3 魔王との対峙
その町を出た私は、魔王の居城を目指して旅をつづけた。
山を越え、海を越え――道中でいろんな依頼を受けてこなしつつ、店主に言われたように剣の手入れを怠らないようにしながら魔王城を目指した。
私に仲間はいなかった。
これは私の戦いだったから。
勇者とか魔王とか、そういう宿命のようなものというよりも。
ヴァレリアを殺された、ただそれだけが理由だった。
復讐。
その暗い炎に身を落としつつあるのに気づきつつも、憎しみを捨てられずに、ただ突き進んでいた。
その時々で、私は店主の、最後の言葉を思い出すことがあった。
勇者であること、大切な人を殺された憎しみ。
魔王を倒すという使命。
そういった重圧を背負ってきた、今までの勇者を、ずっと見送り続けてきたのだろう。
だからこその、あの言葉だったのかもしれない。
――帰ってこい。お祝いをしてやる――
ただ旅先で出会った鍛冶屋からの言葉であっても、その言葉は十分に温かかった。
ただ一人で、一人だけの戦いに挑んでいる私にとっては。
「……それでも私は……止まれないんだよ、店主」
ついにたどり着いた魔王城を見上げて、私はそのまま歩を進めた。
私を迎え撃つ、何百、何千という魔族と魔物に向かって。
ヴァレリアの仇を、討つために。
――――――――――――
足が重い。
剣を振るう腕が鉛のようだ。
ガキン!!
力が入らなかったのか、魔物の頭部を切断する前に歯で受け止められた。
「……!!くそ!」
慌てて魔法を詠唱し、頭を吹き飛ばす。
距離が近すぎて、爆発の余波を受けてしまった。
「う……く……こんな……ところで……」
魔王城の内部を、ひたすらに進む。
前に進むほどに勢いを増す魔族と魔物の抵抗に、だんだんと体力を削られていく。
せめて仲間がいたら。
そんなことを思ってしまう。
かつての勇者たちは、パーティを組んでいたのだろうか。
きっと一人だけで魔王城に来たバカは私だけに違いない。
返り血を吸って、鎧が重い。
そして、そんなことを考える暇もなく、激しい波のように襲い掛かってくる魔族と魔物。
こんなところで、死ねるものか。
雑魚どもに殺されてなるものか。
魔王の首を刎ねるまで死ねるものか。
死屍累々と積みあがっていく骸たち。
疲労はとうに限界を超えていたが、それでも私は立ち止まることができず、直属の手下らしき魔族も屠り、ついに魔王と対峙することとなった。
「……まさか生きていたとは……あの時、この手で殺したはずだったのに……」
玉座から立ち上がり、私を射殺さんとばかりに鋭い視線でにらむ魔王。
漆黒の鎧に身を包んだ魔王は、長い白髪をかき分けて私を見据えていた。
「よくも我が同胞たちを皆殺しにしてくれたな勇者よ」
「……お前こそ……お前こそ、よくも、よくもヴァレリアを!!私の家族を、みんなを殺したな!!」
決戦用にと言われていたヴァレリアの形見の剣を取り出す。
眩い光が反射し、私の姿を刀身に映し出していた。
「勇者……我が宿命よ。今度こそ殺す」
「……殺す」
私の闘争の――最後の戦いが、始まった。
魔王との戦いは熾烈を極めた。
まさに剣と魔法の応酬。
限界をとうに超えていた私には劣勢が続いた。
「ふははは、どうした勇者よ!我が力に成す術もないか!」
「く、くそ……!」
「勇者よ。たしかに貴様は強い。だが、単身で我に挑んだのは愚策だったな!」
「ぐぅ!!」
魔王の一閃が鎧の隙間を切り裂き、腹部に鋭い痛みが走る。
致命傷。
その言葉がよぎる。
でも
それがどうした?
致命傷だからなんだ
もとより、この命なんて……
――ヴァレリア――
立ち上がり、剣を構える。
お腹が熱く燃えるように痛い。
脚が震えて立っていられない。
それでも
それでも私はここで死ぬわけにはいかない。
痛みを無視して、魔王に剣を構えた。
睨みつける私を見る魔王が、剣を構えなおし、唐突に尋ねてきた。
「なぜ一人で来た、勇者よ」
「な、に……?」
「確かに貴様の村を襲ったのは我である。宿命の双極である勇者を殺すことこそ魔王である我の定めゆえに。我ら魔族の安寧と繁栄のためには勇者は殺さねばならない」
私を睨み、剣を構えたまま魔王は続ける。
「しかし勇者である貴様には、我に対抗し、人間どもを守るという役目があろう。過去の勇者らはそのために徒党を組んで我に挑んできた。皆、大儀のために命を懸けて我と対峙したのだ」
魔王が私を見る目に、どこか憐憫の情が混じったような気がした。
「そうか……貴様は……復讐に生きたのか……大儀よりも何よりも、我が殺した貴様の同胞の仇を討とうとしたか」
見透かされるような魔王の目に、私は目の前が赤く染まるような気がした。
「お前が…お前がそれを言うか!!私の村を……ヴァレリアを殺したお前が!!仇を討とうとする私を、お前が非難するのか!お前が……お前が全部壊したくせに!!」
「……そのとおりだ。我が貴様のすべてを奪った。だがそれは我一人の考え故ではない。我と、我の家族、配下たちすべての安寧のためなのだ。故に勇者よ、貴様も我への復讐などではなく、人類の安寧を賭けて、貴様の仲間たちとともに我に挑むべきであったのだ。復讐の先にあるものなど、知れておるのに」
今……こいつは、何を言っているの……?
切られた腹部が熱い。
でもそれ以上に、怒りという感情が、私の全身を駆け巡るような気がした。
こいつは――
魔王は私を、ヴァレリアを、家族を、村を否定している。
「復讐の先に何があるかですって?知らないわよ……ただ、こうしないと、私は私を許せなかったんだ。お前を殺し、お前の大切な人も、ヴァレリアと同じように苦しめてから殺すと決めた!そうしないと、私は私を永遠に許せないから!無力にも彼女を助けることもできず、ただただ逃がされただけの弱い私を。
お前がどれだけ強大な力を持っていようと、関係なかった。私はお前とお前の大切な人を殺せるだけの力を……私の存在全てをかけて手に入れたんだから。そのためだけに、私はこの命を使うんだ。それこそが……それこそが、私の運命なんだよ!」
ほとばしる怒りを、魔王にぶつける。
魔王には、魔王の理があるのだろう。
でも、私には、ほかのみんながどうなろうが、関係なかった。
人類みんなのことなんて、考えるゆとりはなかった。
「私は……私はただ、ヴァレリアに生きていてほしかった。それを否定された世界で生きていくには、私にはこの復讐という道しか選べなかった。
相手が魔王だろうが誰だろうが関係なかった。
勇者として自覚もない、弱い私は……彼女を守れなかった。お前に!お前たちに殺されたんだ!お前たちが私の大切な人を殺すなら!私は……私だけは!お前を!魔王を!そしてお前たち一族を!1人残らず殺す!たとえ歩けない赤ん坊でも!寝たきりになっていても!魔王に血を連ねているというだけで、私はお前たち一族を皆殺しにする!なぜなら……お前たちが……お前たちが、私の、最愛の人を、奪ったからだ!」
涙が、止まらない。
魔王に、ヴァレリアを――私のヴァレリアへの思いを、穢された気がした。
許せなかった。
「どうしても復讐に生きるか……それもよし。これで……最後としよう、勇者よ。お前に殺された配下たちの仇のため。そして魔族全員の安寧のため、貴様をここで討つ」
「……お前が……お前がそれを、言うなぁ!!」
ギィン!!
剣と剣がぶつかり合う。
距離を取りふたたび切り結ぶ。
身体の痛みは、麻痺したかのように感じていなかった。
ただ、魔王の剣先だけを目で追っていく。
この剣を信じて、致命傷だけは避けるように耐え続ける。
一進一退の攻防を続けるが、先に魔王から一撃を受けていた私のほうが、徐々に劣勢に立たされていく。
それでも、一瞬のスキを狙いつつ耐え続けた。
その時だった。
「く……よく耐えおるわ!だがこれなら……」
「!!!」
切り結んだ瞬間、至近距離で魔法の発動を検知した。
まさか!
魔王の両眼が怪しく光り、大きな魔力が至近距離で放たれようとしていた。
「勇者よ!!これで……終わりだ!!」
「く……!!」
魔王が大きく口を開け、大きな魔力の動きを感知する。
この至近距離で受けたら確実に……
くそ!
もう身体のことなんて考えている余裕は一切なかった。
そう。
たとえ、この身体がどうなったとしても。
魔王だけは、私が殺さなければ、ならなかった。
切り結んだ剣を捨て、魔王の剣が私の肩に食い込む。
「ぐぅ!!」
「ふはは、死を悟ったか!!そのまま死ねい!!」
食い込み続ける剣が、肩の骨を破壊し、刃がさらに深く届こうとする。
「ははは!剣を捨てて何とする?もはや貴様が何をしようとも間に合わん!死ねぇ!!」
その痛みに耐えながら、私は残る手に魔力を集中させる。
集中させた魔力を放出する時間はない。
ただその力を纏わせたまま、拳ごと魔王の口をめがけて、残った力を振り絞って全力で振りぬいた。
「これで……どうだぁ!!」
「な、なにぃ!?」
その瞬間。
魔王が放とうとしていた魔力の塊と、私の拳に乗せた魔力同士が衝突し、あたりが大きな光に包まれた。




