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たなばたのはこぶね  作者: 比奈田美也


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#05

 山籠もり当日。

 崇宏は瑠依との約束どおり、二日分の課題を済ませ、補習の教師にきちんとそれを提出して猛ダッシュで帰宅した。

 カメラと備品の準備は前日に済ませてあったので、なんとなくキャンプで使いそうなものだけバッグに詰める。

 少し前まで使っていたカメラをバッグに忍ばせたのは、瑠依にも気が済むまで写真を撮らせてあげたいから。瑠依のよろこぶ顔を勝手に想像してにやける。

 と、そのとき、コツンとドアがノックされ、母親が顔をのぞかせた。


「準備、できたの?」

「うん。なにか用?」

「いやーガキだバカだアホだと思っていたあんたが女の子と外泊とはねぇ」

「女の子とって……瑠依のおねーさんもサークルの人もたくさんいるって話なんだけど」

「いい? 男としてしっかり責任を持つことが大事なのよ?」

「うん?」

「避妊はしっかり――」

「あのねぇ。なにが楽しくて山の中で女の子襲わなきゃいけないの。自分の息子がそんなにおさるさんだと思ってるの……」

「うん……」


 しょんぼりと肩を落とす様子に我が母とはいえ崇宏は若干情けない気持ちになった。軽くあしらって、部屋から追い出す。

 なにも考えていないわけではないが、さすがに山の中はない。崇宏の場合はそれなりに手が早いことを自分でも認識している。けれど、それらを差引いたところで崇宏にも学習能力というものが備わっていた。

 ヘタに距離を縮めることを急いてしまえば、そのあとどうなるかは学んだ。それこそ、山の中で瑠依の同意を得ることなくコトに及べば、嫌われるだけじゃ済まない。反撃されて埋められそうだ。

 崇宏は首から下を地中に埋められ、許しを請う自分の姿を想像し身震いした。


 15時を過ぎ、瑠依と瑠依の姉の亜依、サークルの部長をしている天野という男が家まで車で迎えに来た。

 初対面があんなのだったものだからとても不安だったが、亜依は別人かと思うほど丁寧に崇宏の母親にあいさつし、瑠依と崇宏をひどく驚かせた。


「崇宏くん、今日はご教授、よろしくお願いします」

「こちらこそ、お世話になります」


 乗り込んだ車中で互いに挨拶を済ませると、車はゆっくりと走り出した。多少雲は出ていたが、撮影には支障のない程度だろう。

 瑠依も上手に撮れるといいな。そんなことを思いながら、はやる気持ちを抑えつけ、窓の外を眺めた。



 山の入り口付近で車を停めると、サークルのメンバーらしき人たちが車から荷物をおろしているのが見えた。

 それぞれ自分の荷物は自分で抱え、バーベキュー用のコンロや炭なんかは、四駆の車に積んであるようで、現地で落ち合うらしい。


「ここから近いんですか?」

「ううん。30分くらい山の中に入るかな。キャンプ場まで乗り入れたかったんだけど、俺のだと上がれないんだ。ごめんね?」

「俺は大丈夫です。瑠依と……亜依さんは大丈夫なんですか?」

「亜依はああ見えて男よりたくましいから大丈夫。瑠依ちゃんはどうかな。実は俺、瑠依ちゃんとは今日初めて会うんだ」


 なるほど。瑠依のおねーさんの亜依さんは、たくましい、と。

 脳内メモを更新した崇宏は、ちらりと瑠依の抱えているバッグを見下ろした。そんなに大荷物でもないし、たぶん大丈夫だろうと思われる。

 天野を先頭に山の中に入ると、少し気温が下がったように感じた。

 5分ほど登ったところで振り返り、瑠依の様子を窺うが、案外平気そうだ。きつそうになったら荷物を持ってやろうと思いながらふたたび登り始めると、先頭を歩いていた天野が振り返り、瑠依の元まで下りていく。


「瑠依ちゃん、大丈夫? 荷物、持とうか?」

「ありがとうございます。大丈夫です」


 にっこり微笑んで天野を見上げる瑠依を見て、崇宏はひそかになるほどと思う。

 声をかけてやればいいのだ。

 崇宏が見ていることに気づいたのか、瑠依はちらりと視線向け笑みを浮かべた。


「へばんないでね、崇宏」


 単純に瑠依は、自分より先にばてるなと言いたかったのだろうが、崇宏は天野のスマートさを見習えと言われているようでなんだか悔しかった。


 結局、40分近くかかって目的のキャンプ場に到着した。軽く息が切れている崇宏に対し、亜依はまったく平気な様子で車から荷物を運ぶのを精力的に手伝っている。

 そして瑠依は……木陰で力尽きていた。


「瑠依、大丈夫?」

「ん……なんとか……」

「大丈夫そうじゃないね。飲み物、もらってこようか?」

「ううん。崇宏、元気があるんなら手伝ってあげて……」


 そういうわけにもいかなそうな姿に、崇宏はバッグを下ろして中からタオルを取り出した。


「荷物、見ててね。カメラ入ってるから」

「うん」


 はぁーっと息をついた瑠依を置いて、キャンプ場の中心を流れている小川に向かった。そっと手を入れるとひんやりと冷たい水が手に絡みつく。そこでタオルを入れて冷やし、軽く絞って瑠依のところに戻ると、天野が瑠依にスポーツドリンクのペットボトルを手渡しているのが見えた。

 亜依の話だと、天野は彼女と同い年で、崇宏とは4歳差。たった4年の違いでこうも対応がスマートになるものなのだろうか。少なくとも崇宏は、瑠依以外の女子に気遣いなんてしたことはない。

 もしかすると天野も瑠依を気に入ったのかもしれない。崇宏はなんだかとてもおもしろくない気持ちでそれを見ていた。

 崇宏が戻ってきたことに気づいた瑠依は、小さく手を振った。

 天野が軽く手を上げて、キャンプの準備をしている輪の中に戻っていくのを見送ってから、崇宏はようやく瑠依の元へと歩み寄る。

 怪訝な表情を見せる瑠依にぬるくなったタオルを手渡した。


「わざわざ濡らしてきてくれたの?」

「ん。俺、手伝ってくるからそこで休んでてー」


 さんざん迷って、瑠依の頭をそっと撫でて、みんなが準備している輪の中へ向かう。

 今まで、付き合ってと言われたら付き合い、別れてと言われたら別れてきた崇宏は、交際において極力波風を立てないようにしてきたつもりだった。上手に世の中を渡ってきたような気でいたが、瑠依が相手だとどうしてこんなに違うのか。崇宏にとっては悩ましい。

 炭をおこす手伝いをしながらも、木陰で休んでいる瑠依のことが気になって、何度もその姿を振り返って確認してしまう。だからといって、なにもしてあげられることはなく、ただ言いようのない不安がまとわりついていた。

 火がついて白煙がのぼり始めたころ、突然頬に冷たいものが押し当てられて振り返る。


「崇宏くん、あとは焼くだけだし、瑠依と遊んでおいでよ。写真、撮りたいんでしょ?」

「でも瑠依、まだ調子悪そうだし」

「夜になったらあんた、みんなに撮り方おしえなきゃいけないんだから、今しかゆっくり写真撮れないよー?」


 お茶のペットボトルをふたつ強引に手渡し、亜依は缶ビール片手に仲間の元へと戻っていく。ご厚意は素直にいただいておこうと木陰へ向かうと、瑠依は崇宏のバッグを膝の上にのせて木に寄りかかり、眠っていた。

 折れ木を踏む音で目が覚めたのか、瑠依は寝ぼけた瞳を彷徨わせて、ゆっくりとそれに崇宏を映し出す。

 ふにゃり、と笑ったところを見ると、どうやら本当に寝ぼけているようだ。穏やかすぎる。


「体調はいかがですかー」

「ん、もう平気」

「じゃあちょっとだけ、写真撮りに行かない?」


 瑠依の膝の上からバッグを持ち上げ、肩にかける。手を差し出すと瑠依はその手を掴んで立ち上がった。

 ふと見ると瑠依の頭に木の葉がのっている。


「瑠依、なにに変身しようと思ったの?」


 頭からそれを取って見せてやると、瑠依は笑った。

 本当に大丈夫そうだと安心した崇宏は荷物をテントの中に入れ、カメラをふたつ持って外に出る。


「瑠依、これ使っていいよ」

「え、ホント?」

「ん。オートだから簡単だよ」

「ありがと」


 瑠依はさっそくデジカメの電源を入れ、うっそうと茂る木にレンズを向けた。本当にうれしそうな顔でディスプレイを見ている。その表情は想像したとおりだった。

 どうやら瑠依は木を写したいように見え、崇宏はキャンプ場から少し山の中へと誘ってみた。なるべく傾斜の少ない道を選び、かつ、光が十分に射し込む場所を求めて移動する。

 きっとたいした意味はないのだろうが、斜面を登るときに差し出した手は、平坦な道を進んでいるときも放されることはなかった。案外、こんな些細なことでうれしいものなんだなと、すっかり緩んでしまった自分の頬をこっそり撫でる。


「あ、瑠依。このへん、どう?」

「うん!」

「あんまり遠くに行っちゃだめだよー?」

「わかってるってば!」


 繋いでいた手が放れ、木々の切れ間から見える空へ向かってファインダーを向けた瑠依は、いたずらを思いついた子供のような笑顔で振り返った。


「どうしたの?」

「ね、崇宏って景色だけだよね?」

「そうだねー。人物は撮らないかな」

「なんで?」

「んー……人間見ても、さほど感動しないからかな」

「そっか」


 にっこり微笑んだ瑠依は、突然崇宏に向けてシャッターを切った。


「うわ、なにすんの」

「崇宏と同じ視線で撮ってもぜったい勝てないもん。あたし、人を撮ることにした!」

「じゃあ今の写真は失敗だね。ほら、太陽はあっち」

「いいんだもーん。ほら、崇宏は自分の撮りたいの撮ってきてよ」


 しっしっと追い払われ、ふと最初に瑠依がファインダーを向けた景色にピントを合わせた。

 うん、悪くない。

 瑠依の感性は崇宏の好みに近い。毎日のように彼が撮った写真を見ているせいもあるのだろう。

 シャッターを切る音がふたつ、山の中に響いた。

 振り返ると瑠依が持っているカメラは崇宏に向けられている。

 思わず苦笑した。


「瑠依ちゃん、俺なんか撮ってどうすんの」

「写真を撮る崇宏の写真を撮ってるの」

「そりゃ見てわかるってば。その写真、きっと高く売れるよ」

「そうだね。元カノたちに売ったら、みんな買うかも。ほら、藁人形にそれ張りつけて、カーンカーンと」

「やめてよ! 絶対売っちゃだめだよっ!?」


 思わず想像しちゃったじゃないかと怯える崇宏を見て、瑠依は悪い顔で笑っている。

 そのあとはもう、崇宏を撮ることがつまらなくなったのか、おもしろい形で伸びている木を撮ったり、ズームではなく接写で葉を撮ったりと、楽しそうにしていた。だから――。

 カシャリとシャッターを切ったあと、崇宏は自分が笑っていることに気づいた。

 このカメラのフィルムには、光が降り注ぐ中で満面の笑顔でカメラを覗き込んでいる瑠依が焼きついた。

 はじめての、人物写真。

 崇宏は目を細めて無意識にカメラを撫でた。


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