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毘の華  作者: 逍遙軒
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徒花

 殿様ってのは、どこの城でもそうらしいけど一の曲輪には住んでないらしい。

 ここ春日山でも麓に近いところに居住スペースを作って通常はそこで生活するみたいだ。

 合戦があったり公式で何かを行う時に頂上の方は使うんだとか。

 傍小姓の俺も散歩で城の周りをふらふらする程度。

 今回はその散歩が花を見つける快挙?に繋がったわけだ。

 さて、花を持った俺は急いでくりやに行き、そこで空いていた徳利を貰うと急ぎ水と花を挿してみた。

「うん、前にやってみた徳利一輪挿しと変わらないくらい見事だね」

 華道の事を何一つ知らない俺が絶賛する雪椿一輪挿しができあがった。

 あ、でも今は5月、もうすぐ6月だから雪椿じゃないかもしれない。

 そんな自己満足の作品を持って虎ちゃんの居る屋敷に向かって行った。

 流石に6月に近くなると日差しも強くなって暑くなってくる。

 ただ不思議と風がそよぐと心地よい。

 平成の世とは違って年単位で気温が低いのかも。

 それに湿気がない。

 カラッとしてるのは実に良いことだ。

 厨から座敷に上がり、虎ちゃんの居住スペースに向かうと、ここは何時も床や柱が磨かれてるから黒光りしてる。

 手入れが行き届いてるねぇ。

 まぁこっちに来てからは俺の仕事になってるんだけど。

 そこそこ広い屋敷の濡れ縁を少し進んだ先にあるこの屋敷の主人、虎ちゃんの部屋に着いた。

 障子の前に座り、ひとつ咳払いしてから中に声をかけると返事が帰って来た。

「入りますよ」

 障子をすっと開けて中を見てみると、どうやらここの主は読み物をしていたようだ。

「読書中だったんだ。お邪魔だったかな?」

「いや、かまわぬ」

 虎ちゃんの部屋は外の明かりを取り入れているのか、濡れ縁側の障子は閉めてあるのに庭が見える南向きの板襖は外してあった。

 夏の日差しに心地よい風がそよいで、日蔭になった屋根の下では涼を感じる事が出来る造りだった。

 家の造りを見る俺の呼び掛けに合わせ、すっと本の様なものを閉じてこっちを見た。

 本かな?なんだか背表紙がこよりで閉じられてる、如何にも古文書風な冊子だけど。

「今日は何を読んでたの?」

六韜りくとう三略さんりゃくだ」

「何それ?」

「兵法書じゃ」

「兵法書か」

「お前は何か知っているか?」

「う~ん、風林火山?」

「徳栄軒の四如の旗か。お前は妙なところは知っておるのだな」

「徳栄軒?」

「信玄だ」

「あぁ。でも信玄は徳栄軒て苗字だったっけ?武田だったような」

「徳栄軒信玄は武田晴信の法号だ。しかし、四如が兵法だと言う事を知っておるとは意外な気がしたぞ」

(あ、適当に言ったのに、本当に兵法の事だったのか)

 虎ちゃんの目はキラキラ光ってる。

 よほどそう言ったモノが好きなのかな。

「信玄の四如は孫子の兵法の一文を抜き取った物ではあるな」

「あ、孫子って名前だけは聞いた事ある」

「そうか。しかしお前の期待には添えぬかもしれぬが、儂が読んでいたこれは六韜・三略と言ってな、太公望の書とされておる。孫子では無い」

「太公望!?」

「知っておるのか?」

「名前だけ」

 虎ちゃんは呆れたように笑っていた。

「まぁ良い、お前らしい。この六韜・三略とは文・武・龍・虎・豹・犬の6つの韜で綴られた書物なのだが、その中でも虎の巻きは兵法の極意が書かれておるとされる物で……」

「え!虎の巻き?」

「まさかとは思うが、知っておるのか?」

「これも名前だけ」

 えへへーと間抜け顔で笑ってしまったが、そうか、そのリクトウって本が虎の巻きの言葉の由来だったのか。

 太公望とか虎の巻とか、この時代からの言葉だったんだねぇ。知らんかった。

「あ、そうそう、今日はこれを持ってきたんだ」

 太公望とか虎の巻きとか聞いたせいで渡すタイミングを逃してしまったが、ここで見つけた花をプレゼントする事に成功した。

「これ、お城の崖の所に咲いてたんだけど、雪椿に似てると思って取って来た」

 はい、と首長徳利に指した花を渡すと驚いた顔をした。

「どうしたの?」

「これは雪椿ではないか」

「やっぱり。そうじゃないかなと思ったんだ」

「この時期には咲かぬ筈なのだが」

 徳利から花を抜いてマジマジと見つめていた。

「狂い咲きの雪椿か」

 この言葉のあと、暫く間があいた。

 何かを考えているような感じだな。

「広田、お前のようじゃな」

 花を徳利に戻しながら虎ちゃんは笑っていた。

「え、俺が狂ってるってこと?それは酷いなぁ」

 何時もの調子でケラケラ笑うと、庭の見える南向きの濡れ縁に雪椿が挿された徳利を置いた。

「冬に咲く花が夏に咲いた。お前は先の世に居ったものが永禄の世に来ておる。その辺りがどことなく似ておると思ったまでよ」

「なんだ、狂ってるとか言われたのかと思った」

 再びケラケラと笑ったあとに、急に真顔になった。

「狂い咲きか。狂い咲きの花は長くは咲かぬもの…」

「え?」

「いや、なんでもない」

「長くないとかなんとか」

「広田、儂と少し庭を歩いてみぬか」

「はぁ、じゃあ草鞋を持ってくる」

 なんだろう、言葉を濁した気がするな。

 とりあえず俺は草鞋を2人分用意して、濡れ縁から庭に降りられるように階段の着いている所まで持って行った。

 履くまでが面倒な草鞋だったけど、この頃には流石に慣れたもので、すいすいと縛れるようになっていた。

 階段の一番下まで来た虎ちゃんの足に草鞋を履かせて自分も草鞋を履くまでに僅か1分。

 結構上達したと思う。

 さて、そんな草鞋装着自慢を一人でいつまでもやっている訳にはいかない。

 虎ちゃんに履かせて早速庭を散歩することになった。

 しかし庭と言ってもかなり広い。

 ちょっとした公園並みの広さだ。

「いいなぁ。こんな広い庭付の家に住めるなんて」

「お前も今は住んでおろうに」

「いや、ま、そうなんだけどね。自分の家じゃないじゃん」

「儂と共に暮らすのは嫌か?」

「違う違う、そうじゃなくて、元々俺の住んでいた所では考えられないほど広い所だから羨ましいなあって思っただけ」

「そうか。しかし、これを保つのも難しいものぞ」

「え?税金とか?」

「ゼイキン?税の事で良いのか?ならば国を保つ為に領民から年貢・賦役として納めさせておるぞ」

「あ、貰う側だったか。じゃ、何故保つのが難しいの?」

「お前も戦国の“時代”と申したであろう。越後の周りを囲む国に何時攻められぬとも限らぬ。また敵は外ばかりではない。国内にも調略を受けた者が寝返る事もある世の中なのだ」

(そういえば戦国時代だったな)

「これは難しいぞ」

 二人で歩く庭は良く手入れされていた低木の庭木が並び、地面は僅かな草も綺麗に抜き取られている。

 そこには乳白色の玉砂利が敷き詰められて、歩を進める度に良い響きが耳に届く。

 暑い季節の今、春日山の湧水を引き込んでいるのか2m程石で組み上げられた小山のような所から水が流れ、庭には人工的な小川が作ってあってそこを綺麗な湧水が流れているところは如何にも涼しそうに見える。

 高級旅館の中庭みたいだ。

「代償が大きい分だけ高級感が漂う庭なんだねぇ」

「お前も儂と共に守る事になってしまったがな」

 ケラケラと笑いだした虎ちゃんの手をそっと握って手を繋いでみた。

 右手は槍や刀を握る手だから左手を。

 これでも考えた方かな。

 気を使った事に自画自賛。

 手を繋がれた事に驚いた風の顔をしていた虎ちゃんだったが、まぁ、その手を振りほどく訳でもなく、にっこり笑ってくれた。

 俺的にはやっと普通に手を繋げたわけだけど、その後は無言で、何と無くそのまま庭を歩いているのが楽しかった。

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