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毘の華  作者: 逍遙軒
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決意

 そんな高級感溢れる庭園を一回りしたころ、朝から晴れ渡っていた空が急に曇りだした。

 風も微妙に強くなってきたみたいだ。

「こりゃ、雨が降るかな」

 二人で空を見上げると、タイミング良く雨粒が落ちてきた。

「やっぱり降って来た、こりゃざっと来るぞ」

「うん」

 何故か虎ちゃんは手を繋いでからは妙に大人しい。

 なんだろ?もしかして外を歩いている時に手を繋ぐのが、こっちでは嬉し恥ずかしドッキドキなのか?

 なんとも初々しい面を見てしまった気がするな。

 降り始めの雨に軽く打たれながら歩いている少し先に、庭木に囲まれた四阿あずまやが見えてきた。

「あそこで雨宿りしようか」

 コクリと頷く姿が威厳を感じさせない。

 女性は化けるとは聞くけど、面白いほどに化けるんだなぁ。

 手を繋いだまま四阿に入ったとき雷が光った。

「おぉ、こりゃゴロゴロくるねぇ」

 俺が空を見上げた瞬間、雷の轟音が鳴り響き、近くに落ちたような空気の振動を感じた。

「近くに落ちたか。雷は怖いねぇ」

 ふと振り返ると、虎ちゃんは青い顔をしている。

 あれ?雷が怖いのかな?

「どうしたの?雷怖い?」

 声も無く頷く虎ちゃん。

 ここでも意外な一面が。

 強いところばかりを見ていたもんだから、こんな弱々しい姿を見るのは新鮮だ。

 とりあえず屋根の下にある腰掛けに並んで座ると、それに合わせたかのように一気に土砂降りになり、10m程先も見えなくなるほどになってしまった。

 凄い雨だ。

 隣に座る虎ちゃんの肩を抱き寄せると、小刻みに震えてる。

 寒い訳じゃないからホントに雷が怖いんだ。

 なんだか面白い。

「大丈夫だよ」

 俺はなんの根拠もない言葉をかけた。

 でもそれで安心したのかな?

 俺の肩に頭を乗せて来た。

(おぉ、可愛い)

 右手で虎ちゃんの髪の毛に触れた瞬間、再び轟音を響かせて雷が近くに落ちたのか物凄い音を立てながら自己主張をした。

 と同時に、つかまり易かったのか虎ちゃんが抱きついて来た。

 ぷぷぷっ、いかん、笑ってしまった。

 上目遣いになりながら「笑うな」と言われたけど、こうなると威厳も何もあったもんじゃない。

 土砂降りの雨の中、他人の目や耳を気にする必要の無い今、虎ちゃんの顎を軽く持ち上げて口づけをした。

 このまま雨が続けばいいのになぁ。

 なんて甘い時間は長く続く訳も無く。

 ホントにあっという間に終了しちゃった。

 土砂降りの中なのに、本庄さんが傘もささずに妙な帽子を被って虎ちゃんを捜しに来やがった。

 なんて間の悪いヤツだ。

 もう少し逢瀬を楽しませてくれないものかね。

 て言うか、傘って無いんだっけ?

 ずぶ濡れになりながら虎ちゃんを大声で呼んでる。

 本庄さんの声に合わせて二人して四阿の腰掛から立ち上がると、それに気が付いてホッとしたような顔をして近付いて来た。

 良くみると傘じゃなくて笠をかぶって蓑を纏ってたのか。

 古風な雨合羽だけど、なんとなく雰囲気があって良いものだ。

 俺も暫くこっちにいるせいか、趣味がどんどん古めかしくなってきたのかも。

 そのうち古民家とかお茶とかやりだしそうな気がする。

「どうした?」

 虎ちゃんが静かな声音で本庄さんがやって来た訳を聞くと、武田信玄が信濃で動き出したとの報告だった。

「武田勢が海津城に籠っている高坂昌信の軍勢に合流する動きをみせておりまする。千曲川、犀川を越えて善光寺平まで侵攻してくる事、確かかと」

「そうか、善光寺平にまで出て来るとなれば最早指をくわえて見ておる訳にはまいらぬ。本庄、全軍に出陣の触れを出せ。直ぐに善光寺平に押し出して晴信と一戦を交えねばならぬ」

「はっ。では直ちに」

 返事をすると、再び土砂降りの中本庄さんは戻って行った。

 雨の中小走りで去って行く本庄さんの背中が小さくなる。

「また合戦がはじまるのか」

「うむ、晴信は欲が深い故、奥信濃を攻略すればたちまち越後にも調略の手を伸ばすであろう。そうなれば越後の平穏も崩れてしまう。平穏が崩れれば迷惑するのは民百姓だからな。これを守るのは領主としての役目」

「大きな屋敷を守るのが大変なのが分かった気がするよ」

「そうか」

 虎ちゃんが寂しそうに笑った気がした。

「しかし儂は、そのような心配をする事も無いお前の居った世の方に行ってみたい。住む所は小さくとも安心して明日を迎えられる世の方が幾層倍も良いだろう」

「……確かにそうかも」

「また信濃に出陣するが、そこから無事に戻って来れるかどうかは神仏の知る所。故にお前とも何時生き死にの分かれが来ぬとも限らぬしな」

 この言葉にいつに無くショックを受けてしまった。

 一気にガツンとくる衝撃ではなくて、重くずっしりしたモノがずっと続くようなショック。

 この永続する様な緊張がこの時代の本質なのかもしれない。

 どんなに愛しい相手でも明日にはどんな形で別れが来るのか分からない恐ろしさ。

 今日は一国一城の主でも、明日には城を追われた乞食になる。

 乞食ならまだ良いほうだ。

 まだ生きている事になる。

 しかしこの時代は簡単に人が死ぬ。

 死んでしまえばこの世では何もできない。

 ただ埋められ土に戻るだけだろう。

 山を歩けば服を着ているだけで殺される事があるらしい。

 服が高級品の時代だからだ。

 土地を耕して実りを得ても隣国からの足軽共が強奪に来る事もある。

 たかが稲穂の1本の為に一家が全滅するなんて事はザラにあるらしい。

 だからこそこの時代の人は必死に生きて蓄え、一族を守る為に領主に臣従して家を守ってもらうのだろう。

 領主も家臣と運命共同体だ。

 親亀コケれば子亀も転ぶの道理。

 俺はこの時、生きていると感じた。

 何故だか分からない。

 とにかく生きている実感を得た。

「虎ちゃん、俺、この時代でやりたい事が見つかったよ」

「急にどうした」

「こっちに来てから今まで、俺はただ何と無く流されてきたけど、これからは虎ちゃんの元でずっと働かせて欲しい」

「今まで通りと言う事か?」

「あ、いや、まぁ今まで通りっちゃその通りだけど、ビビってばかりいないで俺も合戦に出て働くよ」

「そうか、それは心強い事だ。なればこの度の武田攻め、我が兵を300程預けよう。思う存分働いて参れ」

 なんだか元の世界では味わう事の無かった、血沸き肉踊る感覚を初めて味わう事になった。

「しかしお前はまだ戦の駆け引きを知らぬ。故に柿崎の寄り子として従軍し、まずは兵の扱い方を学べ」

「分かった」

 いつの間にか土砂降りだった雨は止み、雷を光らせていた黒雲もどこかへ流れて行ったようだ。

 湿気をはらんだ南風がそよぎ始めていた。

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