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毘の華  作者: 逍遙軒
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雪椿

 そんなこんなで時が過ぎ、正月を迎えると各地からの殿様達が虎ちゃんへの参賀拝礼に集まり、其々への手当を済ませていった。

 及ばずながら、俺も細々とした事を手伝っているうちに各地の情勢も分かって来るようになり、軍議なんかの表向きではなく、奥向きの方で意見を求められる事が多くなってきていたのは自慢の一つでもあったりする。

 頼られ始めたのがちょっと嬉しい。

 そして2月に入ってから鎌倉に向かう事が決定。

 途中の小田原北條氏の支城は、血族城代の籠る城以外は悉く味方になったらしい。

 戦国時代ってこんなに簡単に敵が味方になっちゃうのか。

 俺が小田原の北條さんだったらやり切れないだろうなぁ。

 とか考えないでもなかったが、味方が増えるってのは良い事だ。

そんなある日、俺を含む傍小姓に岩付城の客殿を掃き清めるよう指示がでた。

 もちろん俺もちゃんと小姓の仕事で掃き掃除を始めた。

 いくら不味いからといっても只飯を食らう訳にはいかないからね。

 社会人として弁えねば。なんちてな。

 しかしこっちに来て2カ月にもなると結構慣れるもんだ。

 あ、いやいや、食い物で思い出したけど、慣れるものと慣れないものがあった。

 それはトイレに困るのと、腹の調子が悪い事。

 こっちでは厠って名前のトイレはあるけど尻を拭く紙が無いからねぇ。

 それを考えると洗浄便座ってモノは有難いものだったんだな。

 普通に使えてたときは有難味なんて微塵も感じなかったのに。

 あと、思った通りと言うか、どうやら寄生虫が腹に住み着いたらしい。

 この時代は全体的に清潔なところじゃないみたいだから寄生虫の卵が手にでも付いていたんだろう。

 尻が痒い。ギョウチュウかもしれないな。

 虫下しもないし、やっぱり現代人は平成の世じゃないと生きていけないっぽい事が身に染みて分かった。

 そういえば急病になったり重症を負ったらどうなるんだろう。

 想像するだけで怖すぎる。

 生活環境が生まれ育った平成より悪い時代へのタイムスリップなんて甘いもんじゃないんだね。

 さて、愚痴はそのくらいにして、箒で掃き清めたから次は米のとぎ汁を使って床板を磨く作業だ。

 これはけっこうキツイ。

 水は冷たいし腰と膝を痛めそうだ。

 しかし俺以外の小姓さんは愚痴一つ言わず黙々と作業を続ける姿には感動するところだった。

 良家の子息って話だったけど、小学生くらいの年齢なのに無限の体力だし気も利く。

 良家ってのは色んな意味で凄い人を輩出するのかもしれない。

 偶然手紙の様なものを書いていた所を覗いた事があるんだが、これが達筆過ぎて俺には読めないほど。

 草書っていう書き方みたいで、古文書を見てる気分だった。

 あ、古文書か。

 それ見てから10歳の小姓さんが文字の先生になり、草書を楷書に直してもらって文字を教えてもらってる始末でござるよ。

 楷書も知ってる書き方と違うし平仮名も数が50音どころじゃないから覚えるのが大変すぎ。この頃の人は頭も良いんだな。

 イメージでは戦争ばっかりやってた戦馬鹿だと思ってたけど、全然違ったみたい。

 ようやく掃除も一段落したころ、そんな時に本庄さんと虎ちゃんが客殿にやって来た。

「皆、苦労。美しく清めてあるな」

 本庄さんは満足げな顔をしてる。

「広田、また越後から雪椿が届いた故、ここにも花挿しに一輪飾っておいてくれ」

 虎ちゃんはよほど雪椿が好きなのか、こっちに居る間じゅう越後から雪椿を送らせてるんだそうな。

「了解。早速飾っておくよ」

 本庄さんの咳ばらいが聞こえた。

 あ、いかん。まだ小姓さん達が居たんだっけ。

「う、あ、いえいえ、急いで飾らさせて頂きますでございます」

 なんだか良く分からない日本語になってしまったが仕方がない。

 呆れた顔の本庄さんはもう見慣れたし、小姓さん達も俺に気付かれない様に笑う所も知ってるからね。

「それとお前に話がある。椿の花を指し終えたら後で儂の所に参るように」

 にこりと微笑んでそう言うと、くるりと身を翻して廊下を颯爽と歩いて行った。

 かっこいいねぇ。

 本庄さんと前後に2人、並んで去って行くのを見送ってから、俺は早速越 後から到着したらしい荷車のところまで行ってみた。

 広場のようになっている庭に、所狭しと色々な荷物が並べられていたんだが、その中に蓆に巻かれて大切に持って来られたような根付きの椿の木が何本か立っているのが目に入った。

「これだな」

 花芽も沢山付いているみたいだ。

 開きかけの蕾は紅白の2種類。

 俺は断ち挟みを使って紅白の2枝を取り、一枝を客間に、もう一枝を手に取って虎ちゃんの所に向かう事にした。

 しかし雪椿って、名前の通り雪が降る時期に咲く花なんだね。

 寒い時期に花を付ける植物がある事自体知らなかったけど。

 そんなこんなで虎ちゃんのいる座敷まで到着。

 障子の前で一度座って中に声をかけた。

 俺も中々染まってきたもんだ。

「入れ」

 内側から声がかかった。

「おじゃましまーす」

 中に入り、虎ちゃん一人しかいない事を確かめた。

 良かった、誰もいない。

 誰かいると気を抜いて喋れないのが辛いからなぁ。

 後ろ手で障子を閉めてから、何か書き物をしている虎ちゃんの前まで歩いて行き、「これ、良かったらどうぞ」と花瓶が見当たらなかったので、徳利に雪椿を一輪指したものを机の上にそっと置いてみた。

 筆を持ったままその徳利にちらっと眼をやった虎ちゃん。

 ほう。と感嘆の声を上げた。

「お前には数寄の心があるようだ。まさか酒徳利に生けた花がこれほど映えるとは」

 首が細長い素焼きの白い徳利だったので、意外と見栄えがするだろうとは思ってたけど、喜んでくれたなら嬉しいもんだ。

「気に入ってくれたなら嬉しいよ」

「うん、気に入った」

 花を見る目はとても優しそうに見える。

 これが何万人もの軍を従える殿様なんだから、偶然とは言えこんな女性ひとの近くにいられるなんて奇跡だよな。

「どうかしたか?」

「ん?ちょっと見惚れてただけ」

「儂にか」

「花に」

「なんじゃ、つまらん」

 これぞ睦事って感じですなぁ。なんだか楽しい。

「ところで、何の用だったの?」

「おぉそうじゃ、今日武蔵の忍から成田長泰が参る事になってな、これを機会にそろそろお前にも外交の経験を積ませねばならぬと思うたのよ」

「外交!?そんな事、俺にできるかな」

「成せば成るものぞ。まずは儂の傍に控えて見ておれ。何れはお前にも一廉の大将になってもらわねばならぬ。いつまでも傍にいて欲しいからな」

「それは惚れられたって事かな」

「そう取ってくれても構わぬよ」

「そう、じゃあそうしよう」

「その前に儂と釣り合うように精進せぬとな」

「へ~い」

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