#12
大学の学園祭の前日の夜。
崇宏と瑠依は天野のサークル専用のバックステージパスをもらい、準備を手伝っていた。
女子部員は数時間前に帰る予定だったらしいが、全員残って作業をしている。
急ピッチで準備した半球体の什器にはすでにサークル部員の手で大きく伸ばした写真が張りつけられていた。
瑠依は暗幕で室内を覆う手伝い、崇宏は二等星のところに穴をあけ、電球用のソケットを取り付けていた。
ふらりと出ていった亜依と天野が、コンビニの袋を手に戻ってくる。
「はーい。差し入れー。天野から」
両手に抱えていた袋をドサリと床に下ろし、中からペットボトルとおにぎりを取り出した。ふたりは、一人ひとりに声をかけながら手渡している。恐縮しながら受け取る崇宏に天野は小さく笑った。
「遠慮しないで受け取ってよ」
「いや、だってこれだけの量だよ? 自分の分くらい払おうか?」
「大丈夫。家が金持ちだから。さーて、いったん休憩しようか!」
天野のひと声で作業の手を止め、全員床に腰を下ろした。
あとは電球を差し込まない小さな星たちに夜光塗料を塗りつけるだけで完成しそうだ。
崇宏は満足げに見上げ、ペットボトルに口をつける。
写真を撮ったのは天野と崇宏だが、それをもとに画像を加工しプリントしたチーム、大がかりな什器を設計、制作したチーム、説明用のシナリオを作成したチームと、ここにいる全員の力があってこそできたことだ。
瑠依がキャンプで撮った写真を画像加工し販売すると聞いたとき、崇宏はこっそり感謝していた。瑠依の感性もまた、ここに必要だった証。まだ瑠依にはナイショである。
おにぎりを食べ終え、部員は誰ともなく立ち上がり作業に戻る。ふと目が合った瑠依はうれしそうに笑った。
翌日の学園祭は、ふたたびバックステージパスを首から下げ、崇宏は什器裏の作業を手伝っていた。
「崇宏!! ちょっと来てっ!!」
受付の手伝いに回されていたはずの瑠依が叫ぶ声に、崇宏は何事だと什器裏から飛び出した。
目の前に突き出されたポストカードを見て思わず笑う。
「よくできてるよね」
「知ってたの!? これ、売り物なんだって!」
「よかったねー。瑠依、がんばって撮ってたもん」
キャンプのとき、瑠依が撮った緑あふれる写真は、Photo by Ruiの文字が入れられたポストカードになっている。崇宏は事前に聞かされていたが、サプライズとのことだったため厳重にお口チャックしていたのだ。崇宏が撮った写真数枚とセットで売りに出されている。
もちろん、天野はきちんとした手順をふんでいる。著作権に関する書類に瑠依もサインしたのだが、どうやらきちんと読んでなかったらしい。ポストカードをうれしそうに何度も見ている。
「がんばって売ってねー」
「うん!」
大切そうに胸に抱き微笑む瑠依の頭を撫で、崇宏はタオルを頭に巻きなおして什器裏に戻る。
もうすぐ開店だ。シナリオどおりに電球を点滅させるのが今日の崇宏の仕事だ。
室内に学園祭スタートのアナウンスが流れた。
「よし、じゃあみんな、今日はよろしく!」
天野の声にあちこちから返事が聞こえる。
5分もしないうちに人が集まってきた。上演は10:30からスタートで入退場をあわせて1回30分程度。それを10回こなすスケジュールになっていた。
アナウンサー志望の部員が簡単な説明をし、中に客を入れた。
「7月7日七夕。それは彦星と織姫が1年に一度だけ逢うことを許された日」
作曲が趣味という部員が作った音楽が静かに流れる中、上演が始まる。
3回目の上演が終わり、什器裏から出てきた崇宏は、頭に巻いたタオルをはずし首筋に浮かんだ汗を拭う。
ふいに廊下から天野が崇宏を呼ぶ声がしてひょこっと廊下に頭を出す。
「呼んだー?」
「ああ、いたいた。彼です、この写真の撮影者は」
天野は向かい合っていた女性にそう言い、手招きした。崇宏は怪訝な顔でそこへ向かう。
「こちら、写真家の蒲田未央子さん。うちのOG。で、彼がこのパネルの撮影をした進藤崇宏くん」
「どうも」
蒲田未央子のことはよく知らないが、彼女が撮る写真のことは知っている。
元々風景写真を軸に活動していたらしいが、ここ最近、ファッション雑誌などで活躍している。
そんな人がOGだったのかと、思わずまじまじと彼女を見つめた。
未央子はにこりと微笑み、片手を差し出す。なんとなく交わした握手に崇宏はますます首をひねった。
「で、なんですか?」
「蒲田さんがこのパネルを気に入ったらしくて。学園祭が終わったら譲ってほしいって言ってるんだ」
「これを?」
「すごいじゃないか! プロに気に入られるなんて!」
「はぁ……」
天野のテンションに若干引きながら、崇宏はパネルに視線を向けた。
これは瑠依におみやげとして撮影した天の川だ。ここにも提供するつもりはなかったのだが、瑠依がとても気に入ったため、パネルにすることを許可したものだった。学園祭が終わったらこのパネルも瑠依に渡されるはずだった。崇宏にとってはそっちのほうが重要だ。
「すみません。これ、私物なので」
「またパネルにしてあげるよ!」
「いえ。これは瑠依に撮ってきたものなので、お譲りできません。すみません」
ぺこりと頭を下げ、崇宏は中から呼ばれる声を聞きもう一度頭を下げた。
「次の打ち合わせがあるので失礼します」
「待って。これはあなたの彼女のものなの?」
「んー……大事な子に渡すために撮った写真です。だからごめんなさい」
たかが1枚ではあるが、この1枚は瑠依だけのために撮った。元の写真も瑠依が大切に持っている。このパネルだって、もらえることをすごくよろこんでいたのだ。プロに気に入られようが、崇宏にとっては瑠依が気に入ってくれた写真という位置づけでしかない。
未央子はとても残念そうに頷いたが、天野は不満そうだった。
すべての上演を終え、翌日の準備をしているとき、崇宏は天野に呼び出された。
「なんで断ったんだ? もしかしたら将来に繋がったかもしれないのに」
「あー……さっきの蒲田さん? だってあれ、瑠依が先客じゃん」
「プロだよ!?」
「まあ、たしかにプロだけどさー。そんなこと言ったらうちのおとーさまだって一応プロだもん。媚売っとく必要ないよ」
「……もったいないな。あの人、あんまり他人の写真、褒めないのに」
「俺は瑠依が褒めてくれたほうがうれしいもん。あ、天野さん、俺ら明日は来れないからさ、1回だけ、中見せてもらってもいい?」
「もちろん。瑠依ちゃん呼んでおいで」
崇宏は売り上げを計算中の瑠依を呼び、什器の中に入った。
ただ写真を見るだけでよかったのだが、天野たちが気をきかせて上映時と同様にBGMやナレーション、電球をつけてくれた。瑠依はうれしそうに星空を見上げている。
さほど広くはない球体の空間の中、空にはチカチカと瞬く星。
ナレーターの優しく穏やかな声と、静かに流れる神秘的な音楽が絶妙で、ある意味突然森の中に放り込まれたような錯覚に陥る。
「キレイだね」
「瑠依ちゃんのほうがもっとキレイ」
「うん、そうだねー」
見事な切り返しに崇宏は小さく笑う。このうれしそうな表情を見るだけでしあわせな気分になれる。
「……パネル、よかったの?」
突然の言葉に思わず瑠依を見下ろすが、暗くて表情は見えない。
「写真があるからよかったのに、あげちゃっても」
「だめ。あれは瑠依のためだけに撮ったんだもん。誰にもあげなーい」
「意地っ張りだなー」
「素直って言ってもらいたいね!」
「ほんと、馬鹿だよね……。お疲れさま、帰ろうか」
瑠依は崇宏に手を差し出した。握手したあと、崇宏は瑠依の手をぎゅっと握る。
「瑠依ちゃん」
「ん?」
「……なんでもない! 帰ろう!」
なぜか、言えなかった。
本当に本気で写真の道を進みたいと思ったこと。瑠依がよろこぶような写真をたくさん撮りたいと思ったこと。
なんてことない話なのに、崇宏は言えない。
暗くて表情が見えなかったなんて嘘だ。瑠依の顔が一瞬曇ったのを、崇宏は見逃さなかった。




