ!
「……」
彼に背を向けるように寝返りを打って、ぎゅっと胸の前で自分の手を握った。
*
「おはよう、カティ」
「おはようございます……ヴィリ」
結局ろくに眠れないまま朝を迎えてしまった私だけど、目覚めてすぐ、隣でヴィリが微笑んでくれたからすべてが帳消しになる思いだった。
私、本当にヴィリの奥さんになったのよね。
今日は約束通り、朝食を摂ったらお義母様とお買い物に出掛けることにした。
「娘と買い物に来るのが夢だったの!」
お義母様は嬉しそうに言うと、あれこれお店を回り、服や装飾品を買ってくれた。
行きつけと思われるお店で店主に私を自慢する姿は本当に娘ができて嬉しいのだろうなと感じさせるものだった。
一通り買い物が終わると、今度はカフェに入って休憩がてらお茶をしていくことになった。
「ごめんなさいね、付き合わせてしまって。疲れたでしょう」
「いいえ、平気ですよ」
王都の街ほどではないけど、この街も結構人が多くて賑わっていた。
だから正直少し疲れてしまったけれど、お義母様の楽しそうな顔を見ていたら頑張れてしまえたのも事実だ。
「私ね、娘が欲しかったのよ」
「はい」
それはヴィリから聞いてる。
「見てのとおり思っていることを隠せない性格だから、ヴィリアスも知っているんだけど……そのせいであの子に辛い思いをさせていたみたい」
「……」
口元にだけ小さく笑みを浮かべながらそう言ったお義母様は、ヴィリが昔女性のようだと言われて傷ついたことがあるのも知っているようだった。
ずっと楽しそうに笑っていた瞳が、今だけは悲しげに揺れている。
「あの子が年頃になっても女性に興味を示さなかったのは私のせいだって、そのときになって自分を責めたわ」
「……」
「王宮騎士団に入ると決めたときも本当に悲しかった。あの子がどんどん遠くに行ってしまうようで……。私おかしいでしょう? ヴィリアスは男の子だって頭ではわかっていたのだけど、とっても可愛かったから、本当は女の子なんじゃないかなんて願ったりもしたのよ」
「……お義母様」
「うちは子供が一人しかできなかったからね」
「……」
冗談を言うみたいにふふっと笑っている顔には、やはりヴィリの面影がある。
「でも、あの子には本当に悪いことをしたわ……」
お義母様は男爵家の出身らしい。
お義父様に見初められて伯爵家に嫁いできたらしいけど、きっと辛いこともたくさんあったのだろう。
「……ヴィリアス様がとても可愛かったのは想像できます」
「そうでしょう? 帰ったらあの子の姿絵を見せてあげるわ。十五歳になるまでは毎年誕生日にかかさず描いてもらっていたのよ」
「それは楽しみです」
それでも笑顔を崩さないお義母様の強さのようなものを感じ取り、私も口元に小さく笑みを浮かべる。
「ヴィリアスが貴女と結婚したいって自分から言ってくれたときは本当に嬉しかったわ。二人で賑やかな家庭を作ってね!」
「……はい」
もう一度にっこりと純粋な笑みを浮かべたお義母様に、私も笑顔でお応えした。




