#28
「へぇ……きみが」
「おはよーございまーす! ノリです!」
翌朝迎えに来たノリは、胡散臭いものでも見るようにじろじろと上から下までガン見している亜依に動じることなく爽やかな笑みを向ける。瑠依はすでに疲れ切っている。
本来ならば家を知られたくないため、駅で待ち合わせのはずであった。が、前夜、無理やり泊まり込んだ亜依が、朝になってから自宅まで迎えに来させろと言い出したせいで、瑠依はノリをここまで電話で誘導しなければならなくなった。
それくらいならまだいい。なんでもそつなくこなしそうだったノリは、なんと方向音痴だったようだ。駅から徒歩で20分かからない距離だというのに、ノリが到着したのは誘導開始から1時間半が経過している。
「……きみさぁ。なんかどっかで会ったことないかな」
亜依にしては珍しくとても不機嫌そうにノリを見つめる。ノリは笑みを崩さず小首を傾げた。
「こんなにキレイなお姉さんなら、一度会ったら忘れないはずなんで、きっと他人の空似ですよー」
「そう言われるとたしかにそうね。ふーん……。まぁいいわ。うち、門限15時だから。それまでに瑠依を返してね」
「あはは、15時門限とか小学生より早いですねー」
「うん。守らなかったらきみのおなかに風穴ができるからね。気をつけて」
ようやくにっこりと微笑んだ亜依は、顎で車を指し、ノリに乗るよう促した。おとなしく従ったのを確認し、ちらりと瑠依を見やる。
そして、作ってやる義理はないと言い張る瑠依に無理やり作らせたお弁当が入ったバッグをひったくった。
「ちょっと……なにやってんの?」
「作ってくれてありがとう。これは私と礼司がおいしくいただいておく」
「はぁ?」
「じゃあいってらっしゃい。瑠依、15時よ、門限」
「どこから出てきた時間なの……嫌がらせしないでよ」
「はぁ? あんた、あの子と一緒にいたいわけ?」
「いや、別にそうじゃないけど……」
「瑠依に二股は無理だわ。黙って独り寂しく崇宏くんのこと待ってなさい」
「待たない! いってきます!」
怒りをあらわに、瑠依は助手席のドアを勢いよく開き、乗り込むなり力いっぱい閉めた。シートベルトを着用してもノリは車を走らせない。文句を言おうと顔を上げた瑠依は、肩を揺らして笑うノリに眉を寄せる。
「なに笑ってるの?」
「いやー噂には聞いてたけど、強烈なお姉さんだね」
「噂? またさゆり?」
「まぁそんなとこ。俺、嫌われちゃったみたいだねー?」
「お姉の気紛れだから気にしなくていいよ。早く行こう?」
「門限、15時だしね?」
ひとしきり笑ったノリは、ゆっくりと車を発進させ、亜依に向けて軽く頭を下げた。それを無視してアパートへ入っていく亜依を見送り、瑠依はため息をつく。
亜依は昔から理不尽な人間だったが、ここまであからさまに人を嫌うようなことはなかった。むしろ、瑠依の友人には極めて迷惑なほどなれなれしく絡んでくるのが常だ。
その証拠に、こうしてノリを家にまで迎えに来させたのは、ノリの姿を見たかったからに違いない。いったいノリのなにが気に食わなかったのだろうとぼんやりと考える。と、そのとき、目の前に手のひらが現れた。
「考え事?」
「え? あぁ……。ううん、ごめんね。変な姉で」
「全然ー。でもちょっと急がなきゃねぇ。あんまりアトラクション乗れないかも」
「門限15時なんて嘘だから気にしなくていいよ」
何気なくそう口にすると、ノリは小さく笑う。
「門限破ってでも、俺と一緒にいたい?」
「そういう意味じゃないけど」
「なんだ。そういう意味だったらうれしかったのになー」
運転していたノリの手が伸びてきて、ぽんっと頭にのせられた。その手はくしゃりと撫で、すぐに離れていく。
瑠依は思わずノリを見上げた。
「飛ばすわけにいかないから、ちょっと裏入ってみようかなー」
「え?」
「このまま走るとさ、渋滞に引っかからなくても着くのが昼過ぎちゃうんだよねー」
「あんた……方向音痴なんじゃなかったの?」
「演技、うまかったでしょ」
「演技!?」
「うん。やっぱりさー好きな子の家族に会うのって緊張するじゃん。ヘタレだからちょっと怯えて時間稼ぎしてたんだよねー」
「まぁ、それはちょっとわかるけど。無理して迎えに来なくてもよかったのに」
「今、さらっと俺の告白、流したよね」
「は?」
「ま、いっかー。ひとまず、昼前に到着しますように!」
ノリはそう言ってハンドルをきった。
なにか釈然としないものを抱えながらも、見慣れない道と聞き慣れないBGMに意識はすぐそちらへと移った。
うるさくない会話に相槌を打ちつつ、瑠依はちらりとノリの横顔を盗み見る。
もうずいぶんとこの顔を見ている気がする。客観的に見てそんなに悪い顔ではない。ウザイとばかり思っていたが、瑠依が会話をする気になればそれほどしつこく食い下がってくることもない。普通にしていればモテそうだ。
「瑠依ちゃんはこういう顔、好き?」
「は?」
「じーっと見てるから」
「あぁ……モテそうな顔だなーと思って」
「うん、まあそこそこねー。でもホントに好きな人にはモテないから残念だよねー」
「それはかわいそうだね。がんばって」
「うん、ありがとー」
ノリはくすくす笑いながら運転を続ける。好きな人がいるなら、自分とではなくその人を誘えばいいのに、と瑠依は思う。
道路は渋滞することなく順調に進んでいた。前方に観覧車の姿が見えてくるころになると、しだいにそわそわしてくる。ジェットコースターのレールがはっきりと見え、心なしか悲鳴まで聞こえてくるような気がする。
2時間弱のドライブは終わりを告げ、車は駐車場に停車した。
「はい、到着ー。お疲れさまー」
「あたしは乗ってただけでしょ。あんたがお疲れさまー」
「ありがとー。んじゃ、行きますか!」
車から降りたふたりは、並んでエントランスへと向かう。チケットをゲートに通して中へ入ると、先を歩いていたノリが振り返った。手が差し出される。
「なに、その手?」
「迷子防止」
「方向音痴じゃないから大丈夫」
「じゃあ普通に。手、繋ごう?」
やだ、と言う前に手を取られ、指が絡められる。
ノリは瑠依の手を引いて歩き始めた。繋がれた手に違和感がないことがどうにも釈然としないものの、瑠依の意識はあっという間に園内の浮足立った空間に飲まれた。ぐるっと園内を見渡したノリが一点を指差す。
「ごはん食べる前に乗っちゃおうか!」
「うん」
「瑠依ちゃん、絶叫系だいじょうぶ?」
「たぶん……?」
「きゃー! って抱きついてもいいよ」
「いや、それはない」
そう断言しつつも瑠依はひそかに緊張していた。
なにせ、遊園地に来るのは小学生ぶりなのだ。
当時、姉の亜依が、乗りたくないと泣き叫ぶ瑠依を満面の笑みで連れ去り、最初から最後まで絶叫マシンに乗り続けるという悪夢を味わっている。
それ以降、家族とはおろか、友人とも来ていない。大人になったことだし、きっと大丈夫だろうとドキドキしながら列に並んだ。




