#13
高校2年、夏。
相変わらず崇宏と瑠依の関係は進展なし。
「付き合ってるんでしょ?」の質問に、まさかーと笑う瑠依を見かけてこっそり涙する日も少なくない。
いつしか崇宏は瑠依に対して恐れることがなくなっていた。精神的ダメージは、いちいち受けていたら身が持たないとようやく学んだせいもある。
「あー……おまえ、ルイ様に振られるの、何回目?」
「さあ? 全部数えたら世の中のすべての男に同情されそうなくらいは振られてるねぇ?」
にっこり笑ってその場をやり過ごす崇宏は、周りから見ると痛々しい。特に美人なわけでもなく、スタイルもいいとは言えず、性格は悪魔ときて、いったい崇宏はなぜ瑠依なのかとクラスメートは首をひねる。
友人としてなら文句はないが、あのルイ様を彼女にしたいなんて思う男子は残念ながらこのクラスにはいない。
「実際、告ったりとかしないわけ?」
「俺がしないと思う? もう何回告ったかわかんないよ」
「え。で、返事は?」
「最近は『はいはい』しか聞かないかなー」
「それ……」
「みなまで言うな。傷つく」
片手をあげて洋介の言葉を遮った崇宏は、そのまま教室に入っていった。
洋介は心底同情してそれを見送っていた。誰が見ても、崇宏は瑠依のことが好きだ。友人としてではないことなど、それこそ誰がどの角度から見てもわかる。わかっているにもかかわらず瑠依がそうあしらっているのなら、すでに瑠依にとっての崇宏は対象外なのではないだろうか。薄々感づいてはいたが、こうも決定的にわかってしまうとさすがの洋介も心が痛む。
「崇宏……かわいそうだな……」
「崇宏がどうしたの?」
当然聞こえた声に、洋介はビクリと身体を震わせる。背筋に冷たいものが流れる。
恐るおそる振り返ると、そこには想像したとおり、いや、感じた気配どおり、瑠依が立っていた。
「る、ルイ様……」
「だからその呼び方やめてよ。で、崇宏がどうしてかわいそうなの?」
「そりゃ……何度も告ってるのにふられるから……です……」
「え!? 崇宏、好きな子いるの!?」
目を見開き驚いている瑠依を見て、もっと驚く洋介。
「……大好きって、何度も言ってるらしいけど……」
びくびくしながらそう告げると、瑠依は「そうなんだ……」と呟いたきり、魂が抜けたように動かなくなった。
それを見て、もしかすると瑠依は、ただ気づいていないだけなのではと少しだけ安心した。たしかに崇宏が言う“大好き”は、下手すればあいさつのようなものだ。それくらい頻繁に、場所も考えず、臆面もなく発している。
「瑠依ちゃん、おはよう」と「瑠依ちゃん、大好き」を同義と捉えてもおかしくはない。
洋介はニヤリと笑った。
「ルイ様、崇宏のこと好きだったんだ?」
「……そっかー。崇宏なんてふられちゃえばいいよね」
瑠依はにっこり微笑むと教室へ入っていった。残された洋介はニヤつく顔が抑えられない。あとは崇宏が言う“大好き”がどれほどまでに真剣だったかが伝わりさえすれば、問題は解決だ。そう考えると同時に、洋介は口元を押さえ、よろりと壁へしなだれる。
「洋介、どうした?」
クラスメートは、突然壁に体当たりするようにぶつかっていった洋介を見て駆け寄ってくる。
「聞いてくれ。ついに崇宏がな――」
廊下で涙を拭う2名の男子を怪訝な表情で避けて通っていく女子に構うことなく、ふたりは互いに肩を叩きながら友人の健闘を称えた。
一方、教室では、いつものように瑠依の姿を発見した崇宏が子犬のように瑠依の元へと駆けていく。
「瑠依ー。今日、海行かない?」
「行かない」
「あれ? 都合悪い?」
「悪い」
「えー。じゃあ明日は?」
「明日も」
「いつならいいの?」
「ずっと、都合悪い。違う子誘えば?」
「えー……違う子なんていないよ。じゃあ、瑠依が都合よくなったらおしえて!」
「おしえない! あっちいけバカヒロ!!」
「うわーん! 瑠依ちゃんがバカヒロって言うー!」
そばにいた男子に泣きつく崇宏をじっと睨みつけていた瑠依は、ややあって深く息を吐き出した。
「ごめん、八つ当たりした」
「瑠依はひどい。馬鹿にバカって言ったらダメだっておかーさん言ってた」
「うん、そうだったね。ごめん。今日海ね、わかった」
作り笑顔を残し、瑠依は教室を出ていく。いつもと違うその様子に崇宏は不安を覚える。
まさか彼氏ができたとか、振られたとか、そういうことじゃあるまいな。ちょうど戻ってきた洋介の襟首を掴み上げた。
「な、なんだよ!?」
「おい洋介。瑠依がなんかいつもと違う。心当たりは?」
「なんで俺がルイ様の身辺を知り得るんだよ……」
「だよねー。洋介が知ってるわけないよねー」
「まあ、心当たりがあるといえば、ある」
「あ?」
「恋煩い」
崇宏は洋介の耳元に唇を寄せた。そしてなにやら小さく呟いて掴んでいた手を放し、ふらふらと教室を出ていった。
「あいつ今、死ねって言わなかったか!?」
洋介は半泣きで近くにいた男子に叫ぶ。
その後、予鈴で瑠依は戻ってきたが、崇宏は戻ってこなかった。
崇宏は屋上で寝転がり、ぼんやりと空を見上げていた。
洋介の言葉がたいてい冗談であることはいつもならわかるのに、ついさっきの言葉は信ぴょう性がありすぎてとても冗談だとは思えなかったのだ。
冗談じゃない。一番近くにいるから大丈夫だなんて驕りもいいところだった。
崇宏はがばりと起き上がった。
「もー限界」
放課後、いったん荷物を取りに家へ帰り、瑠依を連れて海へ向かった。
すでに陽は沈みつつある。
まだ明るい茜色の空に、ほんのりと浮かぶ一等星。瑠依はそれをいつものようにデジカメにおさめていた。
さっきの機嫌の悪さはもう見られない。いつもと変わらず、うれしそうにシャッターをきっている。
「ねー瑠依」
「んー?」
「結婚しよっか」
「はぁ!?」
海に向けてシャッターを切ろうとしていた瑠依は、ものすごい勢いで振り返った。
ぽっかりと開いた口。赤く染まった世界に溶け込むように、瑠依が色付いている。
「お試し期間ってことでコーサイしてみない?」
「は? なにそれ、なんの冗談?」
瑠依のことを好きだということは、いいかげん少しくらいわかっていると思っていた崇宏は本気で驚いた。まさか全然気づいてないとかは、さすがにないだろうなと思いながら、もう一度告げてみる。
「俺、瑠依のことホントに好きなんだけど」
「え……えぇぇ!?」
うわーまさかってこと、あるんだー。すごーい。
崇宏はから笑いしながら砂浜にしゃがみこんだ。足元に落ちていた細い流木で砂浜に“瑠依のうましか”と大きく書いてやる。こんなに鈍い子が世の中にいていいのだろうかと本気で思う。
腹立つなーもう、と口の中で呟く。
「えーちょっと崇宏、本気で言ってる? やーい本気にしたーとかって笑おうとしてない? だいたいあんた、好きな子に何度もふられてるって聞いたけど」
「瑠依ちゃん、ちょっとこっちに来なさい」
ためらいがちにやってきた瑠依は、崇宏の横にしゃがんだ。
「ここを、よーく見なさい」
「……瑠依のうましか……。あんた、私の名前、漢字で書けるんだ? っていうか、なに、うましかって」
「俺はね、瑠依ちゃんが大好きだから、ばかばかって思っていても書けません。だからうましか」
「あはは。おもしろいね」
「うん、おもしろくなかった」
あははーと笑い合っている場合じゃないのに、笑えてくる。
このままこうやって笑っていてもいいんだけどね、そろそろね、限界なわけですよー。ボク。
誰かにこの場所を奪われるなんて冗談じゃない。
真横にいる瑠依の頬に手をかける。なに? と見上げる瑠依の顔に崇宏の形の影ができた。
抵抗される前に唇を覆う。
瑠依の目が大きく見開かれた。
それ以外まったく微動だにしない瑠依の唇から離れて、頬に手を添えたままこつんと額を合わせる。どうやら怒ってはいないようだが、崇宏は一生分のドキドキを味わっていた。
「……こういうことをね、できないでしょう、オトモダチのままだったら」
「……崇宏の好きって、そういう好きだったんだ……」
「ほかにどういう好きがあるの……」
「オトモダチの好き、なんだと思ってた……」
「そうみたいだねー。なんかビックリしすぎて正しいリアクションがわかんないんだけど」
「…………」
「もっかい、していいですか」
額を合わせたまま尋ねる。
いいよって、言ってね、瑠依ちゃん。やだって、言わないでね――。
そのとき、瑠依がふっと笑った。
「なに泣きそうな顔してんの……」
瑠依はそう言って崇宏の頬を撫でた。
泣きそうにもなるだろう。1年も毎日まいにち『瑠依、大好き』と言い続けたのに、友だちとしてなんだと思ってた、なんてどういうことだと、崇宏じゃなければ退避以外の選択肢はない。うましかと書きたくなる気持ちはわからなくもない。
もう、返事はいりません。勝手にしますとばかりに目の前の唇に口づけて、舌で唇を撫でる。微かに瑠依の唇が上がった。
その余裕っぷりにさすがの崇宏も無理やり舌入れてやろうかと考える。そのとき、ほんの少しだけガードが緩んだ。
胸がきゅうっと痛くなる。
恐るおそる舌を絡めたのは、もちろん噛み千切られそうだからではなく。
唇を離すと瑠依は小さく笑った。
「瑠依、好き」
「うん……」
ぎゅっと抱きしめたら、もっともっと好きになる。
瑠依も、俺のこともっと好きになって。
祈りにも似た気持ちは瑠依を好きになって初めて知ったこと。
もっと俺を知って。
もっと俺を見て。
もっと俺を必要として。
もっと、もっと。
やっと伝わった想い。崇宏は小さく安堵の息を漏らした。
空にはポツポツと星が瞬き出した。
今日はたなばた。織姫と彦星も想いを確かめ合えるだろうか。
「帰り、天の川が見えるといいね」
そう言うと、瑠依はうれしそうに微笑んだ。




