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毘の華  作者: 逍遙軒
23/31

打擲

 大磯小磯の追撃戦を何とか退けた越後軍、ほっと安心したのもつかの間。

 このあと再びとんでもない知らせを受ける事になった。

 信州川中島で、甲斐の武田信玄が兵を動かしたらしい。

 おぉ!武田信玄でたよ!

 あれ?川中島ってもう3回も戦ったって言ってなかったっけ?

 じゃぁ今回は川中島の戦いじゃないのかな?

 まぁ佐竹さんも帰っちゃったし、ここで小田原から越後に帰る事になるのかも知れない。

 とか思ってたら、アワの里見さんて人が小荷駄を海上経由で送ってくれる事が分かった。

 そのお陰でもうちょっと小田原攻めが続くらしい。

 虎ちゃん以外はみんな慌てて退却しようと騒いでるけど大丈夫かな?

 そうそう、敵に囲まれた柿崎さんを、援軍を引き連れて助けに行った事が俺の初陣と看做されてしまい、その後の小田原攻めにはホントに羽生衆の大将として従軍させられる羽目になってしまった。

 とはいえ最前線に立つのは柿崎のおっさんとか本庄さん達で、俺は後詰として本陣に残ってる役だからまだ良いか。

 そんな中、小田原城からの攻撃が止まる事があった。

 本陣に居た俺にも分かる程に最前線は静かだ。

 何があったんだろ?

「ずいぶん静かになっちゃったけど、どうしたんだろ?」

 隣の虎ちゃんもちょっと理解し難いと言った風情だ。

万松軒ばんしょうけんめ、何を考えておるのだ…」

 酒をなみなみと注がれた盃をグイと呷りながらぼそっと呟いていた。

「ばんしょうけん、て何?」

 空いた盃に再び酒を注がせながら虎ちゃんがこっちを見た。

「ウジヤスだよ」

「うじやす?」

「北條氏康、小田原の大将で関八州を切り取り続ける大泥棒じゃ」

「へぇ、小田原の殿様はバンショウケンて言うのか」

「しかし城から兵が出て来なくなったのは幸いかもしれぬ。ここに幾人か手勢を残し、今より全軍を以て城に押し寄せよう」

 そう言うと直ぐに伝令を呼んで最前線の部隊に総攻撃の命令を出していた。

 良く分からないけど、城攻めは今がチャンスって事なんだろう。

 自分も馬に乗り、本陣を引き連れて小田原城の城門前まで出向く事になった。

 すると総大将謙信の出陣を聞いた関東地方から来た殿様達、この人達の動きは中々現金なもので総大将が動くならば。と、こぞって軍勢を小田原城に差し向けてきた。

 このお陰で小田原城門前は人馬で埋め尽くされる程に膨れ上がった。

 自分が城で守る立場だったら逃げだすこと間違いなしな程の攻撃軍の数だ。

 一通りの軍勢が配置に着いた所で越後勢が一番手で攻め寄せると、これを切っ掛けにして関東の殿様達の軍勢と一緒になって城門を壊そうと総攻めがスタート。

 猛烈な声と共に地響きが起こり、人馬の動きに伴って土埃が舞い上がる。

 城門や城壁に取り付く人数が黒山の人だかりとなった。

 城側からは鉄砲が火を吹き弓からは矢が放たれる。

 城門・城壁に辿り着く前に倒れる者、城壁に辿り着いてから槍で突かれる者。

 ちょっと前までは城門が開いて城兵が攻撃してくる事もあったけど、今回は門は締切のようだ。

「すげー!これが城攻めなんだ」

 この光景を見て唖然としてしまった。

 かなり怖いぞこれ。

 見てるだけで膝が震えて来る。

 しかし城の守りは堅くて攻めても攻めてもこちらの被害が増えるばかりで、城門を打ち破る事が出来ないでいた。

 最前線まで出向いて虎ちゃんも頑張ってたんだけど、なんだか矢鱈カッチカチの小田原城。

 全然落ちない。

 これに対して意地でも落とそうとしたのか、大磯本陣に残して来た手勢も呼んで総攻めする事になった。

 ところがこの小田原方の攻撃が止まったのは実は作戦だったらしく、城に全軍を引きつけた後にアワからやって来た里見さんの小荷駄隊を攻撃するためのモノだったみたいだ。

 本陣の大磯に隠れていた北條の軍隊が突然現れて、里見さんの小荷駄隊がヤラれちゃったんだとか。

 食料を盗る為の作戦だったみたいだ。これはヤバい。

 さすがの虎ちゃんも、この裏をかかれた作戦にはしてやられたみたいで、かなり肩を落としていた。

 このお陰で結局2月から4月の今まで、約50日くらい小田原城を囲んだ所で囲みを解く事になった。

 50日だよ50日。長かった。けど小田原城は落とせなかった。

 堅すぎるぞ。

 この城攻めが終結して小田原から退陣した時、今度は不思議と追撃が無かったお陰ですいすい鎌倉まで戻って来る事が出来た。

 これも北條さんの作戦では?と思わないでも無かったけど、とりあえず良かった良かった。

 また柿崎のおっさんを助けに行くなんて事になったら今度こそ死んでしまうかもしれん。

 合戦なんて本陣で眺めてるだけで充分です。

 結局この小田原攻めでは城を落とす事はできなかったけど、この鎌倉の鶴岡八幡宮まで無事に戻って来れた為に関東管領の何とか職をもらうのと、上杉さんと養子縁組の儀式をする事までは出来るようになった。

 やっと上杉謙信さんになれたね、虎ちゃん。なんとなく歴史的現場に立ち会ってるみたいで嬉しいもんだ。

 あ、間違いなく歴史的現場だったか。

 これで本当に未来から来た事が信用された事だろう。

 八幡宮に入って行ったのは虎ちゃんと義理の父親になる上杉憲政のりまささん、あと古河の将軍様になった足利藤氏ふじうじさんとか名乗る人だけで、家臣一同とそのほかの殿様達は八幡宮本殿からだいぶ離れた前庭みたいな広場で待たされる事になった。

 待つ事しばし。

 1時間位待ったのかな。

 皆辛抱強いな、腰が痛くなっちゃったよ。

 そしてようやく虎ちゃんが馬に乗って現れた。

 やっとこれで帰れる。と思ったとき、虎ちゃんに近づく馬上の人影が見えた。

 あれは…あ、成田の白髪親父だ!あの自分の家柄を自慢してたヤツ。

 虎ちゃんが馬を打たせてやって来るのを待って、越後の家臣一同や関東各地の殿様が馬を降りている所で、一人だけ馬に乗ったまま虎ちゃんに近づいて行った。

「なにやってるんだあの人」

 俺が独り言を言った丁度その時、成田の親父の異常な動きを見て周りがざわつき始めた。

 隣にいた本庄さんに目を向けると、予想もしていなかったように目を丸くして驚いた顔をしている。

 これはホントのアクシデントだったのか!

 急いで目線を戻してみると、成田の親父は馬上のまま虎ちゃんの目の前に着いていた。

 なんだか虎ちゃんの顔つきが険しくなったのが見える。

 ぶつぶつ言っているけど良く聞こえないな。

 後ろ向きだった成田の親父が偶然横を向いたのが見えたとき、その親父、厭らしく笑ってやがった。

 あ!

 その瞬間、成田の白髪頭がはっきりと見えた。

 虎ちゃんが持ってた鞭で、帽子みたいな被り物を弾き飛ばされたみたいだ。

 流石に怒ったか。

 成田の親父も初顔合わせの時にやり込められてたから、その逆恨みだったのかもしれない。

 確かにあの親父じゃやりかねない。

 今更だけど、本庄さんか直江さんにそれとなく伝えておくべきだった。

 しかも残念な事に、あのときのとんでもなく失礼な成田の親父とのやり取りを知らない人達は、虎ちゃんが鞭で叩いた所を見てざわつき出してしまった。

 知らない人から見れば、そりゃいきなり殴りかかる親分だから怖いかもしれないけど、本気になって恐ろしいとか猛々しいとか言い出してるよ。

 くそー、ここにいる皆に伝えたい!

 猛々しいんじゃなくて、成田のおっさんが図々しいのが原因なんだ!って。

 あのお家自慢は聞いてて腹が立ったもんなぁ。

 あ、成田の白髪親父が大声でなんか言ってる。

 皆の前で恥かいたとか何とか。

 恥かかされたのは虎ちゃんじゃね?

 おかしいだろ。

 偉くなった虎ちゃんに挨拶するために、他の人は馬を降りて待ってたんだぞ。

 それをあのオヤジは馬に乗ったまま近付いて厭らしげに笑ってた。

 自分のした事は棚に揚げて恥かいたとは。なんて図々しいヤツだ!

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