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毘の華  作者: 逍遙軒
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睦言

 あれ?

 いつの間にか眠っちゃったらしい。

 隣に顔を向けてみると、そこには虎ちゃんが寝息をたてている。

 安心してその寝顔を見ていたら気が付いたみたいだ。

 手を伸ばしてぎゅっと俺を抱き寄せると、自分の胸に俺の顔を押しつけた。

 とたんに鼾が…。

 寝ぼけてるのか。

 まぁいいか。

 俺はそのまま、ある様な無い様な微妙な胸の中に顔をうずめながら今後を考えてみた。

 もしこのまま戻る事ができなかったらどうなるんだろう。

 虎ちゃんの世話にならなきゃいけないだろうから、せめて馬くらいは乗れるようにならないとなぁ。

 でも槍とか持って合戦とかするのは勘弁してもらいたいもんだ。

ならどうする?

 自問自答しているうちにすっかり目が覚めてしまった。

 そっと虎ちゃんの手を解いて屋敷の障子を開けてみた。

 10歳くらいの小姓さんが寝ずの番をしていたみたい。

「いかがなされました?」

 う、これは子供に色んな事を聞かれちゃったかもしれん。

 情操教育に悪い。

 一人顔を赤くした俺だったが、とりあえず誤魔化してみた。

「なんでもない。星空を見たかっただけだよ」

 まだ暗い空には月も見えないが、満天の星はキラキラ輝いて綺麗だ。

 すると後ろから虎ちゃんが肩を包むように寄りかかって来た。

「あ、起こしちゃった?」

 にっこりほほ笑むその表情が良いね。

 惚れちゃいそうだよ。

「ところでさ、虎ちゃんって、旦那さんはいないの?」

「旦那じゃと?」

「うーん、立場上なんて言えばいいんだろう、正室?なんか違うな。愛人、お婿さん」

 幾つか並べてみたがどれもしっくりこないもんだ。

「もしかすると儂の連れ合となる者は居るかと聞いておるのか?」

「そうそう、それ」

「儂に連れ合いか。そうなれば越後は蜂の巣を突いた様な騒ぎとなるぞ」

「婿さんもらってその人に家を継がせちゃえば、楽になるんじゃないかな」

 声を立てない様に笑うところがどうにも琴線に触れるね。

「やはりお前は面白い。お前の居たと言う先の世ではそれが当たり前なのかもしれぬな」

「ダメかな」

「我が家は未だ危うい。儂で繋がっておるようなものなのだ。先の越後守護職が養子縁組をして争いが有ったと話しただろう。間違いなくそうなる」

 話しが難しすぎて覚えてないんだ。すまない。

「だめかぁ」

「儂は女故に正室を迎える事ができぬ。しかし表向きには男だからな。周りは早う正室を、せめて側室を作って世子を残せと言ってくる。おかしかろう」

 相変わらず声を立てずに笑っている。

「儂が子を産んだら皆驚くであろうな」

 なかなか笑いが止まらないようだ。

「しかしこれを逆手に取っておるのだ。仏に帰依し、女犯にょぼんすべからずの戒律を堅く守っておる故に戦にも勝ち続けておる。と言う事にしておけば誰も怪しまぬ」

「へぇ、そういえば上杉謙信はBLだったって、どっかで聞いた事ある」

「びーえるとは何じゃ」

「ボーイズラブ。男同士で好きの嫌いの言うヤツ」

「若衆道の事か!儂が若衆道とは、これは面白い」

 心底おかしそうにケラケラ笑い始めた。

 この時代、同性愛の事は『わかしゅうどう』って言うのか。

 まぁ笑っちゃうよね。普通。

「現実を知ると違うもんだ」

「広田、お前は儂が女だと言う事は知らなかったのか」

「さっき初めて知った」

「なんじゃ。先の世から来たと言うておったから知っていると思ったぞ。しかし今、儂を上杉謙信と呼んだな」

「あれ?上杉さんじゃないの?」

「儂はまだ長尾じゃ。越後では管領殿から上杉の養子として姓は頂いたが、これは鎌倉の鶴岡八幡宮で管領職補佐の綸旨拝領と同時に、正式に頂戴せねば公には名乗れぬ」

「難しいね」

「しかし今の言葉で儂が北條領の鶴岡八幡宮まで行ける事は間違いない事がわかった」

「なぜ」

「お前が儂を上杉と呼んだが故じゃ」

「なるほど」

 すると虎ちゃんはすっと起き上がって衣装を整えた。

 そうそう、俺もこっちに来てからは服が無かったから、体格の似ていた柿崎のおっさんに服を借りていたんだけど、しかしあのおっさんには借りを作りたくないもんだ。

 あのやろう、服を貸すとき物凄い嫌そうにしてやがったからな。

「儂らは明朝、古河の御所に向かう事になる。日が昇ったら出立する故、お前も早う寝て明朝に備えよ」

「畏まりました。御屋形様」

 俺はちょっとだけ言葉づかいを変えてみた。

 虎ちゃんは満足そうに笑っていた。

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