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毘の華  作者: 逍遙軒
12/31

出自

 本庄さんはそのあと直ぐに座敷を出て行き、再び謙信さんと二人っきりになった。

「さきほどは不浄なものを見せてしまった」

 なんだか青かった顔が赤くなってる。

 女性として見れば中々可愛らし顔ともいえるな。ちょっと下膨れ気味だけど。

「ところで謙信さんて、年はお幾つなんですか?」

 場を持たせる為にどうでもいい事を聞く俺。

「儂は31じゃ」

 31歳か。たしか昔は数え歳だったから1引いて30歳か。なるほど。

 俺より5つ年上だ。

「広田」

「え?なんです?」

「儂を謙信さんと呼ぶのはやめよ。他の家臣共と同じように御屋形様か、景虎様と呼べ」

「へぇ、本名は景虎って言うんだ」

「今年の初めに管領殿の偏諱を受けておるから政虎とも言うがな」

「景虎の方がカッコイイっすね。なら虎ちゃんで」

「虎ちゃんだと」

 一瞬、目に殺気が籠った気がする。

 すいません調子に乗りました。

「虎か。昔母上にお虎と呼ばれていた事を思い出した。懐かしさに免じてゆるそう。だが家臣の前ではその名で呼んではならぬぞ」

 て、事は二人だけのときは虎ちゃんで良いんだ。

 なんだか予想外にフレンドリーだな虎ちゃん。

「ところで、今まで女だって事はずっと黙ってたんですか?」

「うむ、栃尾から一緒にいた本庄以外は知らぬ。それに、話せば長い事だ」

 虎ちゃんは遠い目をして昔話を始めた。栃尾ってなんだろう。

 しかし過去に来た俺が、更に昔話を聞くって、どんだけ過去に遡ればいいのかねぇ。

とか思ってるうちに話し出してくれた。

「我が父為景は子に男が欲しかった。家を守る為にな。しかし上三人までは男であったのだが、4人目の儂は女。この為に儂は父に疎んじられた」

 そういえば昔の人って、男は名字があるけど女の人は名字が無いどころか、名前も残ってないとか聞いた事あるな。全国的に大事に扱われなかったのかな?

「家を残す事が最も大事。故に家に残らぬ女は大切には扱われぬが常、特に儂が生まれた頃の越後は戦続き、周り全てが敵だった故、致し方ない事ではある」

「そうなんですか」

 なんか上手い事言えないなぁ。こんな時に女性に優しい言葉を掛けられないなんて情けないかも。

「儂は幼くして城を出され林泉寺に入れられたのだが、その時、何故かは知らぬが父為景から林泉寺の和尚の天室光育てんしつこういく様に、儂を男として育て上げ、教えを授けてくれるように頼んだと言うのじゃ」

「天室光育様ってどちら様ですか?」

「あぁ、そうだったな。光育様は林泉寺の和尚、儂の師父じゃ」

 師父って、なんだか偉そう。

「儂は外の事など何も知らずに林泉寺で過ごしておったのだが、その後の天文11年に父が身罷り一番上の兄、晴景が跡目を継いだ。国が揺らいでいたこの時期、父が死んだとあればその子等は真っ先に狙われる。故に儂は林泉寺から戻され栃尾の城に移された」

 なんだか物凄く難しいんですけど。

 話について行けるか心配だぞ。がんばれ俺。

「栃尾に移って暫くすると、その頃は守護職、上杉定実が自らの勢力である長尾房長と上杉定憲、他にも揚北衆に祭り上げられて勢いを付けていたこともあってな。兄晴景は儂に兵を預ける故、守護代である自らの勢力に対抗するその者らを鎮圧せよと言ってきた」

「最近まで寺に住んでた妹に戦えって言ってきたんですか?お兄さんが」

「そうだ。表向きは守護代の弟と言う事になっていたからな。敵対する勢力に兵を差し向ける一手の大将としてはこれ以上の適材はおるまい」

「まぁ、なるほど。で、虎ちゃんが戦う事になったんだ」

「いや、兵を集めて戦う前に、逆に攻められた。守護の上杉定実が伊達稙宗の子を婿養子に向かえようとしたときだ。これに反対した国人達が二手に分かれて争った。これを兄晴景は押えることができなかったのだが、そのとき儂の居た栃尾の城も攻められた」

「え?大丈夫だったんですか」

「“大丈夫”だと?儂は女だと申しておろう」

「は?」

「どうやらお前の居た世では言葉の意味も違うらしいな。まぁ良い、続けよう」

「はぁ」

「城は攻められたが事無きを得た故、此処にこうして居るのだ。儂は攻めてきた敵を屠ってやった」

「あぶなかったっすね」

「まぁ、危なかった。広田、お前と話していると大事が大事でないように聞こえて来る」

「すいません」

 ちょっと真剣味が足りなかったかな。反省。

「ところが、再び守護方だった黒田秀忠が謀反をおこして春日山城に攻めてきたことがあった。このとき偶然春日山城にいた儂は、床下に隠れて難を逃れたのだが、上の兄二人が討たれてしまってな」

 うわぁ話が重いぞ。兄弟が殺されちゃったのか。

「すいません。まずい事聞いちゃったっすね」

「いや、構わん」

 虎ちゃんは溜息を一つ吐いていた。

「そもそも越後の領主達が、晴景の兄上を蔑にして勝手に国内を乱れさせおるのだ。おそらく父は、この兄上の気弱な性格を知っていたからこそ下の兄弟三人で助け合う為に、儂を男として育てようとしたのかもしれぬ」

「じゃぁその後は兄弟二人だけで戦ってきたんですか」

 俺が不憫そうな眼差しをむけると、虎ちゃんは笑っていた。

「二人ではない、儂一人だ」

「えぇ?お兄さんは何してたの?」

「病で伏せっていた」

「ずっと?」

「ずっとだ」

「まじっすか」

「まじ?とは何ぞ?」

「あ、いやいや、お兄さんは病弱だったんですねぇ」

「そうだな。それ故儂が謀反人黒田を懲らしめたのだが、やはり統率力のない兄晴景を快く思わなかったのだろう、翌年再び兵を上げおった。この為黒田を滅ぼしたのだが、是が元で儂は兄晴景とも仲が悪くなってしまった」

「なんでまた。お兄さんの命令で働いたんでしょ?」

「そうなのだが、周りはそうは見てくれなかった。病弱で国を纏められぬならば弟の儂を擁立して越後を立て直そうとした」

「ありゃ、確かにお兄さんとしては辛いかも」

「で、あろう。儂が女だと知っておるから尚更だ。しかしもう兄弟は儂と兄晴景しかおらん。だが兄には人望が無かった」

 晴景さん、立場ないね。同情しちゃうな。

「儂が女だと知るものは兄晴景と叔父、高梨政頼、それに栃尾の城から一緒にいる本庄実乃のみだ。これが都合が良かったらしくてな。黒田平定を見た揚北衆の中条藤資、母方の実家である長尾景信や直江実綱、山吉行盛らが儂を祭り上げおって、兄に退陣を迫った」

「今度は兄弟で喧嘩ですか」

「そう。大喧嘩だ。越後全土を巻き込む程の兄弟喧嘩」

「壮大だなぁ」

「この争いが余りに大きすぎた為に、国内の混乱を避けたかった守護の定実様が兄との仲を取り持ってくれてな、これで儂は兄とは争うことなく養子となり、春日山に入って長尾家の家督を継ぐ事になった」

「なるほど」

 なるほどとは言ったものの、殆ど分からなかった。

 右から左に抜けて行く感覚ってこんな事なんだろうな。

 もう頭のキャパ一杯。頷いてるけど、半分もわかってません。

 ホント申し訳ない。

「儂には最早兄も父もおらぬ。国を纏める為にも女だと言う事を忘れねばならぬ」

 あれ?泣き出しちゃった。こんな所本庄さんに見つかったら、俺、首を刎ねられちゃったりする?

 びくびくしている俺に、虎ちゃんは語り続けた。

「儂はもう戦に等は出とうない。兄弟を失うような戦はもうごめんじゃ」

 うん、戦争とか良くないのは分かる。けど、こんな時どう慰めればいいんだろう?

 話が重い。流石に戦国時代はモノが違うな。

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