表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毘の華  作者: 逍遙軒
21/31

救援

 裏切りって事か。

「佐竹の本国で何か問題が起こったとは聞いていたが、まさかこんな時に黙って陣を抜けるとは」

「マジか。だまって居なくなっちゃうなんて」

 遠方から聞こえる喧噪が俺の不安を更に掻き立てる。

 隣では虎ちゃんが渋い顔で報告を聞いていたけど、そんな中もっと危ない報告が届いた。

「小磯にて殿しんがりの柿崎様の小荷駄隊が北條勢に攻めかかられ、壊滅寸勢!」

「なんだと!」

 柿崎のおっさん、一番後ろにいたのか。

「ちっ、今は柿崎の手勢のみで凌がせよ。そこに回せる人数が居ない!」

「はっ」

 伝令の騎馬武者が、もと来た道を戻って行った。

 なんだかチリチリとした空気が流れている。

 まだ遠方だけど、鉄砲の音とか騒ぎ声が聞こえて来てるのが嫌な雰囲気を助長している気がする。

 行くべきか。

 行くべきだよね。

 気に入らないが虎ちゃんの大事な部下だし。

 俺より遥かに役に立つだろうし。

「御屋形様」

「どうした?」

「このままだと柿崎さんはどうなっちゃうのかな」

 虎ちゃんは眉間に皺を寄せて目を瞑った。

「あやつの事だ、逃げ帰るような事はすまい」

 一言喋ったあと、長い溜息を吐いた。

「十中八九、無事に帰る事叶うまい」

 やっぱり死ぬって事だね。

 この溜息、あの柿崎のクソ親父でも虎ちゃんには必要な人材だって事を裏付けた。

 それに比べて俺ってなんだろう。

 皆に守ってもらっておきながら何の仕事もできない。

 大将役をしてるだけだ。

 未来に帰れるかどうかも分からないのにこっちで何の役にも立てないんじゃ、何れはどこかで野垂れ死にが関の山だろう。

 超怖いけど、勇気を振り絞ってみよう。

「俺、形だけは羽生の殿様なんだよね」

「形だけはな」

「今から少しだけ本物の殿様になってもいいかな」

「なんじゃと?」

「柿崎さんを助けに行く」

「戦での指揮を執った事がないお前がか」

「羽生の重臣達の何人かは俺が殿様じゃない事を知ってるよね。なら、その重臣達が指揮を執るって事で羽生衆を動かせると思うんだけど」

 虎ちゃんは何か考えるようにじっと俺を見詰め始めた。

 ダメかな?

 ビビリだからダメって言って欲しい気持ちもあるんだけどね。

 待つことしばし。

 うむ、沈黙が長い。うわぁ、手に汗を握っちゃったよ。どうだ?

「よかろう。良い考えじゃ。儂が重臣たちに話を付けて置く故、お前は羽生勢の本陣として重臣共に守られておれ」

「じゃ、俺、出陣?」

「うむ。急ぎ羽生勢の元へゆけ。共に我が命を伝令に持たせる故、思う存分働いてまいれ」

「ありがとう。超怖いけど、行ってくるよ」

「ちょう?うむ。お前の秘めた勇も見れた事は嬉しい。思う存分“ちょう”働くがよい」

 なんだか不思議な日本語が聞こえた気がする。

 とりあえずここはツッコミ所ではなさそうなので、華麗に聞き流して陣を離れた。

 とうとう俺も合戦の現場に向かうのかと思うと緊張しまくりで冷や汗が止まらない。

 あ、トイレ行きたいかも。

 そんな中、本陣から直ぐの所に集まっていた羽生衆の陣所に到着。

 すると重臣達が俺の周りに集まって来た。

 何かの命令が来たと思ったようで目がぎらぎらしている。

 この人達も合戦の最中だってことを自覚してるんだな。

 でも運が悪ければこの中の何人かは生きて帰れないかもしれない。

 俺が思いつきで言っちゃった事はとんでもない事だったのかも。

 今更ながら罪悪感がこみ上げてきた。

 虎ちゃんは何時もこんな気分を味わってたんだろうか。

 強そうに見えるけど、偶然俺に見せた涙は不意に心が折れそうになった時だったのかも知れない。強い人なんだな。

 そんな罪悪感はあるが、柿崎のおっさんを助ける事は今ここにいる人達を北條さんから助ける事なんだと自分に言い聞かせた。

 おぉ、緊張する!俺はこんなに人が居る所で大声を上げた事はなかったが、今は言わなきゃいかん時。

 息を吸いこんで柿崎隊への救援部隊になることを伝えようとしたその時、遅れてやって来た伝令に先を越された。

「羽生衆に本陣からの伝令にござる!只今より広田式部大輔に小磯の柿崎和泉守救援を申し付けるものなり。急ぎ兵を纏め押し出されよとの御下知にござる」

 うっほ。カッコよく決めようと思ったら先越されちゃった。

 すると俺を偽物と知っている重臣の一人が寄って来た。

 勢いよく、しかも小声で捲し立てて来たんだけど、器用だなこの人。

「政虎様は本気でお主を羽生勢の大将として柿崎殿の救援に向かわせる気でござるのか?」

 物凄く嫌そうな顔で迫ってきた。

 唾が顔にかかったんでのけぞっちゃったよ。

「い、いや、そうなんだけど、俺は軍の指揮なんてできないから、お宅らに任せますよ。俺はお飾り」

「なんですと!よくもぬけぬけと」

「まぁまぁ、あなた達は合戦のプロでしょ。形だけでも俺がいないと羽生衆は動けないだろうから仕方ないの。宜しく頼むよ」

「ぷろとは何じゃ、何の事じゃ?」

「あ、合戦のエキスパート、いやいや、合戦の玄人、達人、先達、先生でしょ。全部お任せしますんで」

「しかし」

「景虎様の命令だからさ、一つ宜しく頼みますよ」

 なんだかぶつぶつ言っていたがこの景虎様の命令に折れたみたいで、結局羽生勢は俺を先頭にして小磯の柿崎のおっさんを救援に向かう事になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ