35.旦那様の領地へ
ヴィリと結婚して一週間が経った。
私たちは今、ヴィリのご両親が暮らすマーテラー領に来ている。
ヴィリのご両親は本邸で領地経営をされていて、お会いするのはこれで三回目となる。
一回目は婚約を結んだ際の顔合せで、二回目は一週間前の結婚式でだったのだけど、私は本邸のあるマーテラー領へ遊びに行ったことはなかった。
ヴィリのお母様とは何度か手紙のやり取りをしていたのだけど、先週の結婚式で是非遊びに来てほしいと招待されていたのだ。
だから二人で休みをもらい、本邸のあるマーテラー領へと出発したのである。
「……緊張していますか?」
「少し……」
馬車が到着すると、ヴィリはいつものように私の手を取ってスマートにエスコートしてくれた。
「大丈夫、私がいます」
「はい」
王都にあるタウンハウスよりも大きく立派な邸宅に二人で足を進めながら、私はヴィリのお母様を思い浮かべた。
ヴィリに似たサラサラの金髪に、空のようなブルーの瞳。白い肌と、赤い紅を塗った唇が印象的な綺麗な方。
過去二度ともゆっくりお話しできたわけではないけれど、お義母様がどのような方なのかは手紙を読んでなんとなくわかっている。
「――やぁ、いらっしゃい。長旅で疲れただろう。どうぞ、かけてください」
使用人の方に奥へ通されると、とても広く高位貴族らしい高価な調度品で揃えられたリビングルームの大きなソファに座っていた、マーテラー伯爵――ヴィリのお父様が最初に声をかけてくれた。
「この度はご招待ありがとうございます」
膝を折り、恭しく礼をすると、ヴィリのお母様が立ち上がったのが視界の端に映った。
「おかえりなさい、ヴィリアス」
ヴィリのお母様は、娘が欲しくて欲しくて堪らなかったらしい。
それでヴィリが子供の頃は髪を伸ばさせて娘のように可愛がっていたようだけど、ヴィリはそれが嫌だったという話は聞いている。
自分に似た可愛くて大切な息子と結婚した私をどう思うのだろうかとドキドキしていたけど、お義母様は私と目を合わせるととても嬉しそうに微笑んだ。
「――ああ、カティーナちゃん。よく来てくれたわ。今日のドレス、とっても素敵ね」
「ありがとうございます。こちらはヴィリアス様が選んでくれたものです」
「まぁ、ヴィリアスが女性の服を? ……本当に素晴らしいわ」
「……」
感激したように発せられた〝素晴らしい〟という言葉は、おそらくこのドレスに向けられたものではなく、ヴィリが選んだということにだろう。
「そうだわ。これ……カティーナちゃんに似合うと思って買っておいたのよ。どうかしら?」
そわそわと後ろに控えていた使用人から暖色のストールを受け取ると、お義母様は私の元まで来てそれを肩に掛けてくれた。
「思った通り、とっても似合うわね」
「ありがとうございます……」
「カティちゃんの髪は長くて艶があってとても綺麗ね! あとで私に梳かさせてもらえるかしら」
「ええ、もちろんです」
「嬉しいわぁ!」
私の返答に、お義母様はもう一度嬉しそうに笑って自らの手を合わせた。
ヴィリのお母様は娘が欲しかった。
だからヴィリと結婚した私を本当の娘のように思っているというようなことが、以前送られてきた手紙に書いてあった。
「お腹が空いているだろう。すぐに食事の用意をさせるから、ゆっくりしていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
にこにこと楽しそうにしているお義母様の後ろで、お義父様が穏やかな声で言った。
それから食事の準備が整うと四人でテーブルを囲い、ご馳走をいただいた。
主にお義父様やお義母様からの質問にお答えするという形で会話は弾み、家族団欒の時間は過ぎていった。
「そうだわ。美味しいケーキがあるのよ、カティちゃん、食べるでしょう?」
「ええと……」
食事は済み、飲み物もなくなりお開きになるだろうというところで、お義母様が思い出したように声を上げた。
甘いものは好きだけど、今日はもうお腹がいっぱいだ。
「母上、今日はもう遅いのですから、また明日にしましょう」
「ええっ、でももう少しカティちゃんとお話ししたいわ」
「また明日にすればいいじゃないか。長々と引き止めてしまってすまないね。風呂に入って疲れを癒やしておいで」
「もう、これだから男の子は冷たくて嫌なのよ」
「母上」
まだまだ話し足りないという様子のお義母様をヴィリとお義父様が優しく諭したけれど、お義母様は不満そうな声を上げる。
けれどその発言にヴィリが私を気にするように少し鋭い声で母を呼んだことで、お義母様は唇を小さく突きだして静かに頷いた。
「わかったわ。それじゃあカティちゃん、ケーキは明日にしましょう。それから、一緒に買い物にも行きたいわ」
「ええ、是非」
窺うように私を見たお義母様に微笑み返すと、満足そうに笑ってくれた。
この人は嫌味でもなんでもなく、本当に娘ができて嬉しいのだろうということが伝わってきた。
それからお風呂に入り、案内された今夜の寝室に向かう。
「ごゆっくりおやすみください」
「ありがとう」
部屋の前で使用人とは別れて一人で入室すると、「カティ」という少し高いヴィリの声が私の耳についた。
「……ヴィリ?」
声の方に視線を向けると、ソファに座っている寝間着姿のヴィリ。
「ええっと……」
確か私は今夜の寝室に案内されたはずだけど……部屋の広さなどからするに、ここはヴィリの私室のように思える。
「……ああ、そうか。すみません、屋敷の者に言ってすぐ別の部屋を用意させますね」
すぐに状況を理解したらしいヴィリは立ち上がると真っ直ぐに扉に向かって歩いてくる。
「あ……待ってください」
「……?」
私の隣をすり抜けていくヴィリを呼び止め、反射的に彼の腕に触れる。
「どうしましたか?」
「……あの」
そうだ。私たちは夫婦なのだから、一緒に寝ると思われて当然なのである。
「私は、一緒で構いません」
「え?」
「だって、私たちは夫婦じゃないですか……」
ヴィリの寝衣をぎゅっと握り、彼の視線から目を逸らすように俯いて呟く。
心臓が早鐘のようにドクドクと高く脈を刻んでいる。
逆上せてしまったように、身体が熱い。
「……そうですね」
ヴィリの表情は窺えなかったけれど、彼の心音もドクンと大きく高鳴るのが、私の耳には届いた。




