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チャプター16

ーハインヒュッテの村ー


 エルリッヒが厨房で料理を教わっている頃、ゲートムントとツァイネは二人でのんびり武具屋に向かっていた。地方の町や村にある武具屋は、実は品揃えが良い。騎士団が睨みを利かせる王都周辺は、それだけ盗賊や魔物の脅威が少ない。そのせいで、強力な武器や防具の取り扱いは騎士団の納入に限られていた。

 一方、地方では強力な自治組織がないために、自分達で魔物や盗賊から身を守らなければならない。それが、自然と店の品揃えを良くしていた。そして、それと同時にその土地でしか手に入らない鉱物や魔物の素材を用いた製品も売っているため、戦士には垂涎の的となっていた。

「なあ〜」

「何? ゲートムント」

 二人は腰に剣を差してこそいたが、表情も歩き方も、くつろぎきっていた。どこにどんな脅威があるか分からないというのに、これである。それはもちろん油断に見せかけているだけなのだが、戦士としての経験を積めば積むほど、この二律背反を上手く使うことが出来るようになっていた。

「お前、まだ武器欲しいか?」

「うんにゃ。俺よりゲートムントでしょ? 武器、黒こげになって捨てて来ちゃったんじゃん。その剣はあるけど、あくまでも槍使いのゲートムントなんだし」

 ツァイネの剣は騎士団の人間が使う一級品である。国内でも明らかにトップ水準の武具を身につける騎士団にあって、その中でも特に優れた人間のみが選ばれる親衛隊では、さらに上を行く武具が支給されていた。それを手にしたまま、退職したのである。これは彼の事をよく知る人間なら誰でも知っている事実である。強力な武器と、それを使いこなす優れた戦闘能力。それを知っているからこそ、ゲートムントはこんな質問をした。

 自分の用事で武具屋に行くのに、わざわざ付いて行く事が不思議でならなかった。

「じゃあなんで付いて来てくれるんだ?」

「だって、面白そうじゃない。今のよりも使いやすい武器が売ってるかもしれないし、今のよりも頑丈な鎧が売ってるかもしれないし。品揃えを眺めてるだけでワクワクする気持ち、分からない?」

 この手の気持ちは誰にでもあるものだ。ゲートムントも頷く。

「まあ、そりゃあな。でも、そんな理由で付いてくるほど暇か?」

「うん、暇。あんまりエルちゃんにべったりでも、嫌われるしね。それよか、お店の場所分かってるの?」

 地図を片手に歩く。辺りは色んなお店が点在しており、活気に満ちていた。その中で武具屋を探すのは、地図がないと難しいだろう。宿でもらった地図さまさまだった。観光案内の地図ではない、簡単に描いてもらったお手製の地図だ。

「これがあれば完璧、か」

「そういうこった。今までの槍に勝る出物があるかどうかは分からないけどな」




 そうして歩く事少し、地図を頼りに武具屋に到着する。こじんまりとした店構えは、とてもかわいい。これが本当に武具屋なのだろうかと思うが、中に入ると、そこは看板通り、確かに武具屋だった。

 ドアに付いた呼び鈴が、開閉にあわせて涼やかに鳴る。すると、奥から無骨な店主らしき中年男性が出て来た。筋骨隆々な体にハゲ頭、キツそうなシャツに身を包んだその姿は、見る者を圧倒する。

「いらっしゃい!」

 オヤジは二人を一瞥するなり人懐っこい笑顔を浮かべた。どうやら愛想はいいらしい。

「ど、どうも」

「こんにちはー」

 さすがの二人も萎縮してしまう。

「なんだよ兄ちゃんたち、遠慮しねーでじゃんじゃん見てってくれよな? 何を買いに来たんだ? 武器か? 鎧か?」

「えっと、俺は槍を……」

「俺は武器と鎧の両方を。得物は片手剣です」

 おどおどしながら話す姿は、普段なかなか見られない。とても貴重なワンシーンだが、残念ながらここにエルリッヒはいなかった。オヤジは二人の顔を見て、再び笑顔を作った。

「おいおい、緊張するなよなー? 俺はここの主をしてんだ。気軽に武器屋のオヤジとでも呼んでくれ。まずは槍だったな。槍はあっちだ。そんで、片手剣はこっち。鎧はそっちだ。好きに見てってくれよな」

「あ、ありがとう」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

 まだまだ緊張が抜けない中、二人は別れて目的の品を物色し始めた。




「お、槍の品揃えがいいぞ!」

 ゲートムントは驚いた。普段槍を使う戦士はそれほど多くない。メインで使うのは城の門番のような、限られた人間だけだ。どこの店に行っても槍の品揃えは少なく、がっかりしていた。ところが、ここは違っていた。まさかと思うほど槍の品揃えがいい。長さもデザインもまちまちで、中には特殊効果を持つような槍も売っている。

「くそ、なんでこないだ来た時に寄らなかったんだ!」

「あんちゃんが槍使いで俺は嬉しいぜ? 俺も若い頃は槍の使い手だったんだ! ま、気に入ったのが見つかるまで、じっくり見てな! 絶対がっかりさせねえからよ! んで、そっちの小さい兄ちゃんはどうだい? いいのはあったか?」

 カウンターからゲートムントに話しかけると、今度はツァイネの方を向いた。ツァイネは剣の売場を前に、ウィンドウショッピングを決め込んでいた。

「あ、えっと、俺は自分の武具があるんで。それよりもいいのがあったら買いますけど……」

「なんだよ、そういう事かよ〜。だけどな、元冒険者の俺が経営してんだ。なんか買ってってくれよな!」

 オヤジの自信は「元冒険者」という自負からか。自分がこだわり抜いて揃えた逸品という事なのだろう。

「い、いいのがあったらね。あははー」

 ツァイネも自分の武器には自信があったので、あくまでも見てるだけのつもりにしていた。

「どれどれ……」

 覗き込んだ視界の向こうにあったそれは、審美眼に優れたツァイネも目を見張るほどの品揃えだった。槍と同じで、短剣から長剣までとりどりに揃えてあった。ツァイネが使うのは半身ほどの長さをした細身の剣。その品揃えも素晴らしく、今の武器がなかったらつい買ってしまいそうな武器が山ほど売っていた。

 次に目を移すのは鎧。こちらも自慢の青い鎧をしのぐ品はあるかどうか、品定めをしていた。

「むむむ……」

 青い鎧は一級品。だからさすがに眼鏡に適うレベルの鎧はなかったが、こちらも一般の戦士であれば十分に心を奪われる品揃えだろう。動きを妨げない軽装タイプのものから、あらゆる攻撃を受け止める重装備の鎧、攻撃力を高めてくれる力のあるものから、炎や雷といった自然の力に強い物まで、実に豊かな品揃えだった。

「どうだい? いいもの揃ってるだろ?」

「そうですね。でも、俺の鎧、ブリューライセン鋼だから……悪いけど」

 片手でごめん、と謝る。言いたい事の意味はオヤジも分かったらしく、それなら仕方ないと、悔しそうな笑顔をにじませた。

「まさか、兄ちゃんみたいな細いのがブリューライセン鋼を持ってるなんてな。若い頃、俺のダチも目指したもんよ!」

「あはは。みんな目指すのは当然ですよ。ゲートムントー、どうー? いいのあったー?」

「おーう。今いくつか見繕ってるから、ちっと待てー」

 ゲートムントは三本の槍から選ぼうとしていた。金色の素材で作られた、平べったい穂先が美しい槍と、渋いえんじ色をして、螺旋状の先端をした槍と、紫色に輝く、三つ又の槍と。

「うわ、もっと普通の槍じゃダメなの?」

「ダメなんだよ。おっちゃん、これの特徴って、汎用性、貫通性、対魔性、でいいんだよな?」

「お、あんちゃんさすがだな! その通りだ。俺が解説するまでもねぇぜ! んで、どうすんだ? 値段は勉強させてもらうけどよ、性能も見た目も全然違うからな。ただ、どれを選んでも攻撃力自体はいいし、後悔はさせねぇぜ!」

 これが槍使い同士の結束だろうか。ツァイネには分からない、見えない絆ができつつあるのを感じた。

「そうだな〜。どれも捨てがたい……」

「だろ? 名品揃いだからな」

 カウンターに乗せられた三本を、それぞれ握ったり振るったりしながら、様子を確認して行く。これから挑むドラゴンに有効かどうか、という事だけでなく、今後も使い続けるにあたってどうか、という事も気にしているようだった。

「悩むぜ」

「がっはっは、悩め悩め! それが若いって事よ!」

 豪快に笑ったオヤジの笑顔が二人の脳裏に焼き付く。

「そうは言っても、悩んじまうからなあ……」

 腕を組み、首をかしげた瞬間、

『ゴアァァァァァ!!!!』

「なんだ!」

「この声、まさか!」

 二人は一瞬にして表情を変えた。戦場の戦士そのものだ。

「こりゃあ、竜の咆哮だな。火山の麓に棲んでんだよ。ここ最近、動きが活発になってきやがった」

「やっぱ、そうでしたか」

「こないだ聴いた奴だな……」

 二人の脳裏に、負けた悔しい記憶が蘇って来た。この咆哮を聴くのはいいが、今度は勝って帰らなければならない。

「なんだ、二人ともこの咆哮をしってんじゃねーか」

「はい。ついこないだ、挑んだんですよ」

「あっさり負けちまったけどな」

 今度は瞬時に悲しそうな表情に変わる二人。くるくる変わる表情は、それだけめまぐるしく出来事が起きている証拠でもあった。

「そっか、あのドラゴン退治をなぁ。よし、ちょっと待ってろ!」

「ん?」

「おっちゃん?」

 オヤジはいきなり店の奥に消えると、少ししてから戻って来た。そのたくましい腕には、細長い包みが抱えられている。




「待たせたな!」

「おっちゃん、何を……」

「その包みは?」

 オヤジは包みをカウンターに置き、パリパリとむきはじめた。

「これは……?」

「これはな」

 一瞬、オヤジの目が輝いた。同じ槍の使い手である、ゲートムントだけが感じ取れる輝きだ。

「俺が作った最新作だ。あそこのドラゴンを退治しに行こうと思って、前からコツコツ作ってたんだよ。俺はあんちゃんが気に入った! だから、あんちゃんがその気なら、こいつを売ってやろう。どうだ? 値段はそこのと同じくらいにしてやる」

「買った。それをくれ」

 ゲートムントの声は静かだった。一瞬ではあったが、冷静な判断の上に下した決断、ツァイネに口を開く権利はない。

「よし! こいつであの竜に目に物喰らわせてやってくれよな!」

 オヤジの声が、高らかと響いた。



〜つづく〜

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