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姉の身代わりで異世界に嫁がされた私、捨て妃のくせに実は最強の《星詠み》だった件  作者: 宵先誠


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2/3

第2話:辺境伯は今日も忙しそうで、私は今日も役立たずでした

第2話です。


今回はナナが異世界での生活を始めます。

少しずつ世界観や辺境の事情も出てきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは、本編をどうぞ。

翌朝、目が覚めた瞬間に思ったことが三つある。


一つ目。ベッドが柔らかすぎて、逆に腰が痛い。


二つ目。薔薇の香りが強すぎて、頭が少し重い。


三つ目。そうだ、私は異世界に捨てられたんだった。


---


「……おはよう、私」


天井に向かって呟いて、ゆっくりと起き上がった。


窓から差し込む朝の光が、石造りの壁をオレンジ色に染めている。


日本の朝とは、色が少し違う気がした。空が、どこか青すぎる。


深呼吸する。


泣いても仕方ないことは、昨夜のうちに決めた。


やるべきことを整理するのが先だ。


やるべきこと。


帰る方法を探す。


そのために辺境伯と契約した。


星詠み師として働きながら、魔法研究者を集めてもらう。


「……方針は決まってる。あとはやるだけ」


声に出すと、少しだけ落ち着いた。


立ち上がって、用意されていた着替えに袖を通した。


深い緑のワンピースに、白いエプロンのような上着。質素だけれど、清潔で動きやすい。


扉をノックする音がした。


「ナナ様、起きていらっしゃいますか」


昨日の侍女、リーナだった。


---


「おはようございます、ナナ様」


リーナは昨日と変わらぬ銀髪に、変わらぬ愛想のない笑顔で立っていた。


「おはよう、リーナさん。いろいろ、よろしくお願いします」


「……様をつけなくていいです。私はあなたの付き人ですから」


「じゃあ私にも様はいらないです。ナナで」


「……立場を弁えてください、ナナ様」


頑固だ、この子。


でも嫌いじゃない。昨日から思っているが、この子は正直だ。愛想を振りまかない分、信頼できる気がした。


「朝食の後、辺境伯様があなたに説明したいことがあるとおっしゃっています」


「説明?」


「辺境が抱えている問題について、だと思います」


リーナの声が、わずかに沈んだ。


その沈み方が気になったが、今は聞いても教えてもらえないだろうと思って黙っておいた。


---


食堂は広かったが、私一人分しか食事が並んでいなかった。


「辺境伯様はもうお食事を済まされました。夜明けから執務室にいらっしゃいます」


「早い人なんですね」


「毎日そうです。あの方は、ほとんど休みません」


リーナが静かに言った。


「……昨日も、目の下に隈がありましたね」


「ここ一年、ずっとそうです」


またあの沈み方だ。


私はパンをちぎりながら、さりげなく聞いてみた。


「辺境伯様は、何歳なんですか?」


「二十九歳です」


思ったより若い。


「結婚は?」


「……されていません」


「婚約者は?」


「……いません」


リーナの答えに、わずかな間があった。


「以前は、いらっしゃいました。ですが三年前に」


そこで彼女は口を閉じた。


「……ごめんなさい、聞きすぎました」


「いいえ。いつか知ることになります」


リーナはそう言って、窓の外に視線を向けた。


「ナナ様。この辺境を、どうか侮らないでください」


「侮っていません」


「王都の人間は皆、この場所を捨て場所だと思っています。最果ての、価値のない土地だと。でもここには、三千人の民が暮らしています。辺境伯様は、その全員を守ろうとしている」


リーナの紫の瞳が、真剣だった。


「だから……あなたの力が本物なら。どうか、助けてください」


私は少しの間、リーナを見た。


「……星詠み師として、最善を尽くします」


ゆっくり答えると、リーナは小さく頭を下げた。


その仕草が、昨日よりずっと素直に見えた。


---


執務室は屋敷の西側にあった。


扉をノックすると「入れ」と短い声が返ってきた。


中に入ると、辺境伯――ライアス・ケルヴィン辺境伯、というのが正式な名前らしい――は大きな机に向かって書類を読んでいた。


机の上に書類が山積みになっている。


昨日見たときより、さらに疲れた顔をしている気がした。


「座れ」


促されて椅子に腰かけた。


ライアスは書類を一枚脇に置いて、私を見た。


「昨日の話の続きだ。お前に頼む『仕事』の内容を説明する」


「はい」


「その前に聞く。昨日《万能の星詠み》が覚醒したらしいが、お前自身は何ができるか把握しているか?」


「……正直、ほとんど把握していません」


ライアスが眉をひそめた。


「昨日頭の中にステータスみたいなものが浮かんで、スキル名は見えました。でも使い方は全然わかりません。魔法の知識もゼロです」


「ゼロ」


「ゼロです」


「……昨日も思ったが、散々な話だな」


「私もそう思います」


ライアスはしばらく沈黙して、それからため息をついた。


「わかった。ではまず基礎から教える」


「辺境伯様が、直接?」


「魔法に詳しい人間が、今この館にいない」


「……人手不足なんですね」


「そうだ。それも問題の一つだ」


ライアスは立ち上がって、窓際に歩いた。


窓の外には、昨日も見た広大な景色が広がっている。山脈、森、そして遠くに集落が見えた。


「この辺境が抱えている問題を、三つ話す」


彼は窓を見たまま言った。


「一つ目。東の森で魔物の活動が増加している。例年の三倍以上の数が確認されていて、民への被害が出始めている」


「三倍……」


「二つ目。辺境の土地が徐々に枯れている。作物が育たない土地が、去年から目に見えて増えた。今年の収穫量は例年の六割を切った」


「食料問題ですか」


「そして三つ目」


ライアスがこちらを向いた。


その目が、鋭い。


「この二つの問題は、恐らく繋がっている。原因は辺境の東、《黒の深淵》と呼ばれる場所にある。近年、あの場所から――」


言葉が、止まった。


ライアスが口を閉じて、私を見た。


「どこまで信じてもらえるかわからないが」


「続けてください。信じます」


「……早い信頼だな」


「嘘をついて私を騙すメリットが、あなたにはないので」


ライアスが少し黙って、それから続けた。


「《黒の深淵》から、呪詛じゅそが漏れている。大地を汚し、魔物を狂わせる、古い呪詛だ」


「呪詛……」


「かつて百年前、この場所では大きな戦があった。呪術師たちが大地に封印を施した。その封印が、少しずつ弱まっている」


私はじっと話を聞いた。


「封印を確認し、補強するには《星詠み師》の力が必要だ。星詠みは封印魔法の最高位に相当する。……が、この辺境に星詠みはいない。王都にもいない。ここ数十年、誰も現れなかった」


「それで昨日の儀式を」


「俺は賭けだと思っていた。万に一つの可能性だと」


ライアスは私から視線を外して、また窓を見た。


「だが現れた。よりによって、王城から送りつけられた捨て妃として」


その言葉に、苦さがにじんでいた。


「……なんというか。運命って意地悪ですね」


私が言うと、ライアスがちらっとこちらを見た。


「捨てられた側がそれを言うか」


「当事者の方が実感があるので」


少しの沈黙があって。


ライアスが、かすかに表情を緩めた。


笑った、というには足りないくらいの、微妙な変化だったが。


「お前は変わっているな」


「よく言われます」


また嘘をついた。言われたことはない。


---


「まず今日は、お前の魔力を確認する。庭に来い」


執務室を出て、裏庭に案内された。


広い石畳の中庭で、訓練用の的のようなものが並んでいた。


「魔法の基本は、体内の魔力を意志で動かすことだ。やり方を教える。まず右手を前に出せ」


言われた通りにする。


「次に、手のひらの中心に意識を集める。エネルギーが集まるのをイメージしろ」


「……こうですか?」


「目を閉じなくていい。意識だけでいい」


やり直す。


手のひらに意識を向ける。集まる、集まる、と思う。


「力を的に向けて、押し出せ」


押し出す。


---


ドカァン、と轟音がした。


的が、木端微塵こっぱみじんになった。


的だけじゃない。的の後ろにあった石の壁に大穴が開いて、その向こうの庭木が数本なぎ倒されていた。


「……」


ライアスが固まっていた。


リーナも、いつの間にか見に来ていたのだが、固まっていた。


「……ごめんなさい」


「お前は今、力を加減したか?」


「しようとしました。でも加減の基準がわからなくて」


「……そうか」


ライアスは少しの間、壊れた壁を見た。


石の壁に、人が通れるほどの穴が空いている。


「基礎からやり直しだ」


「はい」


「今日中に直す気か?」


「弁償します。働いて」


「今日だけでそれだけ働けるものではない」


「長期的に弁償します」


ライアスは目を細めて、それから短く言った。


「帰る方法が見つかるまでに、しっかり返せ」


「……それ、帰してもらえるってことですか?」


「契約した。守る」


私は少しの間、ライアスの顔を見た。


目の下に隈がある、疲れた顔。でも言葉は、はっきりしている。


「……わかりました。では長期的に弁償しながら、辺境のお役に立てるよう修行します」


「修行、という言葉をどこで覚えた」


「元の世界でよく使います」


「妙な世界だ」


「かもしれません」


---


その日の午後。


私はライアスに基礎的な魔力操作を教わりながら、星詠みのスキルについて少しずつ試した。


《万能の星詠み》は、名前の通り何でもできるらしい。


未来を読む。魔法を使う。結界を張る。星の力を操る。


でも今の私はレベル1で、使い方もわからない。


「チートスキルって言っても、使いこなせなきゃ意味がないんだなあ」


呟いたら、ライアスに聞こえた。


「チートとは何だ」


「……ずるいくらい強い、という意味です」


「お前のスキルのことか」


「そうです。でも今は全然使えなくて、壁に穴を開けることしかできません」


「その壁に穴を開ける一撃が、俺の知る魔法使いの中で最上位の威力だったが」


「……え、本当ですか?」


「お前が加減したと言っていた状態で、だ」


私は自分の手を見た。


ごく普通に見える手だ。昨日まで大学のレポートを書いていた手だ。


「……どうして私なんでしょう」


思わず呟いた言葉に、ライアスは答えなかった。


でも少しして、静かに言った。


「わからん。だが星詠みの儀式が反応するのは、その人間が持つ本質的な何かに対してだと文献にある」


「本質的な何か」


「俺には判断できん。お前の中にある何かが、この世界に呼ばれた理由なのかもしれない」


この世界が、あなたを呼んだのです。


昨夜の声を思い出した。


「……それ、結構重い話ですよ」


「重い状況だからな」


「そうですね」


私は空を見上げた。


さっきドラゴンが飛んでいたあたりに、今は薄い雲が流れている。


重い、確かに重い。


でも昨日よりは少し、地に足がついている気がした。


やることが明確になったからかもしれない。


魔力の使い方を覚える。封印を確認する。帰る方法を探す。


一歩ずつだ。


---


夕方になって訓練を切り上げたとき、ライアスが珍しく自分から口を開いた。


「明日、辺境の集落を案内する。民の様子を自分で見ておけ」


「ありがとうございます」


「礼は不要だ。星詠み師が辺境の現状を知らずに儀式を行えるわけがない、というだけだ」


事務的な理由づけだったが、それでもいいと思った。


「……一つ聞いていいですか」


「なんだ」


「辺境伯様は、なぜそんなに辺境のために動くんですか?」


ライアスが、少し止まった。


「義務だ」


「義務だけではないと思います」


「……なぜそう思う」


「目の下の隈が、義務だけで働く人のものじゃないので」


ライアスは私を見た。


何を考えているのか、表情からは読めなかった。


「……余計なことを考えるな」


「すみません。でも知りたかったので」


「今日はここまでだ。夕食を取って休め。明日は早い」


そう言ってライアスは踵を返した。


でも数歩歩いたところで、立ち止まった。


背を向けたまま、ぽつりと言った。


「……俺が守りたい人間が、この辺境にいる。それだけだ」


それだけ言って、今度こそ歩き去った。


その背中は、遠くなってからもどこか頑なに見えた。


---


夕食を食べながら、私はリーナに聞いた。


「ライアス様が守りたい人間って、誰ですか?」


リーナは少しの間黙って、それから言った。


「……三年前のことは、まだ話せません」


「そうですか」


「でも。辺境伯様が変わったのは、三年前からです。もっと前は……もう少し、笑う方でした」


リーナの声が静かだった。


「だから。私はあの方に笑っていてほしいと思っています。それだけです」


私はパンを手に持ったまま、少し考えた。


昨日会ったばかりの人のことを、こんなに考えている。


変だな、と思う。


でも、変かもしれないけど。


あの隈と、あの背中と、「守りたい人間がいる」という言葉が、頭から離れなかった。


「……私にできることを、ちゃんとやります」


リーナが、静かに頷いた。


「……よろしくお願いします、ナナ様」


---


その夜。


ベッドに入ってから、頭の中でスキルウィンドウを開いてみた。


昨日は混乱していて、ちゃんと読めなかった部分がある。


ゆっくり、一項目ずつ確認していく。


《万能の星詠み(ユニバーサル・スターリーダー)》


未来予知・魔法適性全属性・星力せいりょく操作・結界展開。


その下に、昨日は見えなかった追加項目があった。


---


《隠し項目(解放条件:辺境伯との契約締結)》


《絆の星紋きずなのせいもん》:契約を結んだ相手との魔力共鳴。互いの力を補強する。


詳細:この能力は、術者と深い信頼関係を持つ相手との間でのみ発動する。信頼が深まるほど、共鳴の強度が増す。


---


「……え」


私はウィンドウを見つめた。


契約を結んだ相手との魔力共鳴。


つまり、ライアスとの信頼関係が深まるほど、私の力は強くなる?


「なにそれ……どういうこと……」


答えは返ってこなかった。


でも頭の中で、さっきのライアスの声が再生された。


俺が守りたい人間が、この辺境にいる。


その声の温度を、なぜか私は覚えていた。


---


窓の外で、星が光っていた。


日本では見えない、異世界の星空だ。


「……帰る。絶対に帰る」


それは変わらない。


でも。


帰るまでの間、この辺境のために、できることをやろうと思った。


それは義務でもなく、損得でもなく。


ただ。


守りたい人間がいると言った、あの疲れた背中を、少しだけ楽にしてやりたいと思っただけだ。


「……馬鹿みたい」


苦笑して、目を閉じた。


眠りに落ちる前、頭の中でウィンドウがもう一度光った。


---


《信頼度:辺境伯ライアス・ケルヴィン》


現在値:3/100


《備考:昨日より2上昇しました》


---


「……一日で2……」


ちょっとやりがいを感じた自分が、少し恥ずかしかった。


---


第3話へ続く

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


今回はナナの初めての訓練と、辺境が抱える問題を少しだけ書いてみました。

ライアスもまだ堅いですが、少しずつ人柄が見えてくる予定です。


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


それでは、第3話もよろしくお願いします。

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