#27
ドライブに行きましょう、という第一声に瑠依は小さくため息をついてノリを見上げる。
ここは会社の最寄駅構内にあるコーヒーショップだ。いつものようにノリと向かい合わせで座り、キャラメルラテで乾杯したところだった。
「どうしてあんたはいつも唐突なの?」
「突然思いついたんだからしかたないでしょー。瑠依ちゃん、明日が有給消化であさってが普通に休みだったよね?」
「あんた、怖い。なんでそんなこと知ってんの?」
「秘密」
「……さゆり以外にもあんたの仲間がいるのね? しかも私の部署に!」
「ぴんぽーん! 正解した瑠依ちゃんには俺を差し上げまーす! 返品不可!」
「受け取り拒否。ドライブなんて行かないよ? あたし、乗り物酔いするから」
「それまたおもしろくないご冗談を」
「あとこれ重要。あたし会社と自宅の往復以外に外出したくないの」
ストローを咥え、しれっとした顔で甘いラテを啜る。
こうしてあの手この手と死力を尽くすも、たいていがノリのペースに巻き込まれているのだが、瑠依は素直に付き合う気はさらさらない。そしてノリも、瑠依の返事を素直に聞き入れるわけがない。
「では、仕方あるまい。最終兵器を。じゃじゃーん」
「なにそれ」
得意げな顔でスーツのポケットから取り出した封筒を突き出す。呆れた目でノリを見ていた瑠依は、彼が手にしている封筒に視線を向けた。ノリは瑠依の表情を窺いながらもったいぶりつつ中から紙切れを引き出す。
「遊園地!?」
「うん! お客さんからもらったんだー。いいでしょー」
「くれるの!?」
「あげないよー」
「なんだ。ただの自慢? 使えないわねー」
「は?」
「たまに姉でも誘って遊園地もいいかなと思ったけど、くれないならいい」
「ちょっと! そこは俺と一緒に行くって発想がスムーズかと思うんですけど!」
「あぁ。ないわね」
くれないならもう興味はないとばかりに、瑠依はバッグの中から読みかけの文庫本を取り出した。ノリは慌ててそれを瑠依の手から引き抜く。
「一緒に行ってください!」
「いいよ」
「え!?」
「だから、いいよってば。遊園地、行きたかったんだーあたし」
ノリの手から遊園地のチケットを引き抜いた瑠依は楽しそうに笑う。しばらく呆けたように口を開けていたノリは、ややあって微笑んだ。
「よかった。やっと笑った」
「あんたが笑えるようなことをしないから笑わないだけでしょー。あたしだって人間なんだから、笑うし泣くよ」
「へぇ? 泣くの? 瑠依ちゃん」
「泣……かないね、そういえば」
軽く笑って流した瑠依はチケットを眺めて目を細める。
瑠依にとって思い出したくない記憶は、遊園地にはない。それだけでいくらかホッとしていた。
だいたい、遊園地なんて子どものころに家族と行ったきりだ。当時は怖くて乗れなかった絶叫マシーンは、今なら乗れるだろうかと想像する。
キャラメルラテを飲みほしたあと、瑠依はいつものように改札の中でノリと別れて互いに逆方向の電車に乗り込む。今日決まった明日の予定を忘れるわけがないのに、運よく席に座れた瑠依はバッグの中から手帳を取り出して“遊園地”と書き込んだ。
自然と口角が上がる。久しぶりに動いた心は、瑠依にしては珍しく弾んでいた。
駅に到着し、街灯の多い通りを選んで自宅へと向かう。あと少しで到着、というところでバッグが震えた。さっき別れたばかりなのにまたノリかと思いながら携帯を取り出すと表示されていたのは別の名前だった。
『あんた、今どこ?』
「もうすぐ家だよ。珍しいね、電話」
『でしょ? 早く帰ってきなさいよ。おなかすいたじゃないの』
「は?」
『あんたの家、食べ物がなにもないってどういうこと? ちゃんと食べてる?』
アパートを見上げると瑠依の部屋に電気が灯っている。
「お姉、葛城さんとケンカでもしたの?」
『なんで礼司とケンカなんかしなきゃいけないの。付き合いが長いからって僻まないでくれる?』
「……僻んでなんかいませんけど」
『あぁ、そう。食べ物買ってきてよ』
「今やっと家に到着するっていうのに!? 疲れ切った妹に買い出しに行かせるの!?」
『面倒くさい子ね。わかったわよ。そこにいて。今下りるから』
ぷつりと途切れた通話に瑠依は唖然とアパートを見上げる。少しして電気が消え、姉が建物から出てきた。
「久しぶり。生きてた?」
「死んでたらここにはいないでしょう……」
「カレシできた?」
「できません。っていうかホントになにしに来たの? 急に来られても困るんだけど」
「あらー? お姉さまがアポなしで来たら困ることでも? カレシもいないくせに?」
「性格わるー……」
「聞こえてるけど。まぁいいわ。明日、礼司と水族館でも行こうかって話してたんだけど、独り身で寂しいあんたにも声くらいかけてやろうかってことになってね」
「別に寂しくないからいい。それにあたし、明日出かけるし」
「え? 独り映画?」
「ひとりって決めつけないでくれる? 映画じゃなくて遊園地だし」
「独り遊園地!?」
憐れんだ顔が瑠依を見下ろす。なんという性格の悪さなんだと思いつつ、瑠依は亜依から視線を逸らした。これ以上話しているとノリの話題になる。そうなると今以上に面倒くさいことになる。妙な寒気を感じながら、つい先ほど歩いた道を戻ってスーパーへと急いだ。
「瑠依、カレシできたの?」
「しつこいなー。そんなのいないし、いりません」
「明日、遊園地は誰と行くの? 男でしょう。え、なにー? バカヒロくんだっけ? 帰ってきたの?」
「いいから早く歩いてよ」
「別の男!? へぇ……瑠依がねぇ? ってあんた、明日デートなのになにも買わないで帰ってきたの!?」
「デートじゃないけど、なにを買ってこいと?」
「遊園地といえばお弁当でしょう!」
嫌な予感がしながら恐るおそる振り返る。そこにはこの世のものとは思えないほどキラキラした笑顔で亜依が立っている。悪い予感というのは当たるのだ。
亜依は瑠依の腕を掴むと、ウキウキした歩調でスーパーへと引きずって行った。これから食べるものを買うのだとばかり思っていたのに、なぜかお弁当のおかずになりそうな食材ばかりカートに詰め込んでいく。5,000円分ほどの食材を買わされ、さらに両手に袋を持たされてようやく帰宅した。
やっと休めると思ったのもつかの間、亜依はキッチンでなにやら物色し始めた。調理器具を出し、満面の笑みで瑠依を呼ぶ。あの様子だと今夜はおかずの試作を延々と作らされるのだろう。瑠依は、終わった……と小さく呟いた。




