#06
バーベキューを楽しんだあと、酔いが回る前に撮影しておきたいという天野に促され、崇宏はみんなから少し離れた場所で彼のカメラをいじっていた。
残念ながら、星を撮影するのに必須ともいえる長時間露出がついていないタイプのデジカメで、瑠依に貸したものより少し性能が落ちる。
「んー……」
「やっぱりこのカメラじゃ難しいかな?」
「瑠依に聞いたんですけど、180度写真展をやるつもりなんですよね?」
「うん。無謀?」
「いや……夜景モードで撮って、パソコンで明るさを調整すれば星があるってことくらいはわかる場合も。ただ、大判写真ってするには難しいかなって感じです」
「まいったなー……」
天野は申し訳なさそうに頭をかいた。
ここまでついてきておいて、無理ですね、で終わらせるわけにはいかないだろう。崇宏は今までに培った技術でどうにかできないか思案する。
頭上に輝く満天の星空をじっと見つめ、やがて天野のデジカメを構えた。
「ちょっと1枚、撮らせてもらっていいですか?」
「もちろん」
とりあえず真上の空に向ける。デジカメのモニタには微かにではあるけれど星空が広がっていた。ピントがうまく合わないのは星の光が弱いからか、周りが少し明るいからか。
1枚撮ってみたが、これでは引き伸ばしても暗闇に申し訳ない程度の星しか残らない。
「あー……これじゃあ無理そうだな」
「ですね。ちょっと残念な感じ。精度を追求しないなら、補正でごまかすか……」
ためしに自分のカメラで同じ位置を撮ってみる。デジカメと違ってこれはフィルムだから、出来栄えがどうなのかは焼いてみないとわからない。でも、露出時間を調整できる分、手ごたえはあった。
「できるだけ暗いところに移動して撮影しましょうか。ここはまだ少し明るい。で、モニタに表示される撮影位置を重ねるように、っていうのかな。あとで伸ばしたときにアキがないように撮ってください。ひとまず今日この環境でできるのはそれくらいかと思います」
「なるほど。かなりの枚数が必要だよね?」
「そうですね。360度のプラネタリウムみたいな3Dじゃなくて、たとえば正面だけ、頭上だけ、ってするなら、もうちょっと枚数も絞れます」
「わかった」
「俺もいくつか撮ってみますね。瑠依、一緒に行く?」
少し離れたところで星を見上げていた瑠依は、崇宏の声に気づいて大きく頷いた。その手にはしっかりとデジカメが握られていて、なんだかくすぐったい気持ちになる。
星を撮ろうとしているのならば当然だが、あたりは暗く足場も山の中だと安定しない。瑠依の手を引いて、日中撮影したポイントからもう少し木々がひらけた場所まで移動していく。
天野たちサークルメンバーがイメージしている180度写真展というのは、崇宏にも興味があった。カメラで撮影した星空は動きこそしないけれど、きっと吸い込まれそうなくらいの藍の世界。できれば壁に貼り付けるような平面ではなく、プラネタリウムのように球体にして展開したい。
そんなことを考えると、自分のサークルでもないのになんだかわくわくしてきた。2、3日ここに残って、360度撮りきりたい気持ちになってくる。
自然と口角が上がっていたらしく、瑠依は「楽しそうだね、崇宏」と言って笑った。
「おっけー。わかったよ、天野さん」
「ん?」
「東西南北、木を入れよう。木のてっぺんが写り込むくらいから全体を撮影して、星空の割合を減らしてみよう。俺も手伝うね」
ファインダーをのぞきこみながら、ピントと絞りを調整する。
1枚撮るたびに心が弾む。
撮影した空は星を目印に覚え、少しずつずらしてまた1枚とどんどんシャッターをきる。全部撮り終えたら、現像した写真で小さな360度プラネタリウムでも作ろうか。瑠依、喜ぶかな。
撮影順を頭に叩き込みながらの撮影なのに口元が上がるのは、そんなことを考えていたせいだろうか。
1本撮り終えたことに気づいた崇宏は、バッグの横に座って星を眺めていた瑠依に声をかけた。
「フィルム取ってくれる?」
「暗くてよく見えないんだけど、フィルムって全部同じ?」
「ん。そこに入ってるのは全部同じー」
がさごそと音がして、瑠依が慎重に近づいてくる気配がする。
「あたしも撮っていい?」
「いいよ。フラッシュたかないようにね」
「わかった」
「あと、ここから離れないで。ケガしたら嫌だから」
うん、と頷く瑠依からフィルムを受け取って、カメラに入れ替える。ちらりと瑠依を見ると、彼女はどうやら空と木の切れ目あたりから順に地上物の撮影をしているらしい。きっと瑠依なりに、協力しようとしているのだろう。
崇宏はそれを微笑ましく思いながら、ふたたび空へ向けてシャッターを切った。
気がつけば空が白んできていた。
瑠依は木に寄りかかってうとうとしている。天野もずっと上ばかり見ていて疲れたのか、しきりに首のあたりをもんでいた。
「まいったなー。俺らより崇宏くんのほうが真剣なんだもんな」
「俺、ここで一度撮ってみたかったんですよね。連れてきてもらえてよかった」
「カメラは独学?」
「まあ、半分は。父が風景写真家で。売れてないんですけどねー」
崇宏の父親は写真家だ。けれど崇宏のさらに上をいく自由人のため、カメラの知識はほとんど教わっていない。
今の瑠依のように、崇宏は父親の写真を見て構図や技術を学んだ部分があり、たぶんそれの影響で人物は撮らないのだろう。あれこれ考えながら撮ることが苦手なせいで、動物など動きのあるものを撮るのは不得意だ。
「きみの写真を使わせてもらえると、ほんとは助かるんだけどな」
「使えそうなのがあったらいいですよ。スケジュールに合わせて焼いておきます」
こっくりこっくり舟をこぐ瑠依に自分が着ていた上着をかけてそっと頬を撫でる。思っていたよりそれは冷たい。
こうしていると天使なのに、起きたら悪魔なんだもんなー瑠依ちゃん。と、瑠依が聞いていたら確実に怒りを買うことを思いながら肩を揺する。夏とはいえ、朝の山は半袖だと少し肌寒い。揺すっても起きないので頬をつまむと瞼を開いた。
「あれ、もう終わったの?」
「うん。ここ、寒いからもうテントに戻ろう?」
手を引いて立ち上がらせ、先頭を歩く天野たちに続いてキャンプ場へと戻る。
ふと瑠依の成果が気になって訊ねてみる。
「瑠依、さっきの写真、どのあたりまで撮影できたの?」
「たぶん、左側一帯は撮れたと思う。右側は睡魔のせいでちょっとあやふや……」
「そっか。瑠依の写真も使ってもらえたらいいね」
そう言って微笑むと、瑠依もうれしそうに笑った。
天野たちに家まで送ってもらった崇宏は、車中、話の流れでついうっかり、家に帰ったらすぐにフィルムの現像をするつもりだと口を滑らせてしまった。しまったと思ってももう遅い。一緒に焼きたいと言い出し、瑠依も崇宏の家の前で降りてしまった。
ほとんど眠っていなかったから心配だったのだが、瑠依はそんなことより早く写真が見たいらしい。
シャワーを浴びるのも許してもらえず、急かされるまま暗室に向かった。
この暗室は父親の仕事場でもあったけれど、崇宏が勝手に使うことは許されている。
カメラから抜き取ったフィルムを棚の上に置き、崇宏は処理液を作り始めた。その間、瑠依は現像してあったネガを見ている。
「瑠依、始めるよー」
フィルムをタンクにセットしてそう声をかけると、瑠依はネガを元の場所に戻してそばにきた。
実は瑠依が現像の場に立ち会うのはもう結構な回数になっている。慣れてきていたからか、邪魔にならない位置に立ってタイマー片手に崇宏の手元を見ていた。
「今回は枚数多いけど、いつもと同じ?」
「うん。1分ね。いくよー」
発色現像液をタンクに流し込んだタイミングで瑠依がタイマーをスタートさせた。
かくはんしてタイマーが鳴ると、素早く操作して30と表示されたそれを崇宏に見せる。なかなか覚えが早く、ある意味崇宏より正確に計測しているかもしれない。指定の時間かくはんと放置を繰り返し、液を排出する。
「次は漂白だよね?」
「ん。やってみる?」
「え、いいの!?」
歴代カノジョとはカメラの話どころか家にも連れ込んだことがないというのに、瑠依はカノジョでもなんでもなくてもこうして手伝う。なんとも不思議な関係だが、崇宏にはやっぱり心地よい。
気泡を落として1分のかくはんが終わると、崇宏は手袋を脱いだ。
「どうぞ。かくはんだけだから大丈夫。残り4分、がんばって」
「失敗しない?」
「ぐるぐる回すだけで失敗できたら、瑠依ってスゴイ人だよ」
そう言って笑うと、瑠依は緊張した顔で手袋をしてかくはん棒をまわした。
タイマーは崇宏がセットしたが、緊張のせいなのか、よほど崇宏が信じられないのか、何度もタイムを確認している。
アラームの音ぴったりでかくはんを停めた瑠依は液の排出を終えるとホッとしたように息を吐き出した。
「なんか、この時間との勝負って緊張するね」
「そう? なかなか堂に入ってたよ」
「またそうやって馬鹿にして」
定着が終わってネガをチェックしている崇宏の脇腹が不満げな声とともに叩かれる。馬鹿にしたつもりはなかったんだけど、なんて言いながらも笑ってしまう。
クリップを瑠依に任せ、崇宏はあくび交じりでイスに身を投げた。さすがに不眠不休はキツイ。
瞼をぎゅうっと押して、イスに持たれたまま目を閉じると、フィルムをクリップで留めている音だけが耳に届いた。
「瑠依ー。俺、眠い」
「水滴だけ取ってくれたら寝ていいよ。あたし、勝手に帰るし」
「んー。シャワーも入りたいー」
「入ってくれば? いつもどおりでいいなら後片付け、しておくよ?」
瞼を開け、反動をつけてイスから立ち上がる。ぐんと身体を伸ばすとぱきぱきと骨が鳴った。
廃棄用の瓶に使った液を入れて、タンクを洗う。瑠依に任せた作業も終わっていたようで、言われたとおりフィルムの水滴を除去してから現像ルームを出る。
さりげなく家の中の気配を探ると、どうやら母親は在宅らしい。少し迷って、崇宏はリビングのほうを指差した。
「おかーさま、家にいるからシャワー入っていく?」
「え、いいよ。そこまで迷惑をかけるわけには」
「あとで家まで送っていくからちょっと休んでいけば? 疲れたでしょ」
下心はありません、と挙手。
どうしてもシャワーに入りたいし、とりあえず仮眠ぐらいはとりたいし、瑠依を家まで送らなきゃいけない。ってことは、瑠依もうちでシャワーを浴びて、客間でちょっと仮眠とってくれると助かるんだけどなー。ということを説明すると、瑠依は困ったような顔をした。
もうちょっと押せば納得してくれそうだと判断した崇宏は、玄関に置きっぱなしだった瑠依のバッグを持ってバスルームに向かった。慌ててついてきた瑠依をそこに押し込んでバッグを手渡す。
「お湯張ってもいいし、ゆっくり入っておいでー」
「ちょっと、家の人に許可もとらないで勝手に――」
「俺も一応、ここの家の人なんだよね。ごゆっくり」




