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毘の華  作者: 逍遙軒
19/31

対立

 なんだかんだで長駆小田原に到着した俺達。

 途中で鶴岡八幡宮に少しだけ寄ったんだけど、なんだか虎ちゃんがチョイチョイっとお参りを済ませて出て来ちゃった。

 本格的に参拝するのは小田原から帰るときなんだそうな。

 しかし小田原城、海が近い!

 途中、湘南海岸だと思うところも通って来たけど、海と砂浜が綺麗で感動してしまった。

 やっぱり現代の海って汚れてるのかも。

 そう言えば平塚って、昔から平塚って言うんだねぇ。

 行軍中に平塚の相模川辺りに敵兵が潜んでるとか話してるのを聞けたから分かったんだけど、こっちの方まで北條さん出て来てるんだ。

 小田原まであと20キロくらいあったよなぁ。

 虎ちゃんも忙しそうだ。

 関東各地から集まった一癖も二癖もあるような殿様達を纏めなくちゃならないから大変ぽい。あっちこっちの陣へ走り回ってる。

 越後から一緒に来てる人達は問題無さそうだけど、他から集まった人達はうっかりすると勝手に休んでたりするからなぁ。

 俺も本陣で行軍するときは羽生勢の大将然としてろって命令だったから、それっぽく慣れない馬に乗って伴をしてるんだけど、結構ドキドキだね。

 俺は羽生の殿様で、謙信様の周りをしっかり固めてますよってアピールしなきゃならない、でも中身は偽物の羽生の殿様。

 なんとかやれてるのは、面頬で顔を隠していた事と、羽生の殿様が自尊心を傷つけられるからって事で、俺が大将と入れ替わってる事を知らされていたのは羽生側では重臣の数人のみだった事、それ以外には緘口令を布いて内諸にしてくれたお陰だった。

 羽生からの人達に怪しまれずに済んでるのはとてもラッキーな事で、皆自然について来てくれてる。

 ちなみに後で聞いた事だけど、意外とこれが古河の偉い人達を纏めるのに一役買っていたそうな。

 羽生の殿様は古河の偉い人の家老さんらしいんだけど、その人が謙信の陣にずっと居るって事で、梁田さんと名乗るもう一人の家老さんが古河の家は信用されてるって喜んでたそうな。

 この梁田さんが筆頭家老だったから古河の偉い人の周りの人数は真面目に付いて来てたのだとか。

 へぇ、俺も役に立ったじゃん。

 て、言うか、虎ちゃんは最初からコレが狙いだったのか?

 とすれば凄すぎるぞ。

 凄過ぎて感動してきた。

 そんなこんなで行軍も平塚を越えた所で小休止となったみたいだ。

 歩きも疲れるけど、馬に乗るのも慣れないから結構疲れるもんだね。

 俺は轡持ちの羽生の旗本さんに手綱を渡して馬を降りた。

「うっあ~~~!!」

 思いっきり伸びをして背中をボキボキさせると気持ち良い。

「海が見れて気分が良いねぇ、さてと」

 俺は旗本さんに馬を任せると、早速虎ちゃんの所まで向かって行った。

 一応傍小姓の仕事があるから結構忙しいんだよね。

 直ぐに偉い人が集まってる所に到着したんだけど、そこでなんだか難しそうな話をしていた。

 当然のごとく殆ど何を言ってるのか分からなかった俺が唯一聞き取れた言葉は、小田原攻めの本陣をここに作るって事だった。

 ここは大磯の宿河原って所らしいんだけど、守るも攻めるも小田原までの距離が丁度良いらしい。

 そう言えば大磯のロングなビーチってこの辺りかな。

 小さい頃に聞いた事のあるCMソングを口ずさんでいたら周りに変な顔された。

 それにはもう慣れてますよ。

 さてさて、既に宿河原は集まった関東の人達でごった返し、皆好きな所に陣幕を張りだしていた。

 家主が逃げ去った大きめの農家や村の神社、どこかの末寺なんかに思い思いに家紋の描かれた幕を張り付けて行き、壮大なキャンプ場が作られつつあった。

 俺達小姓連中もちょっとだけ小高くなっているところにある、高来神社とか呼ばれている神社を本陣へと作り変えていたんだけど、そんな時に柿崎のおっさんが近寄って来やがった。

 このおっさん苦手なんだよなぁ。

「広田、おのれも儂のお陰で馬に乗る姿も様になって来たではないか」

 自慢なんだか誉めてるんだか。

「まぁ、そうですねぇ」

 俺は手を休めずに、心ここに有らずと言った体で返事をしてみた。

「なんじゃ、儂の教えではないと申すのか?」

「いえいえ、その節は有難うございました」

「分かっておれば良いのじゃ」

 くぅ~、偉そうにしやがって。

「時に儂は一手の大将として小田原城に攻め寄せる事になったのじゃが、広田、その方も只飯を食らう訳にもいかぬじゃろう。その歳で初陣もないもんじゃが、儂の後詰として使ってやらんでもない。羽生衆を連れて儂について参るがよい」

「え!?い、いやぁ、合戦は勘弁して下さいよ」

 マジで勘弁して下さい。

 合戦経験がないどころか、人を指揮した事もない俺に何を期待してるんだこの親父は。

「ちっ」

 柿崎のおっさんが口を鳴らして何時もよりさらに白い目を向けて来た。

「なんじゃ。やはり腰ぬけであったか。御屋形様は何が良くてこのような者を傍に置いているのやら」

 お?ここで虎ちゃん関係なくないか?

 何で今それを持ちだしたんだこの親父。

「その言葉は虎、じゃなくて御屋形様を馬鹿にしてるって事ですかね」

「何を言っておる、これじゃから役にも立たぬ得体の知れぬ者は近づけぬ方が良いと言っておったのじゃ」

「柿崎さん、あんた何しに来たの?嫌味が言いたかったのかな」

「ほう、嫌味は分かるのか。口だけは達者なようじゃな」

「俺、本陣作るので忙しいから邪魔しないでもらえますか」

「ふん」

 柿崎の親父、今鼻で笑いやがった。

「まあ良い。その方と羽生の衆が居らぬでも小田原城など直ぐに捻ってくれるがな。おのれは物影にこそこそ隠れておるがよいわ」

 むかつくー!

 なんで俺がここまで言われなくちゃならないの?

 たかだか馬に乗れるくらいで威張り散らしやがって。

 来たくもない過去ところに落とされた揚句にこの言われよう。腹立つわー。

「柿崎さん、あなたねぇ、人を見下すその態度、何とかならないもんなの?人の上に立つ者としてみっともないよ。仮にも越後の偉い人なんでしょうが。俺にそんな態度を取る様だと他の人達にもそんな事してるんでしょう。なんだか御屋形様を引き合いに出してましたけど、それは御屋形様の顔に泥を塗りたくるようなもんですよ」

「何じゃと!言わせておけば何たる暴言!」

「暴言を吐きまくってるのはあなたでしょう」

 柿崎のおっさんの顔が真っ赤になってきた。

「おのれ、儂は端からその方が気に食わんかった。どうやったのかは知らぬが御屋形様に取り入り何の武功もなく羽生の大将など任されおって。そもそもが怪しい奴よ、ここで儂が切り捨てても誰も苦情を申し立てる者はおらぬ故覚悟せい」

 柿崎のおっさんが腰の太刀を抜きやがった。

 やばい。こっちでは口論が切り合いになるの忘れてた。

 どっちに逃げよう。

 そのとき偶然にも本陣作成中の神社に通りかかった人がいた。

「その方ら、何をしておる」

 おぉ!天の助け。虎ちゃんと直江さんが登場だ!

「柿崎、何故太刀を抜いておる」

 柿崎のおっさんがちょっと慌てたように俺と虎ちゃんを見るようにして太刀を鞘に納めた。

「い、いえ、この者が余りにも暴言を吐くので懲らしめてくれようかと」

「その方の懲らしめとは太刀で打擲ちょうちゃくするものなのか」

「それは、その」

 虎ちゃんの目が冷たく光った気がした。

「余計な事はせぬとも良い、もし広田を討っていたなら柿崎、己の首も胴に繋がってはおらなんだぞ」

「は、ははっ」

 冷や汗をかきまくって柿崎のおっさんは去って行った。

 危なかった。助かった~。

「御屋形様、ありがとう」

 この事件で、ほんとにちょっとした事で命のやり取りになっちゃう事が身に染みて分かったよ。

 俺も柿崎のおっさんと変わらない位に冷や汗をかいてたみたいだ。

 脇の下が冷たい。

「広田、お前が柿崎に何を言ったか知らぬが、やつは剛直なもののふ。単純であるが故に儂を助けようと必死の働きをするのだが、それはまた言葉では争いの種ともなる。しかし根は素直な男。笑って聞き流してやってくれぬか。あれもお前と同様、儂には必要な男なのだ」

 なんとなく腑に落ちないものもあったが、ここで事を荒立てても意味がない事はわかる。

 柿崎のおっさんは気に入らないけど。

「虎、じゃなくて御屋形様がそう言うなら」

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