37.密かな悩みと王女の提案
マーテラー領の本邸から王都のタウンハウスに戻って、一週間はまたあっという間に過ぎた。
つまり結婚して二週間ほど経つのだけど、この家の使用人たちは皆私に親切に接してくれている。
『ヴィリアス様、昨夜もカティーナ様のお部屋には一時間ほどしかいなかったらしいわよ』
『ヴィリアス様は紳士なのよ』
『紳士すぎるのも良くないわ。カティーナ様とは結婚されたのだから、行く時は行かないと』
『でもそこがヴィリアス様の良いところなのではないかしら?』
『それはそうだけどねぇ……』
ひそひそひそ――
「……」
ただひとつ、この話を除いては。
マーテラー家の使用人たちの間では、今日もこの話題で持ちきりだ。
もちろんこんな話が聞こえてしまうのは私にだけだし、彼女たちに悪気はない。
純粋に主を心配してのことなのだろう。
聞いてはいけないことまで聞こえてしまう私がいけないのだ。
「では行こうか、カティ」
「……はい、ヴィリアス様」
「「いってらっしゃいませ」」
今日もヴィリと共に王城へ向かう。
いつもと変わらない日常。
ヴィリの隣にいられるのはとても幸せ。
二人きりで馬車に揺られるこの時間は大好き。
だけど使用人たちのあんな話が聞こえている私は、未だに夜を共にしていないことに少し不安を覚えている。
ヴィリは私のことを好きだと言ってくれたし、その気持ちもしっかり伝わってきた。
だからそんなヴィリを疑ってしまうつもりはないのだけど……
どうしても不安になってしまうのだ。
夫婦とはそういうものだと思っていたし一応覚悟もしていただけに、この気持ちをどうしたらいいのかわからない。
毎夜、「今夜こそは……?」と緊張しながらヴィリとの時間を過ごすけど、彼は口づけのひとつもせずに部屋を出て行く。
もしかして、私に魅力が足りないの?
好きだとは言ってくれたけど、そういう気は起きないのかもしれない。
ないならないで私は構わないのだ。
使用人たちは噂しているけど、きっとそのうち飽きるはず。
噂話を耳にするのは慣れているし、彼女たちが悪意を持って話しているわけではないということはわかっている。
だから別に、そんなことがなくたって……
「カティ、どうかしましたか?」
「え……っ?」
「もしかして、体調が良くないのでは?」
「あ……いいえ、なんでもありませんよ」
「……そうですか?」
眉間に皺を寄せて考え事をしてしまっていた私を、ヴィリが心配そうに見つめてくる。
やっぱりヴィリは優しい人ね。
そんな彼を心配させるのは心苦しいから、こんなこと悩むのはもうやめにしましょう。
「そういえばクラウディア様、ロナルト様との会食はどうだったのかしら」
「ああ、クラウディア様にしては彼との時間は楽しそうにしていますよ」
「まぁ、それは良かったわ」
明るい話題に頭を切り替えようと、昨夜行われた王女のお見合いのことを口にしてみる。
まだ正式に婚約者として決まったわけではないけれど、このままいくと彼がクラウディア様のお相手として決まるだろう。
「……どうされましたか?」
何か言いたげに微笑んで私を見つめているヴィリに、今度は私が問う。
「カティはすっかりクラウディア様と親しくなりましたね」
「……そうかもしれませんね」
「クラウディア様はカティのことが大好きなようですから」
「……はい」
嬉しそうに穏やかな声でそう口にするヴィリに、私は少し照れくさい気持ちになった。
やっぱり、こんなに綺麗で純粋な人にあんなことを考えてしまうなんて、失礼よね。
*
「それでね、ロナルト様は釣りが趣味だから、今度連れて行ってもらう約束をしたのよ」
「まぁ、それは楽しみですね」
「そのときはカティも一緒に行きましょうね。護衛はヴィリアスを指名するから」
「ありがとうございます」
学園から戻られたクラウディア様は私をバラ園に誘ってお茶をしながら一昨日の話を嬉々として話されている。
ヴィリの言っていたとおり、ロナルト様との時間が楽しかったようだ。
「それで、カティの方はどうなの? もう夜を共にした?」
「……っ」
唐突に口にされたとんでもない発言に、私は例の如く王女の前で紅茶を吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。
「クラウディア様……」
「あ、その反応は今度こそ済ませたわね」
「……」
クラウディア様は好奇心旺盛な王女だ。
平気でそんなことを口にできるところは少し見習いたいほどである。
「……」
「……え、まだなの?」
〝はずれです〟と顔に書いて口元をハンカチで拭うと、クラウディア様は大きな瞳を見開いて口を開けた。
「信じられない。ヴィリアスの奥手っぷりは筋金入りね! もう貴女から行っちゃえば?」
「え?」
「私ならそうするわ。色っぽいナイトドレスを着て、ヴィリアスのベッドに潜り込むのよ」
片目を閉じて得意気な表情を見せるクラウディア様は、何を言っているのか本当の意味で理解されているのだろうか。
……それとも他人事だと思って楽しんでいるのかしら。
「そんなことできません……!」
「んもう。早くどういうものか聞きたいのに」
「何度も言っていますが、感想なんて述べませんよ」
「ええ? 貴女だけが頼りなのに。こんなことさすがの私だって誰にでも聞けるわけじゃないのよ?」
私にも聞かないでください!
そう言いたいところをぐっと堪えて心を落ち着かせようと紅茶を一口飲み込む。
「貴女に足りないのは色気ね」
「……やはりそうなのでしょうか」
あの夜会以来、前より化粧はするようになった。
それでも毎日あんなに着飾れるわけでもないし、地味だった私がいきなり変われるわけでもない。
だからそんな私をじっと観察すると、クラウディア様はニッと笑って言った。
「いいわ。私が色っぽいナイトドレスをプレゼントしてあげるから、それを着てヴィリアスの寝室に行ってきなさい!」
「……お気遣いありがとうございます。ですが、それ以外はとても上手くいっていますので、気にしてくださらなくて結構ですよ」
「大事なことよ!! それがなくて上手くいかない夫婦もいっぱいいるんだからね!」
「……」
夫婦の事情に随分お詳しいのですね。
本当に、好奇心旺盛な王女様だ。
「色はやっぱりブルーかしら……」と小さく呟いているクラウディア様の声は聞こえないふりをして、遠くに控えているヴィリにちらりと視線を向けた。
彼の耳が私のように特別良くなくて、本当に助かったと思う。




