#17
「ねー瑠依ちゃん」
「んー?」
瑠依と崇宏は、瑠依の部屋で勉強中。
毎週日曜日は一緒に過ごすと決めたのはいいが、崇宏が日曜に充てていた分の勉強時間を平日に振り替えたことに気づいた瑠依は、ますますゲッソリしていく姿を見て会わないほうがいいのではと申し出た。
けれどそこは崇宏にも譲れないライン。頑として日曜日の瑠依は自分のものだと主張して折れる兆しが見えない。
そこで瑠依は妥協案を提示した。
――日曜日の午前中は一緒に勉強して、午後からゆっくりしよう。
その提案は実のところ崇宏にはありがたかったため、今はおとなしく勉強中なのだ。
やっと一教科を終え、瑠依の部屋を見渡して気づいた。いや、本当はずいぶん前からなんとなく気づいてはいたけれど、気のせいだと思い込もうとしていた。でもやっぱり無理だった。
「瑠依の部屋ってさー」
「なによ」
「洋介の部屋と瓜二つなんだよね」
「は?」
「配置も同じというか。なんで?」
きょとんと崇宏を見ていた瑠依が、なにやら急に難しい顔で考えている。もしや言い訳だろうかと嫌な汗が流れる。
「まさかとは思うけど……」
「あー……ごめん」
瑠依が素直に謝ったことにも驚いたが、いっさいの否定もないことで崇宏は二重に動揺した。
付き合い始めてからなんの進展も許されない瑠依が。自分を案じてくれた瑠依が。
浮気!? え、ちょっと待って。
動悸が激しくなり倒れそうになるが、倒れている場合じゃない。一度離れて冷静になろうと、シャーペンをペンケースに入れ、いそいそと帰り支度をする崇宏に、今度は瑠依が慌てた。
「ちょっと、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょう。ごめんってことはそういうことだよね? 俺、どっちが本命とか興味ないってかムカツク」
「はぁ?」
あまりのショックに瑠依の顔は見れないが、たしかに不穏な空気が流れた。
崇宏は争い事が嫌いだ。特に、瑠依相手は。けれど今は、どうがんばっても冷静な判断はできないうえに通常より数倍馬鹿な言葉を口にしそうで怖い。
「前々から馬鹿だばかだと思ってたけど、あんた、なにを勘違いしたわけ」
「ふーん」
「会話になってない。まさかとは思うけど、あんた、私のことを疑ってるんじゃないでしょうね」
「疑ってないよ。確信しただけで」
「……帰れ」
「言われなくても帰りますぅー。ばいばい瑠依ちゃん」
「さよーなら」
ぷいっとそっぽ向いた瑠依に背を向けて、崇宏は部屋を出た。ついでに涙も出た。
そりゃたしかに俺は馬鹿だけどさ。写真ばっかりだけどさ。でも瑠依だって楽しんでくれてたのに。なんでよりによって洋介なんだよ。俺のトモダチじゃん。
瑠依と瑠依の家に別れを告げた崇宏は、その足で洋介の家へと向かった。もちろん、一発殴ってやるつもりでだ。一旦自分の家に戻って、あまり乗らないのにノリで買ってもらったマウンテンバイクに跨る。
洋介の家はここから自転車で20分程度の距離。全力でペダルをこぎ、15分で到着した。
「崇宏、今日はルイ様とお勉強じゃなかった?」
開口一番、驚いた顔でそう言った洋介の頬を無言で殴った。
「いってぇ!? おまえ、なにすんの!?」
「なにすんのって? おまえこそなにやってんだよ」
「意味わかんねーよ。いつも意味不明だけど今日はよりいっそう意味わかんねぇ」
「おまえ、瑠依が好きならそう言えばいいだろ。なに隠れてコソコソやってんだよ」
胸ぐらを掴んで凄む崇宏に洋介は目を大きく見開いた。その顔が心なしか、どうしてばれたんだという顔に見えて、さらに崇宏をどん底へと突き落す。
しばしの沈黙のあと。洋介は意を決したようにまっすぐ崇宏を見た。
「えーと。非常に言いにくいけど、ルイ様が仮に浮気してたとして、相手は俺じゃねぇから」
「は……しらじらしー」
「いや、まじで。ルイ様、たしかに表面的にはまあまあだけど、中身がアレじゃん。そっか……おまえ、ルイ様にふられたのか……」
ぽんっと崇宏の肩を叩いた洋介は、胸ぐらを掴んだままの手を静かに引き剥がし、乱暴に頭を撫でた。ぼろっと涙が落ちる。
「入れよ。話ぐらいは聞いてやるからさ」
労わるように背を撫でられ、促されるまま家に上がる。そして促されるまま今日の出来事を涙ながらに語った。
「……おまえ、マジで馬鹿?」
「馬鹿じゃないやい!」
すべて話し終えた崇宏はぐしぐし涙を拭いながら反論する。
「いや、おまえさ。悪いことは言わない。今すぐルイ様に土下座してこいよ……」
「なんで浮気されてんのに土下座なんかっ!!!」
「いやいやいや。俺の部屋はさー、兄貴のおさがりなんだよ、全部。この家なんて建売だし。兄貴に言わせるとなんか昔はこう、黒い家具とかはやったらしいんだよな。で、兄貴が大学入ったころに、女から趣味悪いって言われて家具一式全部押しつけられたわけよ。ルイ様にも姉貴だったか兄貴だったかいなかったか?」
「……いるよ。悪魔みたいなおねーさまが」
「だろ……。たぶん、流通経路はそこだな。あとはそうだな……おまえ、ルイ様の部屋の間取り、これに描けよ」
「だからまったくこのまんまだって!」
「馬鹿か。窓とかドア、クローゼットの位置のことだよ」
意味不明の言葉だが、無理やりペンを持たされて渋々書き込んでいく。
それを見た洋介は深々とため息をついた。
「質問するけどな? この間取りでおまえ、ベッドの位置を変えるとしたらどこに置く?」
「そんなの! ……あれ? あれ??」
「……だろ。ここ以外、置く場所なんてないんだよ。つまり。ルイ様は、悪魔の姉から押し付けられた家具を、生活するのに不自由ない配置にしただけ。おーけー?」
「おっけ……」
「要するに、こういう部屋が必然とできあがるわけ。質問は?」
「ありませんごめんなさい」
「まあ……ルイ様と俺が浮気したと思い込んで殴ったことは、寛大だから許してやるよ、心配すんな。おまえ、馬鹿だし。だがな、ルイ様は違うぞ? 捨てられるだけじゃなく命の終わりを真剣に考えたほうがいい。ってかおまえ、遺言書いておけ。一眼レフは篠原洋介にあげます、これを売って治療費にしてください」
言われるまま書いて、はたと気づく。
「なんでおまえにあげなきゃいけないんだよ!」
「ちっ……」
「瑠依ちゃ……」
「あーもううざい。泣くくらいならさっさと戻って殺されてこいよ」
背中を押され、追い出された崇宏は、今度は10分で瑠依の家に到着した。息が上がったままチャイムを押す。
「瑠依ちゃん、こんばんは……」
「どちらさまでしたっけ」
案の定、瑠依はすぐに玄関を閉めた。ものすごく、怒っている。
当たり前だが瑠依の家には家族がいて、そう何度もチャイムを鳴らすわけにもいかず、崇宏はとぼとぼと玄関から離れた。ちらりと見上げた瑠依の部屋はブラインドがキッチリ下ろされていて、明かりはついているけれど部屋に戻ったのかまではわからない。
門に寄りかかって空を見上げる。指で作った簡易ファインダー越し、雲ひとつない星空なのに曇って見えるのは、隣に瑠依がいないからだとわかっている。
「瑠依ー」
そう声に出して、ああ、近所迷惑かと口をつぐむ。瑠依がいないだけで景色まで鈍る。
どれくらいそこでぼんやり空を眺めていたのかわからないが、ようやく諦めがついて門から背を離した。
「帰るの?」
突然聞こえた声に勢いよく振り返ると、そこには確実に機嫌の悪い顔の瑠依が立っていた。
「瑠依……」
「ヨウスケって誰」
「は!?」
「あんたが言った、ヨウスケの部屋!! あたし、その人知らない!」
「いや……クラスメートだしけっこう仲良しだよ、瑠依ちゃん……」
「仲良し? クラスメート? あんたと篠原以外にあたしが仲いい男子なんていた?」
「うん……その篠原が、洋介くんだよ、瑠依ちゃん……」
「ああ、そうなの?」
ひどい子だ。かれこれ3年間同じクラスで、仲よさげに会話していた男子のフルネームを知らないボクのカノジョ。
「あんた、そんな近場であたしが浮気すると思ってんの!?」
「ごめんなさい……」
項垂れた崇宏の頭は、瑠依に抱きかかえられた。
「ばーか」
「うん……ごめんなさい……」
てっきり、ものすごく罵倒されると思ったが、瑠依はものすごく寛大だった。そのかわり崇宏の頭を割れるかと思うほど強く抱きしめる。
「日曜日しかゆっくりできないのに。喧嘩して1日終わっちゃったじゃないの……」
うん。ごめんなさい。
首筋に落ちてきた雫。雲ひとつない藍色の空から降ってくるわけがなく、首筋を濡らすそれは涙。崇宏の言葉でどれだけ瑠依が傷ついたのかを物語るようで胸が締め付けられる。
崇宏は微かに震える身体を力いっぱい抱きしめた。瑠依の腕が緩んだのを機にもう一度ぎゅうっと抱きしめる。
「ごめんね、瑠依……」
「今度疑ったらコロス」
「はいすみません……」
どことは言わないが、薄い身体が離れる。まだ怒ってるだろうかと顔をのぞきこむと、瑠依は勢いよく顔を背けた。
「キライ。崇宏、大嫌い」
「でも俺は瑠依が好きだよ」
「あんたはそうやって一生、私のことを好きでいればいいのよ!」
「うん、そのつもり。だから俺のこと見捨てないでね」
ぼろぼろ零れ落ちる涙を乱暴にこすり続ける瑠依の手を掴んで、腕の中におさめる。
いつだったかは、ハンカチよこせと脅されて拒否したが、泣きじゃくる瑠依があまりにも愛おしい。シャツ1枚くらい、鼻水だらけにされてもいいやと諦める。
――こうして無事、瑠依と仲直りすることができたのですが。
あれから何度も名前が話題にのぼるのに、彼女は“篠原”以外、洋介の名前を覚えることはありませんでした。
とても不思議な瑠依ちゃん。それが、ボクの大好きなカノジョです。




