遺恨
さて、なかなか二人だけの睦合う時間なんてものは取れないようで、俺は外交の訓練とやらで自分で掃き清めた客殿に虎ちゃんの側小姓として付いて行き、成田の殿様を見る事になった。
この人は俺がこっちに来る前に城を攻められてた人みたいで、初めは小田原の北條さんの味方だったそうな。
城下町を燃やされちゃったんで急いで味方になったんだとか。
そういえば忍城って近くを通ったことあるな。
確か歴史民俗資料館があって三階櫓が建ってたような。
あんなところにもホントに殿様が居たんだねぇ。
その人が客殿に入った知らせを仲間の小姓さんが知らせに来てくれた。
「広田、参るぞ」
虎ちゃんと一緒に座敷を出て、さっき花挿しに雪椿を飾った客殿・客間に歩いて行った俺達。
そういえば太刀持ちはしなくていいのかな?
映画なんかでは殿様の後ろに付いて歩く太刀持ちが居た気がするなぁ。
まぁ荷物が無ければ楽なんだけどね。
客間入口に到着すると、俺は前後を虎ちゃんと入れ替わって上座になる方の障子の前に座った。
俺が障子に手をかけて、開く準備をしたところで、先に待っていた小姓さんが主人来着を告げた。
この小姓さん、綺麗な通る声だ。流石にこの役に選ばれるだけの事はある。
その声に合わせて障子を開き、虎ちゃんを中に進ませてから俺も入って行った。
中には既に直江さんが座っていた。
なるほどね。流石に敵だった人と殿様2人だけでは会わせられないのか。
お伴の俺は刀も使えない甘ちゃんだからボディーガードにもならないし。
上座右隣に座っていた直江さんに目配せをして上段に座る虎ちゃん。
俺はその後ろに続き、障子を閉めてから左脇に座った。
先に部屋に入っていた直江さんがさっそく成田の殿様を紹介しはじめた。
「御屋形様、こちらが忍城主の成田下総守長泰殿にござる」
平伏していた成田の殿様が更に身を低くした。
「そうか」
返事と同時に直江さんに向けていた顔を成田の殿様に向け直した。
流れる様な動作がカッコイイね。
「長泰殿、その方の我が陣への参陣、嬉しく思うぞ」
声をかけられて顔を上げた成田の殿様は白髪の老人だった。
ちょっと癖のある腹黒そうな感じの爺さんて言うのが俺の感想。
まぁ、嫌いな顔立ちの部類ですなぁ。
「景虎殿には参陣の遅れ、これをまず謝らねばなりますまいな」
「遅れたとは言えこうして参陣したのだ。それについては何も申すまい。これよりは我が長尾に従い譜代の様に尽くしてくれる事を望む」
成田の爺様、ちらっと笑ったように見えた。
「景虎殿は管領上杉様の御名代と承ってござる。我が成田家はそもそもの主である上杉様であれば臣従するも吝ではござらぬが、長尾殿では我が成田家とは家格が違いまする故、聊か」
あれ?この人合戦に負けたんだよな、なんか態度がデカくないか。
しかもこの親父、すっげー腹が立つ言い方をしたような気がする。
これが負けた側の喋り方なのかな。
ちらっと虎ちゃんの方を見たら、やっぱり不機嫌そうに見えた。
奥の直江さんも態度には出さないけど、不機嫌な表情に変わって来たぞ。
いくら時代が違うとは言え、初見の相手、しかも勝った方にこの言い方は無いよな。
何この親父。
「長泰、その方何か心得違いをしておるようだ」
虎ちゃんは人ができてるな。流石に大人の対応してる。
「左様でございますかな?少々遠慮し申しても我が成田家と長尾家は同等の間柄かと思われるが」
「確かに儂は未だ長尾ではあるが、当月には小田原へ向かう心算である。その後鎌倉の鶴岡八幡宮に参り、関東管領職補佐の綸旨を受け、合わせて上杉の氏を相続する。ならば我が長尾に臣従するは上杉に臣従するも同じであろう」
この言葉を聞いた成田の爺さん、大笑いを始めやがった。
どうした?
頭のネジが一本抜け落ちたのか。
「長泰殿、無礼であろう。笑いを納められよ」
直江さんが静かに抗議した。そりゃそうだ。
でも成田の爺様はその直江さんを一瞥しただけで無視して虎ちゃんに再び話しかけやがった。
「景虎殿、我が成田家の本姓は藤原にござる。上を辿れば右大臣藤原師輔を祖とし、下っては八幡太郎義家公と共に馬を並べた家柄にござるぞ。本来ならば上杉様とて我が成田家と同等の家柄。その家に対して長尾殿は臣従しろと言われるのか」
何だこいつ、自分の家柄を自慢したいだけなのか?
“景”虎って呼んでるけど、上杉さんからもらった“政”虎の名前をワザと呼ばない心算だったのかも。
「長泰、その方それほど家格が大事であれば何故城を攻められた折りに許しを乞うたのじゃ。家格を楯に儂に歯向かい続けておればいちいちこうして儂に頭を下げる苦労も無かったであろうに」
おっ、虎ちゃん言うね。
男らしいぞ!いや、男らしく見えるぞ。かな。
「遠慮はいらぬ。今からでも兵を集めて攻め寄せられても一向に構わぬぞ」
そういって立ち上がろうとした。
決裂か?
すると慌てたように成田の爺さまが右手を上げて、立ち上がった虎ちゃんを制するようにパタパタさせていた。
ちょっと滑稽で面白い。
「ま、待たれよ“政”虎殿。何も儂は臣従せぬとは言うてはおらぬ。上杉の氏を頂いてからであらば近隣諸将も納得すると言うものではござらんか」
なんだ、負けず嫌いの見栄っ張り爺だったのか。
虎ちゃんも呆れ顔になってるのが分かる。
「左様であるか。ならば長泰、儂が上杉の名を頂くまでは我が下知は聞けぬ。と申すのであるな」
「いかにも。でなければ関東諸将に示しがつかぬ故」
「ならばこれから申す事は、関東管領上杉憲政様から全権を委任された名代からの言葉として心得られい。成田下総守長泰、その方長尾政虎と軍を共にし、小田原攻めでは先鋒を申しつけるものなり。生涯の働きをここぞと思い懸命に努めるがよい」
最前線送りか。成田の爺さん顔が蒼くなったぞ、ザマミロ。
「それは、我が成田家を小田原の矢面に立たせると仰せなのか」
「全権委任を受けている長尾と同等の家柄であると自負するならば先鋒を受け持つことは当然の理である。これを関東管領の下知と思われよ。また小田原の北條は元を辿れば室町政所執事を世襲する伊勢氏である桓武平氏維衡流。そう考えれば家格は成田家よりも上、不足はあるまい」
「し、しかし我が成田の人数では」
「その方も坂東武者であらば人数には頓着すまい。頼んだぞ」
マンドコロ?コレヒラリュウ?相変わらず難しい事を言ってるけど、これで成田の爺もぐうの音も出なくなったようだ。
だいぶスッキリした。
なんだか不服そうに成田の爺様は出て行ったけど、結局は虎ちゃんの家来になることを呑んだみたいだな。
でもこれが虎ちゃんの言う外交だとすれば、全然出来そうにない。
先が思いやられるなぁ。
なんだか喧嘩腰になっちゃった感じの成田の爺様との接見だったけど、良い勉強になった。
これからもっと色々覚えないとこっちの世界ではやって行けないな。
この成田の爺様の他には、是と言って面倒なやつはいなかったみたいで、愈々小田原に向けて出発となった。
出発したのは2月初め。
最初に向かったのは蕨の城だった。
こんな所にも城があったのか。
他にも志村って所にも城ってあったんだねぇ。
どちらも北條さんの城だったので軽く合戦があったみたいだけど、本陣にいた俺は合戦に参加しなかったからちょっとした旅行気分を味わっていた。
葛西にも城があったのか。知らなかった。
なんだかこの辺りまで来ると、周りにいる人数が果てしなく多くなってることに気が付いた。
何人くらい居るんだろう?
気になったんで軽く聞いてみると、なんと10万人も集まってるとか。
10万人。一つの町がそっくり移動してる事になる。
すごい。
こんなに大勢の軍隊を動かせるなんて、改めて見直してしまった。




