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たなばたのはこぶね  作者: 比奈田美也


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#16

 健全なお付き合いが続き、転機が訪れたのは高校2年の冬。冬服の瑠依ちゃんもステキ! と抱きついて殴られた時期。


「あたし、そろそろ真剣に受験勉強しようと思って」

「じゅけん?」


 一瞬、本当にわからなくて首を傾げる崇宏。瑠依にとっては想定内だったらしく、呆れた顔をしつつも1冊のパンフレットを取り出した。それを見て初めて大学受験の話だったのかと気づく。

 中を見ると、楽しそうに大学の敷地内で笑う男女数人の写真。主な学校行事、カリキュラム、学校方針、略歴などなどが書かれていた。


「ここ、受けるの?」

「うん」

「ここ、受けるの?」

「だからそうだってば」

「これ、とーきょーだよ?」

「ここから2時間くらいだよ」

「2時間かけてガッコ、通うの? すごいねー」


 素直にそう言った崇宏を、瑠依は本気で怒った。

 崇宏にはいろいろ理解できていない。どの交通機関を使って2時間なのかも、崇宏でさえ聞いたことがある大学の名前のパンフレットを見せられたことも、この大学のレベルも、さっぱり理解できない。

 けれど、瑠依が指差したそこを見て崇宏は勢いよく顔を上げた。


「ちょっと待って瑠依ちゃん」

「先に言っておくけど、あたしに合せないでね。自分の進路は自分で決めてね」

「うん。決めた。一緒に行く」

「ばかなの?」

「うん!」


 パンフレットを食い入るように見つめて、瑠依が進みたい道を熟読する。瑠依は合わせるなと言ったが、崇宏は顔がにやけるのをとめられない。

 彼女が選んだのは広報メディア学部。

 ちゃんと俺にも道を残してくれた。と思ったが、瑠依は厳しい現実を告げた。


「言っておくけど、今のあんたの脳みそじゃ、ここ、入れないから」

「えー!?」

「当たり前でしょ? 全国の受験生をなめんじゃないわよ」

「そんな……じゃあ瑠依ちゃん、もうちょっとランク落とそうか!」

「イヤです。あたし、これから塾だから」


 瑠依は、ばいばいと手を振って帰っていった。

 残された崇宏はしばらく放心していたが、持ったままだった大学のパンフレットを手に職員室へ走る。同じ大学に入るためならどんな努力も惜しまないという執念だろうか。

 瑠依こそ、俺の愛をなめんなよ!


 瑠依は失念しているようだが、実はこの高校は進学校で、なかなかの学力を持ち合わせている。その高校に入学できた崇宏の頭脳は、まあ……どんな奇跡が起こったのかはわからないが、やればできる子だと本人は信じている。今から地獄のような受験勉強に耐えればイケルと踏んだ崇宏は職員室に飛び込んだ。

 まずは担任の姿を探す。


「せんせー! 俺、瑠依と一緒に大学受ける!」

「幻聴がする……」


 担任は両耳に手をあて、眉を寄せながらあたりをきょろきょろと見まわしている。

 何度同じことを言っても聞こえないふりをされた崇宏は、がっしりと顔を押さえて視線を合わせ、もう一度言う。


「瑠依と一緒に、じゅけん!!!」

「無理だ。やめておけ。それにな、進藤。先生は人生の先輩としてひとつおしえてやる。おまえと秋葉は、高校卒業と同時に進路が分かれ、破局を迎えるだろう。だが心配するな。秋葉はおまえよりうんとマシな男と幸せに生きる。安心しろ」

「なんて酷い妄想!!! 大人は嫌いだ!」

「それが現実なんだ、進藤。お前は落ちる。確実に落ちる」

「ひどい!!!」


 こうなったらもう、最後の手段だ。崇宏は大至急自宅に帰り、母親を捕まえた。


「俺、受験する!」

「受験料がもったいないでしょう? やめておきなさい」


 崇宏はそろそろぐれてもいいのではないだろうか。彼女の瑠依には見放され、担任には幻聴だとあしらわれ、母親からはどこを受けようとしているのかも、いっさい聞かれずしてこの発言。

 めげない崇宏はなおも食らいついた。


「瑠依と一緒に、受験!」

「……あんたの頭脳じゃどこも受からないこと、知ってるの?」


 母親までもがこのもの言い。いじけた崇宏はドサリとソファに身を投げた。


「瑠依は絶対に受かって、離れちゃうもん。じゃあいいよ、俺、とーきょー引っ越して瑠依のガッコの前で毎日お座りして待ってるから」

「あんたは本当に私によく似ているわ」

「は?」

「私もお父さんと離れたくなくて、あんたと同じことを言ったもんだわー」


 少女のように頬を赤らめ微笑を浮かべる母親の姿に戦慄する。瑠依がよく崇宏のことを馬鹿だばかだと言うが、遺伝だったのか。しかも母親の。てっきり父親の遺伝子だと思っていた。


 だが、母は強かった。なんとしても息子を希望大学に入学させようと動き出したのだ。

 ――あれは中学2年のころだ。

 遠くまで通うのが面倒だという理由だけで、崇宏は現在の高校を志望した。以前住んでいた場所で志望していた高校よりはるかにレベルが高いにもかかわらずに、だ。だが偏差値的に無理がある。

 そこで母は考えた。この馬鹿息子が志望校に合格するために何をすればいいのか。

 考えるまでもなく、勉強だ。


 その日から崇宏の地獄は始まった。

 月曜から金曜まで学校が終わると同時に塾へ走り、それが終わって帰宅すると自学で復習。土日は朝から2時間ごとに家庭教師が交代で現れ、夜まで続く。

 そのおかげで崇宏は無事、現在の高校に入学できたのだ。


 またあの地獄の日々が始まる――。

 けれど今の崇宏はそれに耐える自信はあった。なにが起きても瑠依と同じ場所へ行かなければならないのだ。



「崇宏、最近写真撮ってる?」

「んー正直、そんな時間はないねぇ」


 崇宏は参考書に視線を落としたままノートになにかを綴っている。瑠依と話すときに顔を見ないなんてことが今まであっただろうか。

 かたんと音がして瑠依がイスに座ったのがわかり、ようやく顔を上げる。

 瑠依は苦笑いで崇宏を見つめた。


「がんばりすぎてない?」

「うん、だってこれくらいがんばらないと瑠依と同じ大学なんて入れないもん」

「同じじゃなくてもいいじゃない。近くにもたくさんあるよ?」

「一緒じゃないと意味がないの」

「……1日どれくらい勉強してるの?」

「出願までに最低でも1教科10は上げないといけないからねー。今は地獄。でも大丈夫。あとひと息って感じ」

「クマ、できてる……」

「まだいいほうだよ。高校受験のときなんて死んだと思った。瑠依は? 順調?」

「ん。このままいけば大丈夫そう」


 瑠依はそっと崇宏の頬を撫でる。その表情は少し悲しそうで、崇宏は笑って見せた。

 自分で進路を決めろとは言ったが、瑠依に合わせてくるだろうと考えなかったわけではない。確実に崇宏のレベルでは無理だとわかっていたのにここを志望したのは瑠依だ。


「大丈夫だよ、瑠依ちゃん。今こそ俺の愛の大きさを知ってもらうときだ!」

「馬鹿じゃないの……」

「そうなんだよねぇ。なんか遺伝だったみたいだから諦めた。瑠依は今日も塾?」

「うん、崇宏も?」

「ん。そういえば俺、瑠依ちゃんと一緒に行きたいところがあるんだ」


 崇宏はバッグの中から1枚の写真を取り出した。それは白波がたつ海。

 首をかしげると崇宏は不満げに頬を膨らませる。


「この間おとーさまが撮ってきたんだけどさー、ここ、瑠依と初ちゅーした海」

「…………」

「散歩した“ついでに”撮ってきたって言うんだけど、なに、この完璧な構図! あんまりむかついたから俺も撮りたくて。近いうち、あいてる日、ない?」

「いつでもいいよ!」

「え、だって勉強あるでしょ?」

「1日くらい平気だよ!」


 泣きだしそうな瞳は、崇宏の笑みで本格的に零れ落ちた。


「やだなー瑠依ちゃん。泣くことないでしょー」

「崇宏じゃないみたいでやだ……」

「あのねぇ。瑠依と離れたほうが俺死んじゃう」

「馬鹿じゃないの……」

「そうだよー。大変だよ、俺と付き合うの」


 瑠依の頬を伝う涙を指先で拭い、そっと頬を包む。俯いていた瑠依が顔を上げた。

 崇宏は小さく笑って唇を覆う。誰もいないとはいえ、学校でキスするなんてと怒るだろうかと思ったが瑠依はなにも言わなかった。


「瑠依ちゃん、受験までの毎週日曜日、朝から門限までの1日、俺にちょうだい?」

「うん……」

「よかった。俺、実は勉強のつらさより瑠依ちゃん不足で死ぬかと思ってたんだー」


 がしがしと頭を撫で、崇宏は微笑んだ。

 受験ももちろん死活問題だったが、その前に関係が壊れてしまうのは本末転倒。崇宏は馬鹿ではあったが、幸運なことに瑠依の感情の流れを察知する能力に長けていた。

 瑠依が今こんなにも倒れそうなのは自身の勉強がつらいせいではない。崇宏を案じていることを崇宏が一番よく知っていた。


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