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マジカルミステリー·ラブ 著者:比奈我弥生  作者: velvetcondor guild


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第三話 未完のまま卒業

第三話 未完のまま卒業


三月の終わり、大学のキャンパスは卒業式の準備でざわついていた。

桜はまだつぼみのまま、冷たい風に揺れている。

和は講義棟の前で立ち止まり、深呼吸をした。


——今日で、大学生活が終わる。

そして、湊との時間も。


そう思うと、胸の奥がじんわりと痛んだ。


ミステリーサークルの部室は、いつもと変わらない匂いがした。

古い本、紙の乾いた香り、窓際の観葉植物の土の匂い。

でも、今日だけは空気が違う。

どこか、終わりの匂いがした。


「上月さん、おはよう」

湊が部室に入ってきた。


黒いスーツに身を包み、髪を少し整えている。

普段より大人びて見えた。


「湊……卒業、おめでとう」

「上月さんもね」


二人は笑い合う。

その笑顔が、どこかぎこちない。


サークルの仲間たちが次々と集まり、

「写真撮ろうよ!」

「最後だし、みんなで!」

と賑やかに声を上げる。


和もその輪に入り、笑顔を作った。

けれど、心のどこかでずっと湊の姿を追っていた。


湊は、恋人と一緒に写真を撮っていた。

彼女は華やかで、明るくて、湊の隣がよく似合う。


——やっぱり、私は勝てない。

そんな言葉が胸の奥に浮かんで、和はそっと目を伏せた。


*


式が終わり、サークルの仲間たちは解散し始めた。

「また飲みに行こうね!」

「社会人になっても連絡してよ!」

そんな声が飛び交う。


和は部室の片付けを手伝いながら、

湊に声をかけるタイミングを探していた。


——最後に、何か言えるだろうか。

——言ってはいけない気持ちを、言ってしまいそうで怖い。


そんな葛藤が胸の中で渦巻く。


「上月さん」

背後から湊の声がした。


「少し、歩かない?」


和は驚いたが、うなずいた。


*


キャンパスの裏庭は、人が少なく静かだった。

風が冷たく、木々の枝が揺れている。


「卒業だね」

湊がぽつりと言う。


「うん。あっという間だったね」


「サークル、楽しかったな。上月さんがいたから、余計に」


和は足を止めた。


「……どういう意味?」


湊は少し照れたように笑った。


「上月さんって、話すと落ち着くし、

 気づいたらいろんなこと話してた。

 俺、あんまり人に弱いところ見せないんだけど……

 上月さんには、なんか話せた」


その言葉が、胸の奥に深く刺さる。


——そんなこと、今言わないで。

——今日で終わるのに。


和は笑顔を作ろうとしたが、うまくいかなかった。


「……湊には、恋人がいるでしょ」


「うん。いるよ」


湊は少しだけ目を伏せた。


「でも、上月さんと話す時間は……なんか特別だった」


その“特別”は、恋ではない。

分かっている。

分かっているのに、心が揺れる。


「ありがとう。でも……私は、湊の恋人じゃないから」


和がそう言うと、湊は苦しそうに笑った。


「そうだね。分かってる」


二人の間に、冷たい風が吹き抜けた。


*


裏庭のベンチに座り、しばらく沈黙が続いた。

鳥の声だけが遠くで聞こえる。


和は、言うべきか迷っていた。

言ってしまえば、きっと後悔する。

でも、言わなければ、一生後悔するかもしれない。


「湊」

和は小さな声で呼んだ。


「ん?」


「……ありがとう。サークルで一緒に過ごせて、楽しかった」


湊は優しく笑った。


「俺もだよ。上月さんがいたから、サークルが好きになった」


その言葉を聞いた瞬間、

和は胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


——これ以上聞いたら、泣いてしまう。


「じゃあ……元気でね」

和は立ち上がった。


湊も立ち上がり、少し困ったような顔をした。


「上月さん、また会えるよね?」


その問いに、和は答えられなかった。


「……分からないよ。お互い忙しくなるし」


「でも、会いたいと思えば——」


「湊」

和は静かに遮った。


「私は……湊の恋人じゃないから。

 だから、期待させるようなこと言わないで」


湊は息を飲んだ。

そして、ゆっくりとうなずいた。


「……ごめん」


その“ごめん”は、何に対してなのか分からなかった。

でも、和はそれ以上聞けなかった。


「じゃあね」

和は背を向けた。


歩き出した瞬間、涙がこぼれそうになった。


——言えなかった。

——好きだったなんて、言えるわけがない。


春の風が吹き、つぼみの桜が揺れた。

その揺れが、和の心の揺れと重なる。


二人の大学生活は静かに幕を閉じた。

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