第1話:身代わり花嫁は、別の世界で目を覚ます
姉の代わりに花嫁衣装を着ただけのはずが、気づけば異世界で《捨て妃》扱い。
しかも、どうやら普通ではない力まで持っているようで――。
まずは第1話、楽しんでいただけたら嬉しいです。
「……ここ、どこ?」
目を開けた瞬間、飛び込んできたのは知らない天井だった
白い石造りのアーチ。揺れるシルクのカーテン。薔薇の香りが鼻をくすぐる、広すぎる部屋
私――藤堂菜々《とうどうなな》は、ゆっくりと身体を起こしながら、自分が今どこにいるのかを必死に思い出そうとした
最後の記憶は、実家の廊下だ
姉から電話を受けて、駆けつけて、そして――。
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時間を少し、巻き戻そう
「ナナ、お願い。あなたしかいないの」
昨夜、午後十一時。玄関を開けるなり、姉の藤堂麗奈が私の手を掴んだ
真っ白な顔・泣き腫らした目
普段はモデルかと見紛うほど整った姉が、そのとき初めて「人間らしい顔」をしていた
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「見合い相手が……怖い人で。絶対無理。逃げる。でも向こうは今夜中に花嫁を寄越せって言ってて……」
話が、全然見えない。
麗奈姉は昔から何でも持っていた。
美貌も、要領の良さも、親の愛情も。
私の三つ上で、藤堂家の「自慢の長女」だ。
対して私は次女。
地味で、目立たなくて、成績だけは悪くないけれど、特に何もない。
「普通の子」というやつだ
「お姉ちゃん、落ち着いて。順番に話して」
「時間がないの! ナナ、ウエディングドレス着て、ちょっとだけ会ってくれるだけでいいから! あとは私が何とかするから!」
姉の手が、震えていた。
私は馬鹿だ。
本当に、救いようのない馬鹿だ。
震える姉の手を見た瞬間、「ちょっとだけなら」と思ってしまったのだから。
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気づいたときには白いドレスを着せられて、見知らぬ和室に通されていた。
古風な燭台。墨の香り。床の間に掛け軸。
そして正面に座っていた、一人の老人。
白髪の、目の細い、不思議な雰囲気を持つ老人だった。
「花嫁よ、来たか」
その声が響いた瞬間。
部屋の空気が、変わった。
老人の周囲に、見えないはずの光が見えた気がした。金色の、粒のような。
「――なんですか、それ」
思わず呟いた声に、老人がかすかに目を見開いた。
「ほう。見えるのか」
「え?」
「ならば問題ない。行くぞ」
老人が両手を広げた瞬間、光が爆発した。
視界が白くなって、身体が浮いて。
私は意識を手放した。
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というわけで現在に至る。
私は知らない部屋で、一人、ベッドに座っている。
「……お姉ちゃんに殺される」
比喩ではなく本気でそう思った。
状況を整理しようとして立ち上がったとき、扉が勢いよく開いた。
「お目覚めでございますか、《捨て妃》様」
入ってきたのは、二十代くらいの侍女だった。
銀色の長い髪。耳がわずかに尖っている。エルフ……なのか? 瞳が、紫色だ。
「捨て妃……?」
「ええ、そうですよ」
侍女は微笑んでいたが、目が笑っていなかった。
「陛下が要らないと言った妃を押し付けられた、我々ケルヴィン辺境伯領の《捨て妃》様でございます。ようこそ、誰も望まない場所へ」
にこにこと、しかし氷のような目で告げてくる。
私の頭に、ゆっくりと現実が浸食してきた。
ここは日本じゃない。
異世界だ。
しかも私は、最初から誰にも必要とされていない存在として、この世界に放り込まれたらしい。
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「待って、整理させて」
私は深呼吸した。
感情が爆発しそうなのをなんとか抑えて、侍女を見る。
「ここはどこの国で、私はどういう立場なの?」
侍女――名前はリーナというらしい――は、ため息をついた。
面倒くさそうに、しかし語り始めた。
「ここはグレイシア王国、東の辺境を治めるケルヴィン辺境伯領です。あなたは王都から送られてきた妃候補のひとりでしたが、陛下に一目見て拒絶された。王妃にはなれない、しかし送り返すのも体裁が悪い、ということで……」
「捨てた」
「左様です」
はっきり言うなあ、この子。
「辺境伯様が仕方なく引き取って、使用人として働いてもらう予定でした。ですが」
リーナが、初めてわずかに表情を変えた。
「今朝、辺境伯様から命令が下りました。あなたを《星詠みの間》に通せと」
「星詠み?」
「この国で最も重要な、予言と魔法の儀式を行う場所です」
リーナの声が、かすかに緊張を帯びた。
「……百年に一人いるかどうかという、特別な素質を持つ者だけが反応できる場所です。辺境伯様は、あなたに何かを感じたそうで」
「何かって、何を?」
「さあ。私にはわかりません」
そう言って、リーナは踵を返した。
「着替えを用意してあります。ご準備が出来次第、参りましょう」
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案内された廊下は長く、石造りで、窓の外には広大な庭が広がっていた。
遠くに見える山脈。空を飛ぶ大きな鳥……いや、翼の形が鳥じゃない。ドラゴン?
ここは本物の異世界だ、と改めて実感した。
と同時に、胸の中でじわじわと浮かんでくるものがある。
怒り、じゃない。
悲しみ、でもない。
呆れだ。
自分自身への、純粋な、深い呆れ。
姉に頼まれたから、ちょっと協力しようとしただけなのに。
なんで私は異世界に一人で捨てられているんだろう。
お姉ちゃんは今ごろどうしているんだろう。
お父さんとお母さんは、私がいなくなったことに気づいているだろうか。
胸の奥が痛かった。息が少し、できなかった。
でも泣くのは後にしようと決めた。
泣いても状況は変わらないし、泣いているところを知らない人に見せるのは嫌だった。
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「着きました。《星詠みの間》です」
リーナが立ち止まった先に、重厚な両開きの扉があった。
古い木の扉に、星座のような文様が刻まれている。
扉の前に、一人の人物が立っていた。
背が高い、三十代くらいの男性。ダークブラウンの髪が少し乱れていて、目の下に薄い隈がある。
身分の高さを示す濃紺の軍服を着ているが、どこか疲れた雰囲気だった。
「……これが、例の娘か」
男性は私を上から下まで見た。
「思ったより、小さいな」
「余計なお世話です」
反射的に言い返してしまってから、しまったと思った。
でも男性は怒らなかった。むしろ、かすかに目を細めた。
「……ふん。気は強いらしい」
「ケルヴィン辺境伯様です。失礼のないように」
リーナが耳元で囁いた。
つまりこの人がこの土地の領主だ。私を引き取った人。
「申し訳ありません」
「構わん。王都の人間は皆、俺の前では借りてきた猫になる。そういう反応は久しぶりで悪くない」
辺境伯は扉に手をかけた。
「入れ。儀式は痛くない。何かが光るか、何も起きないか、そのどちらかだ」
「何も起きなかったら?」
「そのときは大人しく使用人として働いてもらう」
事務的な答えだった。
私はひとつ深呼吸して、扉をくぐった。
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中は円形の部屋だった。
天井が高く、まるでプラネタリウムのようにドーム状になっている。
ただし映像ではない。本物の星が見えた。
昼間なのに星が見える、不思議な空間だった。
床の中央に、魔法陣のような円形の紋様が描かれていた。
「中央に立て」
辺境伯の声に従って、私は紋様の中心に立った。
何も起きない。
冷たい石の感触だけがある。
三秒経った。
五秒経った。
リーナが「やはり何もないようですね」と言いかけた、その瞬間。
足の裏から、光が走った。
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紋様が一斉に輝いた。
金色と銀色が混じった光が、床から壁へ、壁から天井へと広がっていく。
ドームの星たちが、一斉に動き出した。
まるで生きているみたいに、星が流れる。線を描く。集まって、形を作る。
「――――」
リーナが息を呑む音が聞こえた。
辺境伯が「馬鹿な」と低く呟く声が聞こえた。
私は何が起きているのかわからないまま、ただ光の中に立っていた。
そのとき、頭の中に声が響いた。
誰の声でもない、でも温かい、不思議な声。
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《覚醒条件を満たしました》
《封印解除を開始します》
《スキル:《万能の星詠み(ユニバーサル・スターリーダー)》が解放されます》
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頭の中に、文字が浮かんだ。
ゲームのステータス画面みたいな、半透明のウィンドウが。
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**藤堂菜々(異世界名:ナナ・フジトウ)**
Lv.1
固有スキル:
《万能の星詠み》★★★★★(最高位・封印解除済)
→未来予知・魔法適性全属性・星力操作・結界展開
属性:全属性適合(無・光・闇・炎・水・風・土)
魔力量:計測不能
特記事項:
「この者の器は、建国以来存在しない。記録なし。」
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私は画面をぽかんと見つめた。
「……え?」
《覚醒おめでとうございます。あなたはこの世界で唯一の〈万能の星詠み〉です。その力は適切に使えば、世界の運命を変えることができます》
「……は?」
世界の運命を変える?
私が?
昨日まで都内の私立大学に通っていた、平凡な大学二年生が?
姉の言いなりになって身代わり婚に来て、気づいたら異世界に捨てられていた私が?
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「……信じられない」
思わず笑ってしまった。
ちょっと、涙も出た。
笑いながら泣くって、自分でもどうかと思う。
でも仕方なかった。
だってあまりにも、ありえない状況すぎる。
「どうした」
辺境伯の声が近くなっていた。
気づいたら彼が私の隣に立っていた。ドームの光が落ち着いてきて、室内が薄暗さを取り戻している。
「……すみません。ちょっと、訳がわからなくなってしまって」
「当然だろう。俺も訳がわからん」
辺境伯は真顔でそう言った。
「百年どころか、建国以来この紋様がここまで光ったことはない。お前は何者だ」
「ただの大学生です」
「だいがくせい?」
「……こっちの言葉で言うと、ただの学生です。特に何もない、普通の人間です」
「普通の人間が万能の星詠みなどという馬鹿な話があるか」
「私もそう思います」
辺境伯は、じっと私を見た。
目が、鋭い。黒に近いダークグリーンの瞳で、探るように見てくる。
でも不思議と、怖くなかった。
「……名前は」
「藤堂菜々です。ナナ、と呼んでもらえると」
「ナナ。王都に何者として送られてきた?」
私は少し考えて、正直に答えることにした。
「……身代わりです。本当の花嫁が逃げたので、私が代わりに来ました」
「……ほう」
辺境伯の眉が、わずかに動いた。
「それで王城で拒絶されて、ここに捨てられたと」
「そういうことになります」
「散々な話だな」
「本当にそう思います」
私が苦笑すると、辺境伯は何かを考えるように視線を天井に向けた。
長い沈黙の後、彼は言った。
「使用人として置くつもりだったが、話が変わった」
「……は?」
「万能の星詠みを使用人にしてどうする。馬鹿げている」
辺境伯は私をまっすぐ見た。
「ナナ。俺の《星詠み師》として、この辺境に留まれ。報酬は住む場所と食事と身の安全だ。お前の力を好き勝手に使わせるつもりはない。ただ……」
彼は一度、言葉を切った。
「この辺境には今、深刻な問題がある。俺一人では解決できない問題が。お前の力が必要だ」
私は辺境伯の顔を見た。
疲れた目。目の下の隈。強張った肩。
この人は今、必死なのだと思った。
プライドの高そうな人が、拾ってきた捨て妃に「必要だ」と言っている。
私の胸の中で、何かが少しだけ動いた。
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「……条件があります」
私は口を開いた。
「お前が条件を言える立場か」
「言えると思います。必要なのは私の方、じゃなくて私をなんですよね?」
辺境伯が黙る。
肯定だと受け取って、続けた。
「私が元の世界に帰る方法を、一緒に探してください。それが条件です」
「……魔法の研究者を集める必要があるな」
「費用は私が星詠み師として働いて稼ぎます」
「お前、意外と図太いな」
「そう言われます」
嘘だ。言われたことはない。
でも今は強くいたかった。
辺境伯は少しの間、私を見ていた。
そして短く言った。
「わかった。受けよう」
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その夜。
用意された部屋のベッドに倒れ込んで、私は天井を見上げた。
今日一日で起きたことが、多すぎた。
身代わり婚。知らない老人。異世界転移。捨て妃。星詠みの儀式。チートスキル覚醒。辺境伯との契約。
頭の中でぐるぐると回って、少し気持ちが悪かった。
でも一つだけ、はっきりわかったことがある。
ここは私が生まれた世界じゃない。
姉も親も、友達もいない。
でも。
この世界は不思議と、私を必要としている。
それが今夜だけは、少し、救いだった。
「……帰る方法、絶対に見つける」
呟いて、目を閉じた。
でも閉じた瞼の裏に、金色の星が流れ続けた。
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眠りに落ちる直前、頭の中で声が聞こえた気がした。
《ナナ・フジトウ。あなたはこの世界で最初の、そして最後の〈万能の星詠み〉です》
《あなたが来たのは偶然ではありません》
《この世界が、あなたを呼んだのです》
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私は、異世界に捨てられた身代わり花嫁。
でもどうやら、とんでもないチートスキルを持って転生してしまったらしい。
帰り方を探しながら、この辺境の問題を解決しなきゃいけない。
お姉ちゃんへの怒りは……帰ってから存分にぶつけよう。
今は、生き延びることが先決だ。
---
第2話へ続く
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
身代わりにされたうえ、異世界に飛ばされ、いきなり捨て妃扱い。
菜々にとっては散々な始まりになりました。
ただ、星詠みの力に目覚めたことで、ここから少しずつ立場も周囲の見る目も変わっていきます。
次回は、辺境伯が抱えている問題について触れていく予定です。
続きも読んでいただけたら嬉しいです。




