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たなばたのはこぶね  作者: 比奈田美也


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#04

 夏祭りで瑠依と元カレが鉢合わせて、瑠依が崇宏を男として見ていないことを痛感して、学校をサボりすぎたツケが回ってきて、ほかの誰よりも早く迎えた登校日。

 鉛のように重たい心と身体を引きずりながら、崇宏はひたすら目的地へ向かっていた。


「るーいーちゃん、あっそびましょー」


 補習という地獄を味わった崇宏は、せめて少しでも癒されようと、瑠依の家に来ていた。

 チャイムを鳴らして少し経ってから、玄関が開く。

 が。


「え!?」

「…………」


 胸もとがガッツリ開いたキャミソールにミニスカート姿で、うるさいんですけどと言わんばかりの睨みをきかせている瑠依――によく似た色っぽい女の人が、これ以上ないというくらい不機嫌な顔で崇宏をガン見している。


「……だれあんた」


 瑠依と似ている女性は、どうしてこんなにも口が悪いのか。来客があるたびに威嚇していいのだろうか。

 とても目のやり場に困る出で立ちなのに、瑠依よりくっきりはっきり強調されている胸から視線が逸らせない。瑠依によく似たその女の人は、崇宏の視線に気づいたのか自分の胸元を見下ろして、ははーんと悪い顔をした。


「あんた、間男だね?」

「は!? ま、えぇ!?」

「今、瑠依のところにカレシが来てるんだけど。あがってく?」


 なんと。いつのまに瑠依にカレシなんてできたんだ。そりゃー邪魔しちゃいけないね。

 じゃなくて。

 崇宏は今聞いたばかりの言葉の意味を全力で咀嚼する。


「瑠依にカレシはいないはずなんですけど」

「そうそう。別れたはずの男がさー、なんか知らないけど遊びに来てるんだよ。どうする? あがってく?」


 タカヒロくん。

 そう続けられた。

 名乗ってもいないのに名前を呼ばれるということは。


「おねーさん、ですか?」

「うん、瑠依のお姉ちゃんの亜依様。美しいでしょう」


 大きな胸を強調するように逸らせたのを見て、俺は瑠依ちゃんくらいちっさい、ささやかな胸が好きだ! と口には出さずに意味もなく胸を張る。

 瑠依の姉は、おかしそうに笑って崇宏を家に招き入れた。なにげに、瑠依の家に入るのはこれが初めてだ。少しドキドキしながら玄関に入ると、彼女は階段に向かって突然大きな声で叫んだ。


「崇宏くん、そんなところ、触っちゃいやっ!!」


 ええーっ!? まじっすか。俺の手って2本じゃなくて誰かに遠隔操作されちゃう手があったんですか! 

 本気で怯える崇宏をよそに、2階からものすごい勢いで瑠依が下りてきた。そして理由も聞かず、いっさいの言い訳も許されないまま、思いっきり頭を叩かれる。


「バカヒロッ!!!」

「ちがっ! 瑠依ちゃん、これには深いわけが……」

「言い訳無用!」

「あーはっはっは。愉快ゆかい」


 亜依は、おなかを抱えて笑いながら奥の部屋へと引っこんだ。それを呆然と見送る瑠依と崇宏。

 しばしの沈黙のあと、瑠依は申し訳なさそうに上目遣いで崇宏を見た。

 そんな顔しても許してやんない。元カレなんか連れ込んだうえに問答無用で殴られたんだからね、ボクは。

 崇宏はいじけるようにそっぽを向いた。


「ごめんね? ヘッドフォンして音楽聞いてたから崇宏に気づかなくて……」

「大音量でナニしてたの?」


 自然と声が低くなる。


「なにって、音楽聞いてただけだって。なんか崇宏の声が聞こえたような気がして音量下げたらお姉のあんな声聞こえたから……」

「ふーん。センパイは今なにしてんの? お着替え中?」

「は?」

「いやーん。瑠依ちゃんってば、やーらしー」

「あんた……それ、嫌味のつもり? いくら思いっきり叩いたからって、なにもそんな古傷持ち出さなくたっていいでしょ」


 むぅっと一気に不機嫌ゲージがマックスになった瑠依を見て、首を傾げる。

 そして、足元を見下ろして納得する。男性物の靴はない。

 瞬時に理解する。俺は初対面のおねーさんに弄ばれた。


「瑠依のおねーさんって、悪魔だね」

「なんでそんなこと知ってるのよ。あんた、まさかお姉にまで手を出してたんじゃ!?」

「ないないないない。だって俺、…………」

「なによ」

「いえ、なんでもありません」


 危ない。今、崇宏は取り繕うことが不可能な失言をするところだった。


『俺、きょにゅーよりひんにゅーが好きだもん』


 これはもしかしなくても、完全に地雷だ。腕1本や臓器ひとつくらいの犠牲で済むような問題ではない。


「まあ、もういいよ。許してあげる。そんなところに突っ立ってないで入りなよ」


 それは俺の台詞だ、というセリフを飲みこんで、瑠依に促されるまま2階へと上がった。


 瑠依の部屋はきちんと整頓されていて、瑠依らしいといえば瑠依らしいのだけれど、崇宏が知っている女の子の部屋とは違った。なんというか、ものすごく、モノトーン。

 フローリングに黒いラグ、パイプベッドにかけられているのは黒と白のカバー。ベッドと同じような黒いパイプのデスクと、棚。黒いテーブルの上には飲みかけのグラス。それだけ。どこかで見たことがあるような部屋の配置と家具に崇宏は思わず首を傾げる。


「……なんか失礼な視線だけど、言いたいことがあるならはっきりどうぞ」

「いえ。瑠依さんらしいシンプルなお部屋だと」


 余計なことは言えない。

 瑠依の部屋には当然、元カレなんていなくて。瑠依はヘッドフォンのプラグを引っこ抜いた。さっきまで大音量で聞いていたらしき音楽が静かに流れる。

 ドアを閉めようとした崇宏を瑠依が止めた。開けっ放しでいい、というのは、もしや少しは警戒しているのだろうかとほんの少しだけよろこんでいると、すかさず現実に引き戻される。


「ドア閉めてたら、お姉がコソコソ盗み聞きしに来るんだ。ちょっと落ち着かないけどガマンしてね」

「ハイ」


 とても納得しやすい理由をありがとう、瑠依ちゃん。

 崇宏はくすんと洟を啜るが、賢くないゆえ、深く考えない。ドアを閉めてコソコソ盗み聞きされて困ることが、瑠依には以前あった、という部分を考慮することが完全に欠落している。


 そして、瑠依の言うとおり聞き耳をたてていたのか、そのタイミングで、こんなことは絶対にしなさそうなタイプの亜依がわざわざ飲み物を持って部屋にやってきた。健全な距離を保ってお行儀よく座っている崇宏を見て舌打ちしたのは見逃せない。

 部屋を出るとき、さりげなくドアを閉めようとした姉を崇宏は立ち上がりながらにっこり笑ってその手を止めた。

 同じようなにっこり笑顔でドアノブを握り、ジリジリと力を加え続ける姉。

 なんておもしろい家族なんだと崇宏は大いにこの家族を気に入った。


 瑠依の姉があまりにもおもしろかったので、崇宏はそのままお行儀よく瑠依の部屋にいた。というより居ざるを得ない状況になった。

 部屋に流れる音楽を聴きながら読書している瑠依と、黒いテーブルの上で勉強させられている崇宏。

 これぞ健全な高校生の姿じゃなかろうか。


「ねー瑠依ちゃん、遊びに行かない?」

「行かない。さっさとそれ、終わらせて」

「はい……」


 夏休みの課題のほかに、補習の課題まで上乗せさせられたことを知った瑠依が、残りの課題のページ数を日割りし、今日のノルマとしてしまったせいで、崇宏はこの5ページが終わるまでここから一歩も出してもらえないという悲しいスケジュールを強いられている。

 この調子だと明日も遊んでもらえなさそうだと、崇宏はしぶしぶ課題に取り掛かる。


「ねー崇宏」

「んー? 遊びに行くー?」

「それ終わったらね」

「がんばる!!」

「……ところでさー」

「ん?」


 なんだかとても言いにくそうな声に顔を上げる。

 手は動かす! とピシャリと言われ、慌てて課題にペンを走らせた。

 ちらりと顔を上げると、瑠依は珍しく、なんだか顔が赤い。熱でもあるのだろうか。さっき、力いっぱい殴られたが、もしやあれは本来の半分の力もこめられなかったというのか。


「なに? 瑠依ちゃん」

「んー……崇宏って、門限何時?」

「俺? そんなのないよ。生きて帰ってくればいい、が進藤家家訓」

「…………」

「で? 門限がなに?」


 どうにも落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた瑠依は、思い切ったように崇宏を見た。


「明日ね、お姉のサークルでキャンプというか星を見るイベントがあるらしいんだ」

「へぇ、いいねー。どこで?」

「隣の市の山奥……」

「え、まじで? いいなー……って、え? もしかして俺も行っていいの!?」

「うん……去年、流れ星とかすごかったんだって。写真はうまく撮れなかったらしいんだけど、崇宏なら撮れるかなーと思って……」

「やった! まじで? うわー瑠依、ありがとう!」


 隣の市の山奥なんて、高校生にもなれば親に頼らずとも行けるのだが、進藤家にはあいにく、キャンプ用品はない。自分で買おうにも、小遣いは全部カメラにつぎ込んでしまっているため、絶景ポイントだと知りつつもなかなか行けなかった。


「俺、いくら払えばいい? あんまり裕福じゃないんだけど」

「あ、それなんだけど。お姉のサークルで、180度写真展みたいのをやりたいんだって。だから崇宏さえよければ、サークルの人たちに撮り方を教えてあげてほしいなって。それなら飲み食いも送迎もお姉たちがやるって言ってるんだけど……」

「え、そんなことでいいの?」

「え、やってくれるの?」


 きょとんとして見つめ合ったあと、ふたり同時に噴き出した。

 コツさえわかれば、誰にでも写真くらいは撮れる。そんなことくらいで連れていってもらえるなんて、かなり幸運だ。


「瑠依も行くんだよね?」

「うん。邪魔しないから行ってもいい?」


 ああ、なんてかわいいんだろう、瑠依ってば! 

 思わずぎゅうっと抱きしめると、一瞬驚いた顔をしただけで瑠依は笑った。しかも、なにを血迷ったのか抱きしめ返した。

 やっと想いが伝わったかと崇宏は感激する。


「瑠依ちゃん、大好きー」

「あたしはふつうー」


 きゃー。普通ですってよ!!! 

 じゃあなんなのこのハグは! 


 そんな感じで崇宏は、とても運よく瑠依とひと晩すごせるうえに、山籠もりできるチケットを手に入れた。

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