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王太子と未来の王太子妃の、最終試練。  作者: 章槻雅希


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2/5

婚約者に告げるべきこと

 ヴェンツェルは、王宮での謁見を終えると、エルヴィーラに面会を申し込んだ。


 彼女はブライトクロイツ公爵家の長女であり、ヴェンツェルの婚約者だ。二人の婚約は幼いころに決まっていたが、家同士の取り決めだけで結ばれた関係ではない。互いに相手を理解し、信頼を積み重ねてきた。だからこそ、今回の密命を黙って進めるわけにはいかなかった。


「殿下。わざわざお越しになるとは、何かございましたか」


 エルヴィーラは、いつもの落ち着いた声で尋ねた。


「話しておきたいことがある。少し時間をもらえるだろうか」


「勿論ですわ」


 二人きりになれる部屋へ移ると、ヴェンツェルは国王から受けた命令を説明した。


 カルラ・コンツのこと。学院で彼女が男子生徒たちに近づいていること。国王がその背景を調べるよう命じたこと。そして、調査のために自分と側近候補たちが彼女の周囲に侍ること。最後まで聞いたエルヴィーラは、すぐには口を開かなかった。


 やがて、静かに息を吐く。


「つまり、殿下がカルラ嬢に近づくことそのものよりも、その状況に私がどう対処するかを見られているのですね」


「そう考えている」


「側近候補の方々も対象なのでしょう?」


「そうだ。だが、その婚約者たちは試練の対象ではないと聞いている」


 エルヴィーラは、少しだけ考え込んだ。


「それなら、私は自分だけを守ればよいわけではありませんわね。側近候補の婚約者の方々が、噂に振り回されたり、周囲から侮られたりする可能性もありますもの」


「……そうだな」


「私が王太子妃として相応しいかだけでなく、将来の王宮を支える方々を見極められるか。そういう試練なのでしょう」


 ヴェンツェルは、彼女の言葉に頷いた。


 エルヴィーラは、感情がないわけではない。婚約者が別の女性に近づくと聞いて、何も感じないはずがなかった。だが、彼女はその感情だけで物事を決めるつもりはなかった。


「殿下。私は協力いたします。但し、いくつか約束していただきたいことがあります」


「何でも言ってくれ」


「密命に関わる重大な変更があれば、可能な範囲で共有してください。公の場での振る舞いと、二人きりのときの態度を混同しないこと。そして、私が王太子妃として判断すべき問題については、私にも判断させてください」


「約束する」


 ヴェンツェルは、迷いなく答えた。


「君に全てを我慢させるつもりはない。必要なことは話すし、君の判断を尊重する」


「ありがとうございます、殿下」


 エルヴィーラは微笑んだ。


「それでは、私も私の役目を果たしましょう」


「……頼もしいな」


「殿下が信頼してくださるのですもの。応えなくてはなりませんわ」


 その言葉に、ヴェンツェルは彼女の手を取った。


 二人の間に、言葉にしなくても伝わる信頼があった。だが、試練は二人だけで完結するものではない。


 側近候補たちにも、それぞれの判断が求められていた。








 翌日、トビアスはいつも以上に張り切っていた。


「殿下、ご安心ください。カルラ嬢の件は、私がしっかり見ておきます!」


「頼もしいことだな」


 ヴェンツェルはそう答えたものの、トビアスが何をどこまで考えているのか、まだ判断を下してはいなかった。トビアスは行動力があり、命令に忠実だ。軍務卿の次男として育った彼は、指示を受ければすぐに動く。しかし、命令の意図を考え、周囲への影響を見通すことについては、まだ経験が足りないところがあった。


 一方、ローデリヒとオスヴィンは、少し違った反応を示した。二人は翌日、ヴェンツェルに時間を求めた。


「殿下。今回の件について、ひとつ相談がございます」


 ローデリヒが切り出す。


「婚約者に何も説明しないままカルラ嬢に近づけば、誤解を招く虞(おそれ)があります。詳細は明かせないとしても、王命による秘密の任務であることだけは伝えたいのですが」


「私も同意見です」


 オスヴィンが続いた。


「事情を隠したままでは、婚約者との信頼を損ねかねません。勿論、秘密を守る必要があることは理解しています」


 ヴェンツェルは二人を見た。


「よく考えたな。国王陛下から、婚約者にどこまで話してよいか確認を取ってある。君たちは、王命による秘密の任務であることを伝えて構わない」


「ありがとうございます」


「但し、具体的な内容は話せない、と説明しておくことだ。相手が不安に思うのは当然だが、必要以上に情報を漏らしてはならない」


「承知しました」


 二人は一礼した。


 トビアスは命令を受けてすぐに動いた。ローデリヒとオスヴィンは、婚約者への影響を考えてから相談した。どちらが正しいと単純に決められるものではない。


 だが、王太子の側近として求められるものは、ただ命令に従うことだけではなかった。








 そのころ、エルヴィーラは学院での生活を続けながら、自分を取り巻く令嬢たちの様子を観察し始めていた。


 ヴェンツェルがカルラと親しげに話すようになったという噂は、既に社交界にも広がりつつあった。


 令嬢たちの反応は、実に様々だった。


「エルヴィーラ様。王太子殿下が、あのカルラ嬢と随分親しくなさっているそうですわね」


 ある令嬢は、心配するような顔をして近づいてきた。


「ええ。そのようですわね」


 エルヴィーラが落ち着いて答えると、令嬢は僅かに口元を緩めた。


「お気の毒に。婚約者があのような方に夢中になられるなんて」


 言葉の端に、隠しきれない嘲りがあった。エルヴィーラは笑みを崩さなかった。


「ご心配いただき、ありがとうございます」


 それ以上は何も言わず、話を切り上げる。令嬢は拍子抜けしたようだった。


 また別の日には、別の令嬢が近づいてきた。


「殿下のご様子について、皆様色々とお話しされていますわ。エルヴィーラ様は、どうお考えですの?」


 その令嬢は、同情するような表情を浮かべていた。だが、視線はエルヴィーラの顔をじっと見つめている。反応を試しているのだ。


 エルヴィーラは何も言わず令嬢の目を見て微笑んだ。言質を与えず、何の心配もしていないと示すように。令嬢は一瞬だけ目を見開いた。そして、すぐに笑顔を取り繕った。


「……お強いのですね」


「そうでしょうか」


 エルヴィーラは、それ以上は追及しなかった。


 彼女は、令嬢たちを単純に味方と敵に分けるつもりはなかった。露骨に嘲笑する者。慰めるふりをして見下す者。自分の反応を観察している者。そして、本当に心配してくれる者。


 それぞれの言葉だけでなく、目線や表情、会話を切り上げるときの態度まで、丁寧に見ていた。将来、王太子妃となれば、周囲には多くの人が集まる。その全員が善意を持っているとは限らない。


 大切なのは、誰を信頼し、誰に警戒し、誰を教育していくべきかを見極めることだった。


「さて……」


 エルヴィーラは、窓の外に目を向けた。


「皆様が、どのような顔を見せてくださるのか。よく見極めなくてはなりませんわね」


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