チャプター17
ーハインヒュッテの村ー
ドラゴンの咆哮が静まった後、エルリッヒは気を取り直して観光に向かった。
「さて、どこのどんなお店に行こうかなー」
王都のように、いろんな通りがあってそれぞれ特色の似通ったお店が多いというような事はないらしい。目抜き通りである「ハインヒュッテ通り」と、その脇道に店は集中しているらしい。
「せっかくだから、民芸品も欲しいなあ。お店に飾ったらかわいいし。この時間じゃ市場は閉まってるか、あ、でも、伝統のお菓子のお店には行っておきたいなあ」
行きたいお店、見たいものをあれこれと考えながら、通りを歩いて行く。さすがにこの村最大の目抜き通りというだけあって、それなりに広く、人通りも多かった。
どこのお店も激しく自己顕示をするように看板が掛かっており、外からでも、一見の人間でもわかりやすいようになっていた。さて、民芸品を売るようなお店はどこにあるだろうか。そして、観光名所などは教えてくれるだろうか。まずは手始めにとばかりに、女の子の形をした看板がかかったお店に入った。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃいませー! 何をお探しですか?」
適当に入ったそのお店は、人形店ではなく、洋品店だった。かわいい民族衣装がたくさん売られている。
「わぁ、素敵!」
「ふふっ、ありがとうございます。お客さん、観光客の方ですよね? じゃあ、試しにいくつか着てみます?」
店内に掛かっている衣装は、普段エルリッヒが住む王都でも着られているような民族衣装とそれほど大きくは違わなかった。しかし、色使いや刺繍の意匠など、細かい点が違っており、ぱっと見ても他の土地のものだとすぐに分かった。いきなりこのようなお店に入れたのは、幸運だったのかもしれない。
もしこんなかわいい服装でお店に出たら、きっとみんな大喜びしてくれるだろう。感動を与えるのも、仕事の一つだ。
「こんなかわいい服、着させてもらえるんですか? じゃあ、どれにしようかな」
「サイズは大丈夫そうですね。着方は分かります?」
店員さんは、これまたかわいい民族衣装に身を包んだ若い女の子。あまり客が入らないのか、かいがいしく世話をしてくれる。その姿が、これまたなんともかわいらしい。
「えーと、王都の民族衣装と同じ着方で大丈夫ですよね? だったら大丈夫です」
「はい、そうですよ。って、お客さん王都からいらしたんですか? 都会者じゃないですか! 王都の話、聴きたいです!」
エルリッヒが王都から来たと知るや、急に目の色が輝きだした。いや、元々キラキラとした目で接客してくれていたのだが、それを一層上回る輝きに変わっていた。
「じゃ、じゃあ、着替えながらでいいですか?」
「はい、もちろんです! あ、試着室あちらなのでどうぞ」
ひとしきり着てみたいと思った三着をピックアップすると、それらを手に試着室へと入った。試着室は店の奥にある小さな一角で、外からでは死角になるように配置されていた。これはさりげなくありがたい。
試着と店員、エリーザベト嬢による講評を受ける間、王都の様子や生活についての質問を無数に受け、また、それらに嫌な顔一つ見せる事なく、答えて行った。田舎者の自覚があるエリーザベト嬢から見れば、エルリッヒはまさに天上の存在なのである。
小一時間ほど過ごした後、ピックアップした中から二着を選び、買う事にした。そこそこの値段がしたが、これも自分のお店への投資、そして何より自分への投資である。
「試着、ありがとねー。おかげでいいのが買えました!」
「こちらこそ、服は買っていただけるわ王都のお話は聴かせて頂けるわ、大っ変感謝しております!」
深々と頭を下げたエリーザベト嬢は、頭を上げた時には、まるで神様でも見るような顔でこちらを見ていた。
「ちょ、ちょっと、エリーザベトちゃん? その顔は、何?」
「いえ! お客様は神様です! それに、やっぱり都会の人は違いますね! 服装はおしゃれだし、お化粧も上手だし、細かな仕草や振る舞いも品があって。それに、何より美人!」
なんと言う過分な褒めちぎりようか。これではまるでどこぞの女優である。もちろん、エルリッヒはそのような者ではないし、最低限気を使っているとはいえ、それは女性として当然のレベル止まりであり、人よりセンスがいい自覚もなければ、化粧が上手という自覚もない。そもそも、化粧品自体が高級品で、たまの機会にしか使えないのだ。たまたま、観光に出たから化粧をしているだけで、その程度の場数では、当然腕前が上がる訳もない。それに、立ち居振る舞いも、しがない食堂の主に上品さなど、あるとも思えなかった。
「あはは〜、悪いけど、褒めちぎり過ぎ。さっき教えたでしょ? 私は、小さな食堂をやってるんだから。普段、おじさんたちを相手に料理やお酒を出したり話し相手をしたり、そんな仕事だよ? 品のある振る舞いなんてとてもとても」
よく、「ちょっとした所作に育ちが出る」などと言われるが、もしそうなのだとしたらと思うと、ドキッとする。何しろ、所帯染みた生活をする小娘なのだ。
「でも、でも! この村で暮らす私たちからしたら、お客様、エルリッヒさんはやっぱり都会の人です! 全然違います!」
「そっか、そうなんだねぇ。なんかもう、無理矢理納得するしかなくなってきたよ。でも、最後にこれだけは言わせてね。私も、旅から旅の身空で、ようやく王都に落ち着いたんだよ。だから、生まれも育ちも、ていうのとはちょっと違うからね」
それでも「王都流」の雰囲気が出ているとしたら、それは普段から王都で生まれ育った人たちと接しているからなのだろう。そう思うと、それはそれでなんとなく嬉しかった。みんなの事が、街の事が、大好きなのである。
「そっかー、そうなんですねー。じゃあ、きっと生まれ持った気品なんですね。あっ、あんまりお引き止めしたら悪いですね!」
「いいのいいの。そうだ、引き止めついでに、民芸品みたいな小物を売ってるお店と、美味しいお菓子の食べられるお店と、後この街の
観光名所なんかがあったら、教えてくれないかな。夕べ着いたばっかりで、全然知らないし、全然回れてないんだー」
これで、訊きたい事は全部質問した。エリーザベト嬢は答えるよりも先に、メモを書いて渡してくれた。何通りの何番地、という情報と、この通りを起点にした簡単な地図と。これはとてもありがたかった。
「じゃ、色々ありがとうね」
「こちらこそ!」
再び深々と頭を下げたエリーザベト嬢に見送られ、エルリッヒはお店を後にした。
〜数時間後〜
ひとしきり観光を終え、「ハインヒュッテ通り」を歩いていたエルリッヒは、反対方向から歩いて来るゲートムント達二人を見つけた。
もちろん、偶然である。
「おーい、二人ともー!」
気付いてもらえるだろうか、大きく手を振って呼びかける。あえて名前は呼ばない。「友達だったら声で判断しやがれ」というささやかな試みである。
しかし、幸か不幸か二人はすぐさまその姿に気付き、笑顔を作って駆け寄って来てくれた。そういえば、ゲートムントは細長い包みを手にしている。武具屋に行ったらしいから、槍を新調したのだろう。
「「エルちゃん!」」
「二人とも、偶然! 武器、買えたんだ」
ゲートムントが軽々と担いでいる包みの中身は気になる。だが、それはドラゴン戦になればいくらでも見ることが出来るだろう。それよりも、今は話題の共有である。
「まあね。これは相当な逸品だよ、きっと」
「そっかそっか、よかったよかった。それよか、さっきの咆哮、聴いた?」
「……聴いたよ。忘れるもんか。あのドラゴンの咆哮だった」
観光の最中、エルリッヒがそこらにいた村人に聴いた所によると、どうやらここ最近活発に活動しているらしく、咆哮がよく聴こえるらしい。みんなが耳を塞ぐのも、もう慣れっこになったと言っていた。
「みんな雄叫びの度に耳を塞ぐから、困っちゃうよね。二人には早く倒してもらわないと」
「え、耳を? 俺たち平気だったけど?」
「ゲートムント、俺たち屋内にいたでしょ? 外だったら、耳をつんざくんじゃない? あの時だって、耳を塞いでて動けないうちに吹っ飛ばされたじゃん。忘れたわけじゃないでしょ?」
二人の記憶には、ドラゴンに負けた記憶、どこでどういう行動を取り、どういう攻撃を受けてしまったか、それが克明に刻まれていた。決して忘れたわけではない。
「そっか。屋内にいる程度なら、防げるって事か。でも、耳栓するのも面倒だしなあ」
「そうなんだよね。お互いの声が聞こえないと、連携悪くなるからね。やっぱり、見極めて予め予防するしかないのかもね。他の攻撃に気をつければ大丈夫さ。今回、俺たちは一度やられて攻撃パターンを把握して来てるんだ。ここまでの道中だって、イメージトレーニングは欠かさなかったしね。大丈夫、負けないよ」
「お、いい感じじゃん。その新しい武器も火を噴いてくれそうだし、幸先明るいって感じ?」
二人の目は明るく輝いていた。勝利を得る者ならではの自信の光だ。危険が伴う事には変わりがないので、エルリッヒとしては複雑な心境に変化はなかったが、自信のない者は負ける。それを知っているからこそ、せめて、敗北を引き寄せる瞳だけは、して欲しくなかった。
「幸先がどうか、なんて分かんないけどな。現に前は負けてるから……」
「でも、俺たちはだからこそ勝てる、て思って闘うよ。負けに来たわけじゃないからね。俺とゲートムントが全力で挑めば、こないだと同じ結果にはならないさ」
少し神妙な顔つきで、でも言葉は終始明るい口調だった。
「その様子なら、大丈夫そうだね」
「任せとけって」
「無傷ってのは無理だけど、何があっても負けずに帰るよ」
この一言が、妙に嬉しかった。
「そっか。じゃ、安心して見守っていられるね」
二人の様子に、満足げなエルリッヒ。あの咆哮を聴いて、自信喪失していないか、心配になっていたのだ。だが、目の前にいる二人は、むしろやる気をたぎらせていた。気力では越えられないものもあるが、気力で越えられるものが少しでもあるのなら、越えてもらわなくてはならない。そんな局面だ。
「さてと、明日に備えて今日は宿に戻ろうか」
「エルちゃん、観光は?」
「俺たちの事は気にしなくてもいいぞ?」
気にしなくてもいい、と言われても、これはエルリッヒ自身の発案だ。何も遠慮はない。
「私がそうしたいんだから、そうさせてよ。それに、この村って狭いから、これだけの時間があったら、あらかた観光できたしね。素敵な村だったよ。それが分かったらもう満足! さー、帰ろー。帰って、ケーキでも食べて、英気を養おう!」
大きく腕を振りながら、宿に向かって歩き出した。明るいエルリッヒの様子に、二人は俄然気合いが入った。この明るい顔を曇らせるわけにはいかない。
「よーし、いっちょ勝つか!」
「だね!」
二人は拳を突き上げ、気合いを入れた。
「二人ともー、おそーい! 早くー!」
エルリッヒの声が遠く響いた。
〜つづく〜




